第21話 私、生存ルートを見つけたかもしれません。

「あー。そういえばさ。黒魔法はやっぱ辞めといた方だいいぜ。俺が助け舟を出せなかった理由があれだからな。」


 マリーは眼を剥いた。いや、彼の助言は的を射ている。

 魔法の使用は日常的に行われているが、白魔法は天使の力で黒魔法は悪魔の力。

 だが、それはグノーシス主義者の言い分である。

 聖典によれば、二千年近く前まで神は頻繁に姿を現していたらしいが、この千年の記録は真偽が分からないものばかり。

 

「そ……。そうね、当面は控えることにするわ。」


 神学、神秘学、形而上学と聖典に関する研究は行われているが、白と黒の線引きとなる根拠はない。

 事実、各国の王家は高名な占星術師や預言師や魔法使いを抱えており、争いに負けた時のみ異端の罪が下る。


 足をすくわれるようなことはするな、と日の沈まぬ国の王子は言う。

 しかし、マリーが目を剥いた理由は別にあった。


「カルロス様!マリーちゃんはここ最近は全然やってないわよ。カミラさんも言ってました。いつもは隠しても、直ぐに引っ張り出してしまっていたのにって。」


 そう。マリーは自分の趣味の一つをすっかり忘れていた。

 異端審問での証拠の一つにアーケインが確保していただろうに、すっかり忘れていた。


(まぁ、飽きたって感じかしら。真理の記憶の方がよっぽど悪魔じみているのだし。それに——)


 ある意味で預言師になったようなものだ。目の前の男が、自分に都合の良い話をしていると、彼女は知っている。


「私にとって、高価な魔法具は黒コショウと同じようなもの。暇だから手を出してただけだもの。……それより。ねぇ、他にはない?同じラングドシャの一族。原初派。カルロスの目に私はどう映っているの?」


 黒コショウなどの香辛料は南国原産故に高い。そして香辛料は肉を長期間保存する為に必要とされるのだが、大富豪は保存食に頼らずに胃袋を満たせる。

 だから、味に飽きれば富豪のステータス品にしかならない、そういう意味でマリーは黒コショウを例に挙げた。

 いや、そんなことより直球の質問の方が重要である。


「おいおい。俺の親父はそんな香辛料で財産を築いてんだぜ。そのせいで隣国と戦争になったりだなぁ……。って、まあいいか。前にも言ったが、俺の目には素敵なお嬢様にしか見えないよ。っと、隣にも可憐な女性がぁ!」

「あらぁ。マリーちゃん、どうしましょう!とっても素敵な方ね。」

「ベーチェ。こいつは結構女ったらしだから、気を付けてねー」

「ベーチェ?ベアトリーチェちゃんかぁ。」

「ふふ、ベアトリスです。国によってはベアトリーチェですけれど。沢山の女の方とご交友が?」


 マリーは「気を付けて」と言ったが、当然本心ではない。


「いやいや。俺はこう見えて敬虔な信徒です。マリーがそういう悪い噂を流してんのか?」

「そうではありませんよ。ただ、私が魅力的に思う男性は、残念ながらいつも遊び人というか。でも、カルロス様は一途な方ですのね。つがいになられる方が羨ましいです。……それで、カルロス様は今はどんな子と遊んでいるんですか?」


 流石、ベアトリスである。

 いや、会話が弾むからマリーのお気に入りなのだけれど。

 もしもマリーが男であれば、間違いなくベアトリスを寵姫として迎えている。


「いや、遊んでは……。あと半年で俺も卒業、遊んでいる暇はないんだよな。」

「そういえば、カルロス様も大学に通われているのでしたね。それでも女友達くらいはいるのでしょう?」

「あ、そうだ。あんた、アリスとはどうなのよ。」


 マリーは戸惑うことなく直球を投げ、カルロスが軽い半眼を向けた。

 普段の行動を知る彼女の前で嘘がつけないからだが。


「あー、アリスとは……、なんていうか。敬虔な信徒仲間って感じだよ。マリーはちょいちょいサボってたから知らねぇだろ。アリスは祭典、式典、聖餐式の日、いやそれ以外の日にも教会に顔を出してんだ。んで、孤児院の子供の世話もしてるしさ。そりゃ、良い子だなって思うだろ。身分に関係なくな。」


 その瞬間、マリーの瞳が揺れた。明らかな動揺。


「それは素晴らしい方ですね。もしかしたら、その方も孤児だったのでしょうか。教会で過ごすことが当たり前だった……。小麦の値段もどんどん跳ね上がるし、税も次々に追加される。平民の暮らしは厳しいと聞きます。きっと彼女は今、生きていることも奇跡と信じているのでしょうね。」


 だから、この言葉はベアトリスのもの。マリーは沈黙したままだった。

 当然、カルロスルートのアリスの正体を真理は知っている。

 実は、というか見たままだが、カルロスの攻略難度は低い。因って、アリスもとい主人公のご都合主義は、とても分かり易いものだ。


 ——カルロスルートのアリスは聖女である。


 平民という身分は関係ない。覚醒した彼女は光の癒しという奇跡を起こす。

 教皇自らが推薦して、彼女を聖人に認定するのだから、厳格な原初派の多いナボル山脈以南のリスガイア王国はもろ手を挙げて、彼女を歓迎する。


 つまり、敬虔な信徒ということ自体は驚愕に値しない。


(そっか。私は私の周辺の情報はないのに、アリスの情報は知っていると思っていた。……でも、当たり前よね。ゲームで主人公の毎日は語られない。やっぱり、私自身がアリスに近づくべきなの?)


「そういうことだよ。あの時のお前、マジでヤバかったからな。アーケイン様が還俗してなきゃ、俺でも庇いきれなかったよ。」


 何にでも一生懸命で、優しい少女。判で押したようなヒロイン、そして主人公。彼女の評判がパリーニに広まり、そのことに苛立つマリー・ラングドシャ。彼女は、ついに魔法を使って主人公を排除しようとする。

 アリス目線では、確かにマリー・ラングドシャは悪役である。

 だが、今。


 マリーはそんなことは1mmも考えていない。


(前にも言ったように、カルロスルートなら異端審問はどうにか出来る。勿論、異端審問が再び開かれるかは分からないけど。そしてそのルートの私は魔法を使ったことで捕縛された。私の意志に基づいているから、防ぐことが可能⁉)


 アリス・カルロスのカップリングが成立すれば、あのロイも素直に二人の結婚を祝福する。

 ロイの愛人衝動が収まれば、彼は父の言いつけを守ってくれるだろう。

 即ち、王妃マリーを消す理由は無くなる。

 更に得体の知れないアリスが教皇認定の聖女に収束するなら、原初派には心強い。


「カルロス!私も力を貸そう!そのアリスという女と——」


 聖女とカルロスを結びつける役目をラングドシャの人間が担えば、万事がうまく行く。

 そう、思った。だが。


「カルロスさまー。もう、学校に着いてるっすよー。その悪目立ちする馬車から、早く降りてくださーい」

「お、もう着いちまったのか。いやぁ、それにしても今日は美女に囲まれて登校できて最高だったなぁ。ベーチェちゃん、またどこかでお茶でもしようぜ。マリーもちゃんと登校するんだぞー」


 颯爽と馬車から降りる、南西地方の王子様筆頭。

 何も知らされていないから、笑顔で手を振るベアトリス。

 そして、どうにか笑みを顔に張り付けたトルリア娘。


「ほら、マリーちゃんも学校でしょー。お勉強頑張って来てね!……ん?どうしたの?」

「——‼いや、なんでもないわ。学校のことを思い出して気が滅入っただけ——」


 ベアトリスには話せない。

 今、唯一裏切らないと確信できる人間は彼女だ。

 そして、真実を知れば彼女は離れていく。今頃寵姫スラリーも老王を愛でながら、雲隠れ先を探しているだろう。

 ベルトニカ王国の寵愛とは、その程度のものなのだ。


 いや、彼女のことは今はどうでもいい。

 マリーの脳内は今の男の声のせいで錯綜していた。


(昨晩の悪夢で聞いた声。アリスの、真理の記憶には出てこないのにどうして……。あり得るっていうの?カルロスの本国がラングドシャ帝国の再建を企む、そして今回はナボリ半島が主導権を握る?)


 兄・ヨーゼフが死ぬとはそういうことだ。

 まだ、ベルトニカ王国内部が乱れていた時、一時的に東西に延びたラングドシャ帝国が存在した。

 その時はトルリアが主権を握っていたのだが、確かにその逆もあり得る。

 既に大航海時代に突入しているのだ。どちらが大きな国か、エウロペ大陸の貴族ならば誰でも知っている。


「私の意志に関係なく、カルロスルートでもマリー・ラングドシャは処刑される?」

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