第20話 私、身内には甘いんです。しかしながら、これはどういうことでしょう。
今日、久しぶりに自分の髪を見た。
「ひ……」
何十年も経ったわけではないのに、金色の髪が真っ白になっている。
もしかしたら暗闇に慣れ過ぎて、目がおかしくなっているのかもしれない。
だが、ここが何処なのかは私には分からない。
酷い暴行を受けた後だったし、移動するときは目隠しされていた、私には分かりようがない。
いや、単に考えることを放棄しただけかもしれない。
きっと険しい山の何処かか、深い谷底の何処かだ。
三日だけ太陽の光が薄っすらと射しこむ。多分建築士が設計を誤ったのだろう。
漆黒の中で、自我を失わせるつもりだったと誰かが話していた。
「私は継承権を持つのに……。私こそが王なのに……」
大カテジナが守り抜いた国。
カテジナの父が頭を下げて、領地を奪われて、それでも我が娘の為に。
トルリアの王に女でもなれるようにしてくれた犠牲を払ってまで勝ち取った国。
その結果、リッヒガルト家と覇権を争う結果にはなったけれど。
あの赤毛の男の父親に罵倒されながら、トルリアを一つに纏めた偉大なる祖母。
祖国はまだ——
「まーだ、そんなこと言ってんのかよ。てめぇがソレを言い張るから、こんなとこに閉じ込められんだろ」
壁の向こうから男の声が聞こえる。嬲られた時に聞いた気がするが、顔は覚えていない。
意味が分からない。どうして、こんなことになったのか。
「ヨーゼフを呼んで!カテジナ御婆様がどれだけ偉大だったか、兄なら——」
「はぁ?降霊術師でも呼べってか?」
何度も聞かされた言葉、だが信じられぬ言葉。
「カルロスは何処です⁉どうして彼は顔を出さないのですか‼」
どうしてラングドシャ家がラングドシャ家を滅ぼそうとするのか⁉
何故、兄が殺されなければならないのか——
その時。
私の胸に痛みが走った、いや命の痛みか。
「陛下を呼び捨てにするな。あの方がどれだけ胸を痛めているか……」
その時、男の顔が照らされた。いつもカルロスの隣に居た男、私を凌辱した男の顔が。
だが、再び彼奴の顔が暗闇に消えていく。
いや、私の命が消えているのか。
でも、それでも。
「狂い死んでいたってことにしておけ。これで陛下も——」
◇
「‼」
少女は目覚めた瞬間、引き裂かれた筈の胸を手で確かめていた。
だが、そこには若々しい彼女の双丘があるだけ、バケツで水を被ったように濡れてはいたけれど。
「今の悪夢は何?……私はカルロスと言っていた?」
心当たりはある。繰り返すが、五人のヒーロー全てのルートでマリーは処刑される。
その中には縁戚であるカルロスのルートも含まれている。
「でも、確かカルロスルートだと、私はアーケインの裁判で無罪を勝ち取れる。だから私はその後も同じ調子で……。でも、カルロスに纏わりつくアリスにムカつくの。だってカルロスは親戚で、悪い虫にしか見えなくて。そしてアリスを襲った私はついに現行犯で逮捕される……、——‼」
そして処刑される。だが、フィフスプリンスでは処刑されたとしか言われていない。
確かに禁固刑も立派な刑罰だ。いや、結局殺されたから処刑には違いない。
だが、真理の記憶はアリスが中心に描かれる。しかも描かれるのは煌びやかな世界だけ。
「今のただの悪夢。あの時と同じよ。……でも、やっぱり納得いかない。カルロスに恨まれることなんてしていない。それに同じラングドシャ一族よ?」
「……お嬢様?」
その時、感情が篭った少女の嘆きを聞いたカミラが、ドアの向こう側から声を掛けた。
カミラもラングドシャの一族だから、マリーの言葉に異変を感じたのだ。
「あ……。大丈夫。少しうなされていただけです。どうぞお入り下さい。」
「お嬢様、カルロス様の名前を呼ばれていたような気がしましたが……」
マリーはその言葉に息を呑んだ。
ジュリアとアネットの件もある。不用意な言葉は慎むべきなのだ。
それを真理の記憶にない、自身の直感があの夢を見させたのかもと思い直す。
(完全に気が抜けていたわ。カルロス・アリスルートも私の屍の上にある。ジュリアとアネットは作中に登場していた。でも、それだけではないのかも。裏設定も考える必要があるのよね。ラングドシャ家も一枚岩ではない……か)
ロイの一件で明確になったことがある。それは真理の目線、アリス目線では分からなかったこと。彼にはマリーを殺す動機であった。
つまり、フィフスプリンスの場外に逃げても、マリーの死はついてくる。
更に、アリスはご都合主義の権化だ。突然、別のヒーロールートに乗り移る可能性だってある。
「つまり私がするべきは、逃げ道を見つける為の味方探しではない。フィフスプリンスそれぞれの殺人動機をマリーと真理の目線で見破ること。——それしか、生き残る道はない。カミラ、ヨハンに伝えて。今日も速い馬車を用意するようにって!」
◇
あるのかも分からない、マリーの生存ルート。
フィフスプリンスは彼女の屍を越えていくのだから、マリーは五人全員の隠れた事情を探し出さなくてはならない。
「マリーちゃん。それって本当に面白い遊びなの?」
流行りの色の口紅を片手に彼女が聞いた。先ほど味方探しは意味がないと言ったばかりの美少女が連れているのは、同じく輝かんばかりの美少女である。
ベアトリスは共に処刑される可哀そうな女である。
つまり表設定とも呼べる人物であり、信用に値する少女である。
「面白いというより、面白い遊びの為の下準備ね。ほら、アーケインのミサでのみんなの慌てようったらなかったでしょう?」
ただ、真理の記憶の話はやはり彼女にはしない。
どう考えても彼女は巻き込まれるだけの被害者なのだ。
勿論、世界の中心様にとっては加害者の一味に数えられるのだが。
とはいえ、真実を話せば本来位の低い彼女は委縮し、逃げ出してしまうかもしれない。
チェスと同じく、キングいやクイーンだけでは絶対に勝てない。
「それにその過程も楽しい筈よ。ベアトリスは絶対にカルロス達と馬が合うもの。期待はしていないけど、カルロスがベーチェに落ちるかもしれないわよ。カルロスならベーチェも納得の相手でしょう?」
「確か、教皇に海の向こうはナンセール公が独占しても良いって話になったんでしたっけ。私には何のことかさっぱりでしたけど。教会がそんな大盤振る舞いをするなんて……」
パリーニ市はベルトニカ王国の中枢である。そして王家と距離を置く諸侯は一般的に国の端に領地を持つ。
ただ、それでは不便だから、王の直轄領にも邸宅を持っている。
ナンセール公が持っている領地は南西にある山脈の北と南。パリーニ市はベルトニカの北側にあるので、カルロスはパリーニにある父親所有の邸宅から通っている。
ヨハンが駆る馬車は、その道中に停めているのだが。
そして暫くした後、マリーとベアトリスは馬車の中から馬のいななきを聞いた。
更に数分も置かずに御者のヨハンが戸を叩く。
「構わないわ。彼を入れてくれる?」
「え、いいんすか?」
「んじゃ、邪魔するぜ。マリー、こんなところで待ち伏せしてどういうつもりだ?」
こげ茶色の髪に褐色の肌の青年、そして将来の王様。
こう見るとラングドシャの一族とは思えない。ただナポル山脈より南は暫くの間、異教徒が国を興していた。
そもそもエウレカ大陸に住む人間は、古代メロウ帝国時代に多くの人種が交じり合っている。
真理が心の中で、そういう設定のゲームだからと煩く言う。だが、歴史書を紐解いても、この世界のバリエーション豊かな髪色は説明が出来る。
「待ち伏せ?私たちはここに停めてお喋りをしていただけよ。」
「そんなわけないだろう。学校を通り過ぎてるじゃねぇか。こんな目立つ場所に目立つ馬車が停まってりゃ、嫌でも目が付くんだよ。」
寵姫よりも目立つ馬車を作らせたのだから、それは彼の言う通りである。
もう、マリーには目立たないように生きる選択肢はない。
勿論、夜逃げしてエメラス教がいない世界では生き残れるかもしれない。
だが今日見た悪夢が彼女を意固地にさせた。
悪夢とは思いつつも、大カテジナが生涯を掛けて繋ぎとめたトルリア王国を守りたいとも思った。
「……そう……よね。その通りよ。私、貴方を待ってたの。だって……、あのごっこ遊びで済まされた私への冒頭会。カルロスだけは私を責めなかった。私ってバカね。私にはカルロスしかいないんだって、やっと気が付いた——」
マリーは自分の愛らしさを知っている。そして
「私もあの場にいました。カルロス様だけは私達の味方でした。あの恩は忘れません!」
そしてもう一人の美少女が、なんと彼女の隣に座っている。
間違いなく、マリーの我が儘の中で、一番の高くついているのが彼女の存在である。
法改正によって、暫く異人であり続けなければならない、その寂しさと彼女の愛らしさで、ロイとシャール王は折れざるを得なかった。
まだ、成人していないロイはさておき、王が頷いたのだ。
王は彼女の我が儘を聞かざるを得なかった。自分も同じことを、いやそれ以上の事をしている。
ベアトリスは女であり、彼女は親友を大切にしたいと言っただけ。
「いやぁ。あんときは俺もビビったんだよなぁ。俺もあれは流石にやりすぎだって思うぜ。でもまぁ、エメラス海に咲くどの花よりも美しい、マリーとベアトリス嬢にそう思って貰えたんだ。アイツらの誘いを断って正解だよ。」
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