第11話 違和感しかない聖餐式

 マリー・ラングドシャは自ら舞踏会を主宰して、迫りに迫ったミサまでに情報を手に入れようとした。

 だが、彼女がその現実を知るには遅すぎた。将来に不満を抱いて遊んでいた自分のせいとは分かっている。

 その間にも彼らはあらゆる派閥が混在するパリーニ、そして大学で誰にも気付かれずに準備をしてきたのだ。

 一朝一夕で大逆転なんて出来る筈もなかった。


 まだ一縷の望みは持っているものの、誰が嘘つきでアリスが誰のルートを辿っているかも分からないのだから、対処の仕様もない。

 例えば、新教派であるランスロットやジークフリート、それにカルロスルートでは、審問は行われるものの、即座に幽閉には至らない。


「はぁ……」


 先の仮面舞踏会での失敗により、マリーの表情は暗い。全員がマリーを口説くという意味不明な結果となった。だが、間違いなく何かが起きる。

 誰が敵かも分からぬ状況では、一か八かの逃避行さえ封じ込められてしまう。

 この国はそれぞれのヒーローに関わりが強い国に囲まれている。


「マリー様。待ちに待った司祭様のミサでございますね」

「今日はもっと王妃らしいドレスで向かわれてはいかがですか?」


 そういえば、開催までの数日間。彼女たちは姿を見せなかった。名目は生徒を授業の合間を使って生徒を誘うからだった。

 その時から二人のことは疑っていたが、その理屈なら朝晩は侍従の如く振舞っても問題ない。

 つまり、彼女たちは突然の舞踏会開催というイレギュラーの対応に追われていたのだ。間違いなく彼女達が他のプリンスとの情報のすり合わせた。


(ラングドシャ派の彼女達は、私を切り捨てたという実績が必要。あればあるほど良いもの。だから、奔走していたのね。この二人の動きが分かりやすかったから、アレが起きると確信が持てたのだけれど)


「まだまだ、私の考えが足りなかったみたいね。……ジュリア、選んでくれる?」

「はい。神の愛されている国の次期王妃に相応しいものを選びましょう。」


 ただ、それも真理の記憶があるからこそ導き出せた。

 以前のマリーなら、二人の変化など気にも留めなかっただろう。お目付け役が減ったと喜んだかもしれない。

 そして面倒くさい舞踏会の主催などせず、ベアトリス達と大好きな賭博を、色んなゲームをしていたに違いない。


「あ、そだ。マリー様。今日はベアトリスちゃんと一緒に行ってもいいんだって!アーケイン様が御許しになったの」

「……そう、それは良かったわ。」


 それは知っている、という言葉をどうにか呑み込んで、彼女たちが用意した美容師に髪を整えさせる。

 今のマリーには、ジュリアとアネットの笑顔が実は歪んでいたことにも気付ける。

 とはいえ、ここで二人を糾弾することに意味があるとは思えなかった。十中八九、彼女達もマリー同様に実家と手紙でやりとりしている。つまり、ラングドシャ家はそれほどに深刻な状態なのだ。


(一体……。アリスは誰のルートを選んでいるの?今日、私は——)



 聖餐式自体はマリーが住まわせて貰っているバロア宮でも行える。

 ただ、今回はパリーニ市の司祭アーケインが主催する為、パリーニ大学の隣に聳える聖マイス教会で執り行われる。

 だから、マリーは学校に行く時と同様に豪奢な馬車でそこへ向かった。


「——千年前、マイス様は契約を知らなかった人々にエメラス様の救済を広めたのです。だが、そこで思わぬ悪魔の集団と出くわしました。そこで彼は——」


 と、聖典を朗読しているのは副司祭のベルセデである。ベルトニカ王国貴族の次男、アーケインと同様に長子相続制のせいで居場所を模索中の彼だ。

 いや、ベルトニカ国王同様に、風紀の乱れは教会でも見られる現象である。

 きつめで真っ白な彼のキャソックは、暴食の罪に抗えなかったのだろう服れた腹を隠せていない。

 もしかしたら今の境遇を気に入っているかもしれないが、『副』がついた司祭という立場そのものは嫌っているという噂は聞いたことがある。


「ねぇ、アリスちゃん。今日も素敵なドレスだね。」

「私語は駄目だよ、ランスロット君。大切なお話をされてるんだから。」


 大聖堂の後ろの方から、軟派な声が聞こえてくる。

 真理にとっての違和感は、副司祭が喋っている時に、ヒロインに喋りかけるランスロットの性格だ。

 だが、マリーにとっての違和感は真理が抱えているものより、ずっと大きい。


(新教派のランスロット、それにジークフリートが同じ空間に居る……)


 宗教戦争は百年前に終わっている。その結果、信仰の自由は約束されている。とはいえ、新教派が原初エメラス教の聖餐式に参加することはない。

 ジュリアやアネットだけでなく、彼らも出自に縛られている。

 だから、この現状を見せられたら否が応でも確信してしまう。今日の聖餐式は間違いなく別の意味を孕んでいる。

 原初派のロイ、マリー、カルロス。新教派のジークフリート、ランスロット。

 勿論、司祭アーケインは原初派だが、彼はまだ顔を見せていない。


(アーケイン先生がこの場にいないのは既定路線。リンゴのジュースとパンを食べるのだけれど、その時に彼は登場する。ジュースとパンを運んでくるのではなく、私に関する膨大な暴露資料を手にやってくる。)


「ランスロット、黙れ。アリスは腹黒いお前には決して靡かない。彼女は聖女だぞ?」

「ちょっと!ジークフリート君!私は聖女なんかじゃ……」


 そして、ここで。


「貴女!さっきから煩いわよ。神聖なエメラス教を冒涜するつもり⁉」


 ついに始まってしまう。

 原初派の貴族令嬢が彼らの態度に腹を立てる。もしかすると、ブチ切れ役はマリー本人だったかもしれない。

 だが、今日の彼女は怯えて声を出せずにいたので、別の誰かが彼女を注意した。

 ランスロットとジークフリートは中流貴族を超越した存在、だから注意する対象は平民女アリスになってしまう訳だが。


(余計なことを!気持ちは分かるけど、その一言は——)


 いや、一言で済むものか。カルロスだけが優良物件ではない。五人の超優良物件に集るアリスを快く思っていない者は多い。

 フランス、ブルボン朝で頻繁に行われた寵姫政治が、ベルトニカ王国でも行われている。

 寵姫は高貴な生まれでなくともなれてしまう。ただ、王に寵愛されるだけで良い。

 ならば、アリスに対する心象はそれと重なって見えるのが普通である。


「そうよ。淫婦がどうしてこんなところに紛れ込んでいるのかしら?」

「神に愛されしベルトニカを穢す魔女め!」

「そもそも、お前はどっちの宗派なんだよ。今日はアーケイン様が開かれたミサだぞ?」


 そして、同じく寵姫の座を狙っていた令嬢たちが誘爆する。

 新教派を疎ましく思っていた貴公子たちの不満も爆発する。


 ——そう、アリスはどこの馬の骨か分からないのだ。


 当然、彼女の宗派も曖昧にされている。曖昧でないと、宗派の違う五人のヒーローとの同時恋愛は現実的ではない。


「マリー様!マリー様も言ってください!この淫乱娘を許されるのですか?」


 ラングドシャ家は原初派である。風紀が乱れたベルトニカ王国よりも、ずっと原初派である。

 それは周知の事実であり、彼女こそ先頭に立たなければならない人間なのだ。

 寵姫を目指して媚を売っている女たちにとっても、マリーが正妃となり寵姫政治を終わりに導くなら、文句は言えない。

 ロイが王、マリーが王妃となって国を導いていくこと、それが常識人にとっても、原初派信者にとっても理想なのだ。


 あたふたしているだけの太鼓腹副司祭ベルセデではどうにもできない。

 王族のサラブレットであるマリー・ラングドシャでなければ、後ろにランスロットとジークフリートが控える彼女と戦えない。


「わ、私?」


 だから、彼女の背中にある導火線に火が付くのも時間の問題だった。

 ただ、火が付いた筈なのに、急速に体温が下がっていく。

 マリーによるアリスの糾弾がきっかけとなり、いつの間にかマリー自身が糾弾されるのだ。


「そうです!マリー様、私たちを代表して言ってやってください。」


 やはり、とんでもない罠が仕込まれていた。

 もしかすると、最初にアリスを糾弾した女生徒も、彼らの仕込みかもしれない。


(誰も信じられないじゃない。……それに。私、既に詰んでいるのではなくて?)


 そうなのだ。

 ここでマリーがアリスを糾弾出来なければ、敬虔な信徒と名高いラングドシャ家に泥を塗ってしまう。

 そればかりか、マリー自身が異端者と認定されてしまう。


 だから。


「その通りですわね。皆の言う通り、ここに相応しくない者が紛れ込んでいるようです。丁度良い機会です。その女が魔女かどうか確かめるとしましょう。」


 マリー・ラングドシャは、フィフスプリンスで登場するマリー・ラングドシャのセリフを一字一句間違えず、はっきりと言い放ったのだ。

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