第17話 私、あーるぴーじーなるものを知りませんの

 前回で明らかになったのは、マリーの頭にきた相手とは婚約者のロイである。

 そして、何気に追い詰めにくい相手でもある。


「ロイと結婚する為に、私はこの堕落したが、大国としての力を持つこの国にやって来た。ラングドシャの為にも、私は我慢しないといけない。でも……」


 心情的にはアリスという女が一番許せない。

 だが、彼女の記憶が世界の中心を葬ることを拒んでいる。


「あの阿婆擦れも、いつかどうにかしないといけない。でも、その前にあの理系坊やに常識を教えてやりましょうか」


 今日の悪夢はそういう意味だと、彼女は考えた。いや、そうとしか考えられない。

 フィフスプリンスの記憶が見せた夢、彼が断頭台を開発に協力していたと言っていた。

 実際、ロイは昔からそういうものが好きだ。趣味は狩猟と読書、そして神学や形而上学よりも、他の学問を好んでいた。


「ロイが関与した悍ましい機械が、私の首を落とす……」


 教典の解釈でゴタゴタしていた時期、当時の王ロイ15世は原初派だったにも拘わらず、宗教の垣根を超えた学問を許可した。

 それはパリーニ市内と大学に限定してのことだったが、文化や芸術、そして建築に関わることは異端、異教であっても奨励した。


 結果として、先王とその寵姫はこの国の文化レベルを世界最高にまで引き上げたのだ。


「本当にそんなことがあり得るの?」


 そも、真理の記憶は確定した五つの未来だから疑う余地はない。

 それにマリーにも、一つ思い当たることがある。いや、それを確かめる為にわざわざ早起きしてアルテナス宮殿に行ったのだ。


 そして、彼女は学校に着くや否や、彼に向かって歩いていく。

 幸い、一コマ目の授業が終わった直後らしい。


「ねぇ……。あれ、マリー様じゃない?」

「そういや、朝はいなかったよな。」

「っていうか、歩いている先にいるのって……」

「おい。マジかよ。これ、やばいんじゃないのぉ?」


 この国の、いや世界のと置き換えても差し支えない未来の王妃が、同じく未来の王と衝突する。

 未来の夫の方はまだ気づいていない様子で、側近担当の生徒と談笑をしている。

 そして、何より不気味なのが未来の嫁の表情、彼女はゾッとするほどの妖艶に微笑んでいる。


「マリー様、マジで綺麗……」

「何言ってんのよ。あれはいつものマリー様じゃないって……」


 男生徒の言葉に女生徒は耳を疑った。未来の妻の顔はどうみても怒りに満ちている。だのに微笑んでいるのだから、あんなに怖いのだ。

 これだから男子は、と肩を竦めたい彼女だが、彼女は彼女で行方が気になるので、ただ固唾を飲む。


 先も言った通り、ベルトニカ王国は殆どが原初派である。そして彼らにとって教会とは生活基盤であり、教会がなければ生きていけない。

 教会がなければ、彼らは結婚することが出来ない。死者を弔うことも出来ない。神に祈りを捧げられないから、死んだ後に地獄に落とされる。

 それだけではないが、彼らにとって十分すぎるほど、現実生活と結びついている。


 その教会が「責任者不在の子供たちの集会は、教会とは何の関係もない」と、即座に声明を出した。

 しかも昨晩。それに今朝。更には授業開始10分前。

 マリーには知らせないという徹底ぶりだった。彼女の推察通り、彼らは先回りしていたのだ。


 確かにアーケイン主宰の聖餐式は開かれていない。

 とはいえ、彼らはあの場に居合わせている。だからこそ、今から起きることに興味津々なのだ。


「マリー様、お早うございます!」

「今日も遅刻ですか、マリー様ぁ!」


 マリーの側近だったジュリアとアネットが、急いで駆けつける。

 ただ、生徒たちの目にも彼女達は「側近だった」という過去形のイメージになっている。

 それほど生徒は仮面舞踏会での出来事を重く見ていた。

 だが、彼らの予想とは裏腹に彼女は。


「お早う。ジュリア、アネット。あの時は先に帰ってしまって悪かったわね。」


 にこやかに対応した。その様子を見た男子生徒は。


「怖ぇぇ。あれ、絶対怒ってるって……」

「あんた、そろそろ黙りなさい」


 女生徒は男生徒に半目を向けた。あの顔は怒っていない。その程度も気付かないのか、と男生徒に幻滅してしまう。

 実際に話しかけたジュリアとアネットが、僅かに動揺したのだ。それは二人の想像と異なっていたからで、間違いない。


「いえ。私もここしばらく体調が優れなくて、ご迷惑をおかけしました。」

「私も私も!だから、マリー様。また、医療室でゆっくりお話ししませんか?」


 授業をサボって、医務室でダラダラする。

 今まで通りのマリーの行動である。


「そう。二人とも無理はしないでね。……でも、一つだけやることがあるの。お話しするのはそれが終わってから……ね?」


 世界一の美しいと謳われた少女の言葉に、ジュリアとアネットが凍り付く。

 今、一番近くに居る二人だからこそ、マリーが本当に自分たちを赦していることに確信が持てた。

 あの計画は綿密に練られたものだった。今のマリーのままなら絶対にうまく行く。

 罠に嵌る、嵌らなくとも無理やり穴に突き落とす。

 二人はそう言われたから、正式なベルトニカ王国貴族になれると言われたから、これでマリーは終わりだと聞かされたから、行動に移した。

 あれが延期されるなんて、次があるなんて聞いていない。


 世界中のどの貴族から見ても、今のラングドシャ家とベルトニカ王家の力の差は歴然である。

 それにこの時代はまだ国境は完全ではなく、強国に挟まれる諸侯は日和見するしかなかった。

 だからといって、マリーを裏切ってよい理由にはならないが、それでも彼女は二人を赦した。


 ただ、赦されたと分かっているのに彼女が怖い。やるべき一つは間違いなく鋭利な刃だと察することが出来る。

 そして、それはロイの側近が壁になろうとも、関係なく次期国王を抉る攻撃であった。


「殿下、お聞きしたいのですけれど。」

「マリー様。殿下は修学中故、話は後程にしませんか。」

「あのことでしょうか。あれは司祭ベルセデ様が企画した社交界であって、『ごっこ遊び』だと教会から説明があった筈です。」


 ただ、彼の側近も専用盾を用意していた。

 ごっこ遊び、という言葉にマリーの眉が僅かに揺れる。

 それを今度はマリーの側近が見逃さない。


「そうなんです!せっかく集まったのにあの時は司祭不在でしたので、そうしようって……」

「マリー様もバロア宮殿で偶にやられているではないですか。プチ・バロアのロールプレイングゲームですよぉ‼」


 今までのマリーの行動が、相手側に筒抜けになってしまっている。

 やはり側近から裏切りが出たのは痛い。



 因みに、マリー・アントワネットが愛した宮殿はベルサイユだけではない。彼女にはもう一つお気に入りの宮殿がある。それがトリアノン宮殿であり、彼女だけの国『プチ・トリアノン』でもある。

 小屋を建てて、それをわざわざ壊れかけにして、そこに農夫役の従者を住まわしたり、山や川、それに森を作ってそこに木こり役の従者を住まわせる。

 そこはフランスではなく、彼女だけの箱庭であった。

 彼女が小さな小さな箱庭に国を作った理由は、気晴らしと暇つぶしの為。

 当時のベルサイユ宮殿の、いや太陽王が作った宮殿や貴族のしきたりを彼女も窮屈に感じていたのであろう。

 勿論、そこから税は徴収しない。全てはごっこ遊び。それにフランス国民の血税が使われていたという話。

 プロパガンダの標的にされた歪んだ情報のせいで、それがどこまで真実かは分からないのだけれど。


 ただ、マリーもそれは同じだった。

 だから、彼女はバロア宮殿を何度も改築させた。国民からトルリア人が城を建てさせたと噂されるのには、それだけの理由がある。


 ——しかしそれがなんだ、という話だ。


 マリー・アントワネットと同じく、マリー・ラングドシャも隠し立てしていない。なんなら、ロイを招いたことさえある。


「あれはロールプレイ、と言うのですね。私、初めて知りましたわ。」


 あくまでにこやかに、マリーは優雅に立ち振る舞いながら、少し驚いた風を見せる。

 そして、ここで。


「そういうことだ。そういえば、マリーもプチ・バロアで落ち穂拾い役をやったことがある……とか」


 ベルトニカ王家やその親戚は大男として有名である。たった二人の側近だけで教室に城壁が完成している。

 その城壁の向こうからの反撃で、つまりロイ殿下の声。プチ・ベルトニカ城主自らが動いたということ。


「まさか、マリーが落ち穂拾い役をやるとは思わなかったがな。あれはそもそも——」


 大昔の法律である。しかも今の王朝どころかベルトニカ王国成立以前の話だ。落ち穂とは収穫後の畑に落ちた麦穂のことで、貧民への救済として落ち穂を拾えるのは貧民だけであり、上の立場の者はソレを糾弾することも、自ら落ち穂を回収することも禁じられた。


 つまり、マリー・ラングドシャも『ロールプレイ』の中で違法行為を行っていたではないか、という話。

 そして、あの出来事はごっこ遊びになったのだから、お前が普段やっていることだろうと、彼は言いたいらしい。


「千年前の風習ですよ、殿下。ですが、確かに絵画に真似をしたことは認めましょう。」

「そう、だからあれは全部子供の遊び——」


 RPGごっこ遊びで封殺する気満々の王子は、これで勝ちを確信した。アーケインの野望のせいで、こんなことになってしまった。

 彼は家族の容態が悪いと知るや否や、即座に還俗準備を行っていた。

 そして、見事にイマリカ半島の一国の王位継承者に成りあがった。

 教会と貴族、どちらが上かはさておき。彼は王位継承者という意味で、ついに五人目のプリンスとなったのだ。


 梯子を外されたなら、梯子は最初から無かったことにすればよい。

 カウンターによる勝利を確信する王子、——だが、マリーは最初からそこを刺そうと思っていないのだ。


 彼女の言葉のナイフはそんなことで錆びつきはしない。


「つまりあの時、殿下は新教派役を演じていた、ということですの?」

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