第8話 私、会議は踊るものだと思っておりますの。
「全く。どうして私がこんなものをつけなければならないのか。本当に破廉恥な舞踏会だな。」
昼間に開かれた仮面舞踏会は明らかに滑稽であった。
美しい金色の髪の長身の男。それだけで誰か分かりそうだが、ビロードのマスクの奥から覗く美しい碧眼が決め手となり、彼が王太子ロイだと誰でも気付ける。
「まぁまぁ。そう言いなさんなって。要はダンスパーティだろ?何も考えずに楽しめばいいんだよ。」
茶色の髪の仮面の男が相手が殿下にも拘わらず、気軽に肩をポンと叩く。それが思いのほか痛かったのか、王太子は彼を睨みつけた。だが、マスクのせいでそれが彼には伝わらない。いや、伝わっていないフリをしているだけかもしれない。
太陽のようなマスクを被った日焼け男こそ、ベルトニカ王国南西に広大な領地を持つナンセール伯の嫡男カルロスである。
因みに、彼の血は薄められたとはいえ、ラングドシャのモノも混ざっている。要はマリーの親戚にあたる。
そして、別の男がここで登場する。
マリーが開いたのは仮面舞踏会だから、彼もマスクを着けている。ただ、ロイ王太子とは対照的なオーラを纏う彼にも、マスクは不要だったかもしれない。
「これを楽しめ、だと?やはり南部の生まれとは性に合わんな。俺はこのような害悪な文化を学ぶために、ここに来たわけではないのだがな。ロイ、ベルトニカの未来は暗そうだな。」
燃えるような赤い髪の男だった。そして漆黒のマスクの奥で黄金の瞳が輝いている。
マスクの中で嘲笑している様子が、ロイには透けて見えていた。ロイはカルロスとは価値観が合わない。とはいえ、友人として普通に接している。
だが、この男は別なのだ。彼にだけは愚弄されたくない。
神聖メロウ帝国の選帝侯の息子、ジークフリート・リッヒガルトだけには負けたくない。
「ジークフリート!我が国を愚弄するつもりか?確かにこの文化は誇れたものではないが、これは私がやりたいことではない!」
「ちょっとちょっと。二人とも熱くなりすぎだってば。ジーク、言い過ぎ。僕たちは立派な大人になる為にこの学校に来ているんだよ。未来の為にね。そうだよね、アリスちゃん。」
すると二人の間に銀髪の仮面男が乱入してきた。まるで二人の大人に挟まれた子供に見えるが、ロイとジークフリートがかなりの長身なだけだ。ベルトニカ王国北西部に領地を持つノイマール公の嫡子、銀髪のランスロットだってアリスの目から見れば、随分と高身長である。
そして、彼女は先に行ってしまったカルロスの行方を気にしながらも、上目遣いで二人を諭した。
「そ、そうだよ。私、こういう場は慣れてないから、みんながいないと不安なの。だから喧嘩しないで仲良くしよ?」
彼女こそ、真理の記憶で明かされたこの世界の主人公である。真理自身も改めて考えると、どうして彼女がここにいるのか分からない人物だ。
だからこそ、マリーは遠くから彼女の様子を伺っていた。そして直後、両肩を跳ね上げることになった。
「マリー君」
突然、後ろから聞こえた声の主を少女は知っている。というより、彼が開こうとしているミサの情報を得る為にわざわざ散財をしたのだ。
「いつもの君らしくないですね。柱の陰で何を企んでいるんですか?」
「ひ……。な、なんでもありません。それより先生?仮面舞踏会ですのでマスクを——」
「神に仕える身として、自分を偽ることはできません。とはいえ、ここに居るのは皆私の生徒。邪魔をするつもりはありませんよ。」
そしてアーケインはそれこそ仮面と分かる笑顔のまま、アリス達の方へ歩いて行った。途中でマリーの親友ベアトリスとすれ違った時も、彼は仮面の如き笑顔だったに違いない。
「アーケイン様までいらしたのですか?」
「仕方ありませんよ。よく分からない法律のせいで十七の私たちは子供ですもの。」
マリーがアネットとジュリアを通してアーケインを招待した。ただ当時は本人が来るとは思っていなかった。
だがその後、周囲の人間と話をしていくうちに、彼は必ず来ると思い直していた。
「うふふ。錚々たる顔ぶれですね。まさか皆さまが参加するだなんて。」
「いえ、想定通りよ。次期王妃たる私が開く仮面舞踏会ですもの。プリンス全員が参加するに決まっているわ。」
ワザと普段の自分が言いそうなことを言う。自分が言いそうな言葉だから、誰にも怪しまれない。
もしかしたら、更なる罪状の一つに加えられると舌なめずりをしているかもしれない。
ゲームの中でだって、似たようなパーティは開いていた。かなり序盤であり、マリー・ラングドシャの登場シーンまで遡らなければならないけれど。
でも、とにかくこの行為は彼女にとって自然なのだ。そして、貶めたい誰かにとっても都合の良いものだった。
「さ、舞台は整ったわ。先ずは……、——踊りましょう!」
マリー・ラングドシャの趣味の一つが仮面舞踏会である。そこでは賭博行為も行われていた。だが、流石に賭博は出来ない。
だから、とにかく彼女は踊る。仮面をつけているから、今は誰が誰かは分からない、そういう体で男を捕まえては一緒に踊る。
そして、これは彼女の生き残りを賭けた、最初の情報集めである。
「あら。とても素晴らしいリードですね。」
「……これくらい、私にだって出来る。」
金髪のマスクの男。つまりフィアンセ。仮面舞踏会ではあるが、多くの生徒を招いている公の場でもある。
やはり、最初に踊るべきは彼。そして彼をおだてながら、その真意を探ろうとした。その時だった。
「品の良いスーツですね。それに貴方からは気品を感じます。」
「そういう君こそ質素な服も……。その……、似合うな。やはり君は美しい。」
「——⁉ロイ?」
「ちょ……。名前は言わない約束では?」
「そ、そうでした。申し訳ありません……」
仮面をしても分かる程、マリーは赤面してしまった。皮下の血管が透けて見えるほどに色の白いマリーだから尚更だった。
(ちょっと!今のって‼)
彼女の中の真理の部分が心臓を何度も叩いていた。このマリーという少女は、真理が思っているよりも相手の心を読むのが上手いらしい。
いや、誰が見てもそうだったのかもしれない。将来の夫が少し恥ずかしそうに将来の嫁を褒めた、ただそれだけ。
だが仮面越しでも分かった。間違いなく、ロイはマリーのことが好きなのだ。
(ロイは私のこと大好きじゃん‼私はやっぱり勝ち組で、幸せ者ってこと⁉——いえ、そうじゃない。イベントが起きることは確定しているの。つまりアリスはロイルートを進んでいない。)
彼女はそう考えた。そして仲睦まじく、互いを褒めあう行為を公衆の面前でしてしまった周知で、二人はそれとなく距離を置いた。
すると、今度は別の男が彼女に近づいてきた。
「今度は僕と一緒に踊ってくれませんか、可憐なお嬢様」
「も、も、勿論です。よろしくお願いします!」
銀髪の青年の笑顔に、マリーの人格が危機的な状況を迎えてしまう。ノイマール公ランスロット、彼の父グラマンは対岸の島国グリトスの王でもある。グラマンはベルトニカ王国ではシャール十三世に対して膝をついているが、ベルトニカ王国の北方にある国に戻れば、シャール王と同格の立場となる。
この世界は中世から近世のヨーロッパをごちゃまぜにしたような時代であり、実際にマリー自身はランスロットという男を警戒していた。
「貴方もとても魅力的ですね。」
「貴女こそ。僕には輝いて見えます。」
だが、マリーはただ警戒していただけではない。この男もどうにかモノに出来ないかと考えていた。
——グリトス王国の人間を信用してはいけない
これは彼女の祖母の言葉だ。けれど、それは偉大なる祖母だから見えた世界。
(お婆様は常に貞節でありなさいと仰られていた。でも……、もしもグリトスの王子とお近づきになれれば、ラングドシャ家の栄華は更に続く。そう考えることだってできるのだけれど)
これがマリーの本音である。だが、彼女にとって亡き祖母は絶対であった。これも真理にとっては驚きの記憶なのだが、ランスロットは頻繁にマリーを口説きに来ていた。それをマリーは祖母の言いつけを守って、そして我慢をして彼の申し出をやんわりと断っていたのだ。
(ちょっと待って!どういうこと?ランスロットも私のことが好き?——つまりアリスはランスロットルートを進んでいない。そういうことよ、マリー‼)
「いやぁ。ほんと、僕は不幸だよ。君が誰かのモノになってしまうなんて」
「そ、それはそうですけど。……その、私を揶揄っていません?私、聞きましたよ。アリスという少女と仲が良いとか」
ここでマリーはついにアリスという少女の名を口にした。
そして、彼女は更に迷路に迷い込んでいく。
「アリスちゃんねぇ。確かに良く話はするかも。……でも、僕があんな子を好きになるなんて思う?」
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