第10話 私、追い詰められてますの?何がなんだか分かりません。
マリー・ラングドシャは瞼を剝いていた。
確かに縁戚だが、ラングドシャ家と言えば近親婚、そういうイメージが無かったとしたら、彼との婚姻はラングドシャ家を強固にするものだ。
先にアリスへの気持ちを吐露したように、カルロスは気持ちの良いくらい涼やかな性格をしている。
エウロペ大陸の南は平均気温が高く、陽気な人間が多い。かつ、そもそもの文化の中心は南であり、奇抜な服装や芸術も元はと言えば、南のもの。
「ご、ごめん。今のは忘れてくれ。流石に仮面舞踏会って言い訳も通用しねぇよな。」
健康的な褐色肌の君があっという間に立ち去った後、よく知る生徒の声が聞こえてきた。
最近まで味方だと思っていた二人の女生徒である。
「マリー様、どうかされました?先ほどカルロス様とすれ違いましたが……」
いつもならピッタリとくっついている二人。だが、今日はどうやら様子見を決め込んでいたらしい。
彼女達だって、マリー・ラングドシャの裁判に巻き込まれたくはない。せっかく裏切ったのに、間違って裏切りを裏切ったと思われても困るのだろう。
「司祭様がお呼びですよ、マリー様!……あれ、どうしたのですか?アーケイン司祭様ですよ!」
怪訝な顔で覗き込むアネットとジュリア、いつものマリーなら司祭と聞いただけで飛びついただろう。
冷静に考えれば、残る一人はアーケイン。そして彼のミサこそが罠なのだから、ここでの行動は気を付けなければならない。
(今、告白された?……ううん。カルロスは何度も私に!ちょっと待って!爽やか褐色イケメン!天文学的お金持ち!南の島を多数保有!太陽の沈まぬ国の次期国王!
『政略結婚』という言葉が浮ついた気持ちを潰しに来るが、一時的にだが我を忘れてしまう。
だからジュリアとアネットが近づいてきた意味に気付けぬまま、マスク越しではあるがキラキラした視線を仮面をつけていない人物に向けてしまった。
「……少し前にも話をしたと思うのですが、マリー君。そのような目で私を見ないでください。ここにはロイ殿下もいらっしゃるというのに」
「は!アーケイン先生‼違っ……」
五人目のプリンス、アーケイン・マルチスは眉間に皺を寄せていた。しかしそんなことよりも重要なキャラが狭くなった視界の端に映り込んでいる。
マリーがこの世界で最も恐れる少女、アリスが彼の隣に立っていた。真理の記憶がなければ、ただ意識せずに無視が出来ただろう。だが、今はフィフスプリンスの世界を知っている。
「マリー君?また、いつものアレですか。アリスさんはとても真面目な生徒です。授業も真面目に受け、王家がなんたるかも理解しています。」
また、どころではない。マリーはあからさまにアリスから顔を背けてしまった。
本当は遠くから観察しようと思っていた。しかしプリンスたちの反応に振り回されて彼女の姿を見失っていた。得意分野であった仮面舞踏会も少女を見失った理由の一つであろう。
「神学の成績もトップです。神に愛されし、ベルトニカ王国にとって有益な人物ですよ。特にこの頃は……」
「せ、先生。私はそんな……。ただ、普通に勉強しているだけですし。それに私は気にしていませんので……」
「アリス君。どこの生まれかなど関係ありませんよ。主はそんなことを仰られていません。それは新旧派閥に共通して言えることです。」
アリスからマリーに話しかけることはない。それが神に愛されし国と呼ばれるベルトニカ王国の先王ロイ15世が決めたことだ。
再三登場したマリーの祖母、祖国では国母と呼ばれて尊敬されているカテジナ・ラングドシャとは真逆に近い。
それがマリーを不真面目にさせた理由の一つかもしれない。ただ、今は神学の話は頭に入らない。彼の言葉、『どこの生まれ』か分からない少女が怖い。
「わ、私はその……」
真理が持つフィフスプリンスの記憶、五人分のルートが彼女の脳内を巡り、その処刑方法を思い出したことで、血の気が引いていく。
そして、ここで再び意味不明なことが起きる。
「マリー君!」
「マリー様‼」
視界が真っ白になった瞬間、マリーのビロードマスクが外れた。そして、歪む世界の中で彼女は抱えられる。最初、マリーには誰か分からなかったが、目の前にいたアーケイン受け止めたと、彼の腕の中で悟った。
いや、その程度なら意味不明でも何でもない。マリーのことを嫌っていても、目の前で倒れられたら受け止めるしかない。
確かにロイは受け止めなかったが、アレは距離的に不可能だっただろう、と先ほどのロイの態度を見て、彼女は考えを改めている。
だから、問題はこの時のアーケイン司祭の言葉。抱えられる彼女にしか聞こえない囁き。
「済まない。私も分かっているんだ。この国の王家は主の教えを軽んじている。嫁ぐ君が不安になってしまうのも無理はない。私にもっと力があれば、君を……」
ここ数年では記憶にない、彼の優しい声が聞こえた。しかもマリーが一言も口にしていない、どうしようもない本音を彼はちゃんと汲み取っていた。
先王、今王。二代続けて、王妃ではない女が重宝された国だ。だが、自分なら手綱を握ってみせると強がっているのが、マリー・ラングドシャだ。
「ジョシュア君、アネット君。彼女を休ませられる部屋はどこだ?アリス君、済まないが殿下に報告してきてもらえないか?」
「はい!」
暖かな司祭の胸の中、だが流れる汗はべた付く嫌なモノ。
日頃は冷たい態度のアーケイン、それは仕方のないことだろう。
ただ、今見せている優しさは?先の言葉は?
「先生は……、私のこと疎ましく思って……」
「それは違う!あんな風に接するしかなかったんだ。僕だって君を……、——いや、なんでもない」
マリーは自分の考えが口から出ていると思わなかった。だが、アーケインはそのか細い声も聞き分けて、彼の気持ちを教えてくれた。
(一体、どういうこと?この記憶は全部嘘?……それとも似ているってだけで、私のただの勘違いかも。)
自分のベッドの天蓋を眺め、一人溜め息を吐く少女。
結局、アリサの正体は分からなかったが、五人のヒーローと話が出来た。
どのルートを辿っても、間違いなく次のミサという名の審問が開かれる。でも、彼らが自分に敵意を抱いているようには思えなかった。
窓から見える夕日を見ながら少女は呟く。幸い部屋には誰もいない。
先ほど、ロイをはじめとして全員が顔を見せて帰っていったところだ。
「仮面舞踏会は終わった。結局、何だったのかしら。私はあの女が不気味過ぎて、被害妄想に駆られていたってこと?私の想定通りに仮面舞踏会に参加した。……でも、それはあの未来が来ないなら、当たり前のこと。」
あの平民少女は世界の中心ではなく、通り取るに足らぬ存在だったのかもしれない。
今日一日を振り返れば、楽観的に考えることも出来る。というより、そもそもヒーロー全員が自分に好感を抱いていたではないか。
「なーんだ。全部私の勘違い」
夕食は要らないし、着替えも自分でやると言っているので、カミラはやって来ない。だから、空が暗くなっていくのを一人眺める。
「馬鹿みたい。私を誰だと思っているの?でも、良かったこともあったわ。みーんな私のことが大好きで、私に会いたくて舞踏会に来てくれた……だ……け……」
その瞬間、全身が総毛立った。
記憶が蘇った時、あれだけ確信したではないか、と。
そして、何より。どうして、今自分は一人でいる?勿論、一人で大丈夫と言ったからだが、それはカミラに関しての話だ。
彼女の仕事を奪ってまで、お節介を焼いていた二人がいない。
——そも、こんな状況で次期王妃を残して、全員が帰るだろうか。
恐ろしい考えが、彼女の中で生まれ始める。それが疑いようのない確信に変わり始める。
「……私主催のパーティに全員が来ると思った理由。それは私の女友達もカミラも、私の未来を疑っていなかったから。」
自信を持って、全員を待っていたのは彼女なりに考えがあったから。
「あの五人は未来の重要人物。そして、私も表面上は同じ。そして大事なのは、来週のミサで突然私が糾弾されること。彼らは要人故に、嫌でも目立つ。私の耳に入ってこないのは考えられない。私が次期王妃と疑わない人間にとっては、私に媚を売るチャンスでもあるのよ。彼らだって敵がいないわけじゃない。」
目立つ彼らがバレないように審問の準備をするのは容易ではない。だから、マリーは考えたのだ。
彼らは怪しい動きを悟られない為にも、堂々と吊るし上げ予定のマリーの為の舞踏会に参加すると目論んだ。
「ここで生徒全員を集めるパーティはフィフスプリンスでは描かれない。それも、私らしいまでの突然の開催。彼らは参加しなければならない、と思った。……でも」
無論、全部勘違いの可能性はある。だけど、残念ながら僅かな可能性なのだ。
「準備期間が違いすぎる。私がソレを計画したのは、知って直ぐのこと。私は私らしく行動することで、気付いていないフリをしながら情報収集をした。……でも、私らしい行動が故に、彼らにとっては予想可能なものだった。」
口にしたことで、耳から考察が入ってくる。そして彼女の耳はその考えを容易に受け入れていく。
だから、彼女は布団を被って暗闇の中で蹲った。
簡単な話だった。
マリーが思いついた作戦は、ギリギリまで彼女にも見破れない罠を張った聡明な彼らなら、マリーの作戦を更に逆手にとって対処可能なだった。
単に、マリーが欲しがる言葉を与えれば良いだけの簡単なお仕事。情報収集なんて出来る筈がなかった。
「誰かが嘘を吐いている。それも……、嘘吐きは一人とは限らない。」
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