第12話 私、教義は理解しておりませんが、異端者ではありませんわ。
「そうですよ、マリー様!」
「よく言ってくださいましたわ、次期王妃!」
アンチ・アリス勢が一斉に立ち上がり、地震が起きたと錯覚するほど床が揺れた。
実際、副司祭ベルセデは柱にしがみ付いてしまっている。
そして、その恐怖も掻き消えるほどの歓声が上がる。
「当然ですわ。今まで、私は何度もアレの横暴に目を瞑ってきました。」
その度に陰口や罵声を浴びせていたけれども。
そもマリー・ラングドシャが誰かに泣きつけば、いつでもアレを排除できる筈だった。
陰口や罵声程度で許されていたのだ、寧ろ今までが優しすぎたくらいだ。
だが、泣きついた先に居た彼が今回も邪魔をする。
「マリー!いい加減にしろ。あれはお前の言いがかりだ。それにアリス君は司祭も認める敬虔な信徒だ。」
「殿下!また、その女の肩を持つんですか⁉」
敬虔な信徒、ならば王族を立てるべきではないか。
どちらの派閥かもはっきりしていない、生まれも定かではない女の肩を持つのは何故か。
その理由は残念ながら知っているのだが。
「ロイ殿下。神学の成績と神エメラスとの向き合い方は関係ないよ。それより、マリーちゃん。僕たちは素行の悪さの話をしているんだよね?それなら——」
北部に広大な領地を持ち、グリトス海の向こう側の島国の王の子も邪魔をする。
「あぁ。素行の一点だけでも、アリスよりとんでもないやつを俺は知っている。」
祖母の因縁の敵、その孫まで。
「うーん。俺はノーコメントってことで。」
ラングドシャの血が混じっている男は助け舟を出さない。
「何よ!カルロスは殆ど私と同じ立場じゃない‼」
「いやぁ。そういうことじゃなくて……」
「あぁ、悪いがそういうのではない。私の忠告を再三無視したマリーが悪いんだ。」
「ロイ!どういうことよ‼だって私は——」
「はぁ……。やはり祖母と同じで価値観が凝り固まっているな。」
やはり、全員が裏で繋がっている。仮面舞踏会での彼らは嘘を吐いていただけ。
怒りで血が上る、いやこの後のことを知っているから血が引きもする。
(もしも幼少期から、いやせめて三年と言わずとも一年くらい前に真理の記憶が手に入っていれば。)
時間が足りなかった。逃亡の準備ではなく、素行を改める時間が足りなかった。
考えてみて欲しい。幼少期に政略結婚で彼女の運命は大きく変わった。神の教えと貞節を重んじる大カテジナこと、彼女の祖母と真逆の性格の王が治める国。
そんな破廉恥な国の王妃になることが、彼女の使命だった。
(それだけでも……、どれだけ歯痒い思いをしたか……)
そして、更に。青天の霹靂とも言える、結婚可能年齢の引き上げ。
女性の権利の拡大と言えば聞こえは良いが、彼女は学校に行かなければならなくなった。
しかも、そこには何故か平民の女も、いやブルジョワたちならあり得るが、誰かも分からない女が混じっている。
これらの変化は前代未聞である。彼女の祖母さえも予見できなかった法律の改訂のせいで、マリー・ラングドシャの性格はねじ曲がってしまった。
だから、彼女自身。自分の素行が悪かったと自覚している。ある意味、学生生活を送る猶予があったことで、世間知らずとまではいかなかったが。
「何よ。みんなして。確かに私は優等生とは言えないけれど——」
そして、ついにあのイベントが始まる。
「優等生?……っていうか、アリスちゃん。もう、準備は整ってる。」
「あぁ。この不良女にされたことを話すがよい。ここには俺がいる。それに神の御前である。」
新教組が彼女を焚きつける。この時点で彼女が新教派ヒーロールートを辿っていると推測も出来るが、何故か原初派も何も言わない。
だから、マリーは未だ混沌の中で混乱したまま。逆にアリスからは謎の後光が射しているようにさえ見える。
「……うん。言うね。私、この学校生活でずっとマリー様に虐められてました。罵声を浴びせられ、不意に転ばされることもありました。……その時はロイ君に助けてもらったっけ。……暗がりに閉じ込められて、怖い思いをしたこともありました。あの時はランスロット君が助けてくれたけど。あと——」
マリーにも心当たりのあることばかり。しかもどういう訳か、同じような出来事が何度も繰り返されていたようなデジャヴ感まである。
そして、世界の中心にいる少女は、彼女の立場ではやってはいけないことをする。
次期王妃を睨みつけ、振りかぶった右手の人差し指をマリーに向けて、こう言った。
「——私は悪くありません。言いにくいけど……。マリー様は悪魔に取りつかれているとしか思えません‼」
フィフスプリンス、全てのヒーロールートで必ず起きるマリー糾弾イベント。
平民のアリスがプリンスに支えられて、巨悪に立ち向かう名シーンである。
「よく言えたな、アリス。……なぁ、マリー。弁解できる何かはあるのか?そこの君、何をこそこそやっている。マルス伯のベアトリス。君についても、調べがついているんだぞ。」
マリーはベアトリスに記憶の話はしていない。
だから彼女は逃げだそうとしたのかもしれない。だが、彼女にも逃げる場所は何処にもない。
そんな怯える美しき少女ベアトリスの手が突然握られた。そして、立ち上がるマリー。
「殿下は。それに他の方々も彼女の言い分を信じるのですか?次期王妃の私の言葉ではなく?」
驚くほどに静かになった聖堂。はて、先ほどマリーを担ぎ出した紳士淑女はどうしてしまったのだろうか。
全員が裏切っている可能性はゼロではない。
ただ、何度も言うがマリーは結局大した情報は手に出来ていない。
「ジュリア、アネット。貴女たちはどうなのです?貴女たちも私側ではありませんの?」
「違います!私は」
「彼女が殿下に相応しいか、探っていただけです。本当です!」
これも記憶通り、やはり記憶は嘘を吐かない。全ルートで同じ発言をするのだから、最初から二人には期待していなかったが。
そして、最後は彼の言葉。他国であれば、他のヒーローが締めくくるかもしれないが、残念ながらフィフスプリンスでは、いつも彼が締めくくるのだ。
「マリー、婚約者として悲しいよ。既に準備は済ませているんだ。証拠だってあるし、審問の手続きも済ませてある。……では」
結局、マリーはたった三週間で何も情報を掴めなかった。ヒーローのうち、誰が中心に動いているのか分からなかった。
この流れを未然に防ぐことなど、出来なかったのだ。
——ただ、ある一点を除いて。
「副司祭ベルセデ、アーケイン司祭を呼んでくださいますか。」
新教派ルートなら、そしてカルロスルートなら、即時幽閉とはならない。あくまで原初派としての教会裁判だからだ。
ただ、どのルートでもミサで一度も姿を見せなかったアーケインが、ここであらゆる資料や法典を引っ提げて登場する。
だが、ここでマリーの口角が本当に僅かだが、間違いなく上がったのだ。
「……そ、それがその。アーケインの姿がここ最近見当たらないのです。」
「あら、そうでしたの?私はてっきり、今回のミサはアーケイン様が取り仕切られると思っておりましたのに。とても残念です。」
その瞬間、フィフスではなくフォースプリンス全員が目を剥いた。
ついでに、ペアトリスは別の意味で目を剥いた。
「え?それ、どういうこと?だって、今日はそういう予定じゃん。ずーっと前から決まっていたことじゃん。」
軽口のランスロットが驚きの声を上げた。
それを皮切りに、貴族の紳士淑女がひそひそと話し始める。
あ、そういえば、とか。言われてみれば、あれは司祭の話でしたのね、とか。
「あらあら、そうでしたの。アーケイン様がいらっしゃらないのも無理はありませんね。……殿下、副司祭はいらっしゃいますが、どういたしましょうか?」
なるべく平静を装いながら、マリーはフィアンセに問いかける。
そして、その視線に気付いた彼の顔が僅かに歪む。
そう、マリーはアリスが誰のルートを進んでいるのか、誰が特にアリスに入れ込んでいるのかは分からなかった。
それくらい彼らは水面下で動いていたのだ。目立たぬように動いていた。
ならば、互いの接触も避けていた筈だ。
勿論、そこで接触していればミサそのものがなかったことになっていただけで、マリーにとって得しかないのだが。
「何だと?司祭はマルチスにいる?」
マリーは確かに、ミサまでに新たな情報は手にできなかった。だが、真理の記憶によりアーケインがもうすぐ還俗することを知っていた。
還俗する理由は、以前にも触れた通り。彼はもうすぐマルチス王国の跡継ぎになる。彼を入れてのフィフスプリンスだ。
近代以前は平均寿命がかなり低い。しかもマルチス王国はエメラス海に面しており、他の大陸から疫病が入りやすい。それ故に三男である彼に継承権が回ってくるのだ、マリーは真理の記憶により確信していた。
「なるほど。そういうことでしたのね、流石マリー様です。」
親友ベアトリスの囁きに、悲しそうな表情を持って応えるマリー。だが、孕んでいたのはしてやったりの悪魔のような笑みである。
「えぇ。私が聞いていたのはあくまで噂でしたが、……まさか、アーケイン様のご家族にまで魔の手が伸びようとは。病の悪魔を払えれるよう、私は心より願っております。」
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