第6話 私、こういう時こそ社交パーティだと思いますの。
マリー・ラングドシャは三週間後に開かれるミサで裁かれる。
三年目の九月という時期、周りの人間の態度、そして隠し部屋には誰かが侵入した痕跡。ゲームの記憶がなければ、盗人が入ったと騒いだだけで終わっただろうが、今の彼女は違う。
だから翌日、マリーは朝一番でこう言った。
「ジュリア。私、パーティを開きたいの。ほら、結婚用の持参金ってまだまだあったでしょう?」
「ミサは三週間後ですよ。それに旅行の計画はどうされたのですか?」
「アレは面倒くさいからやめたの。それよりも私、華やかなパーティを主宰したくなったの。」
「フフフ。流石マリー様です。相変わらずです!ジュリア、こうなったマリー様は止められませんよ。」
着替えをしているので、ここにはジュリアとアネットしかいない。最初の頃にいた侍女は寝室に入れないしきたりになっている。これもベルトニカ王国の先代より始まった作法だった。
そんな中で学生を中心にパーティを開きたいと次期王妃は言った。
ただ、彼女の発言は自然なものだ。この手の我が儘は今までの彼女なら言いそうなことだった。何かにつけて豪奢なパーティを開くのはとても貴族らしく、止める方が無粋である。
無論、裕福な貴族やブルジョワ市民に限られるのだが。
「そうですね。いつものマリー様らしいのは大変喜ばしいことです。そして私たちに準備をしろと。どのような規模を考えられておいでですか?招待する者も選ばねばなりませんし……」
ジュリアも渋った顔ではあるが、次期王妃の我が儘を受け入れる。彼女がパーティを開くことは珍しくない。お気に入りの服を見つける度に、彼女はそれを自慢する為にパーティに参加していた。時には自分が主催側に回ったこともあった。
だが、今回の彼女は今までの行動の更に上を行く。しかもそれがまた、——マリー・ラングドシャらしい考え方なのだ。
「ジュリアとアネットが考えている上から順番に呼べるだけ呼んでくれたらいいの。ここの庭園も使ったら、大きさは足りるでしょう?」
その言葉にジュリアとアネットは目を剥いた。朝食係の侍女が居る部屋に移動したので、他の侍女は目を白黒とさせている。
前例がない訳ではない。マリーは約二年と少し前、つまりアリスが入学した直後に同じ規模のパーティを開いている。
(あの日、私が罵倒した女が恐らくアリス。いえ、ゲームの進行上間違いない。アリスはひょんなことから、場違いにもパーティに参加させられる。そしてマリー・ラングドシャ、つまり私が悪目立ちする最初の舞台よ。せめてあの時に記憶が戻っていたら……)
あの時の自分をマリーは覚えている。ということで、この二人も覚えているのである。
「マリー様。その、申し訳にくいのですが……」
「ジュリア、大丈夫です。だってもうすぐアーケイン様のミサがあるのよ。私だって寛容の精神は持っています。」
「でも、マリー様ぁ。上からって言ったらとんでもないことにぃ……。女子だけにしませんかぁ?」
「アネット?私は次期王妃であり、ラングドシャの人間よ。それに今学年で成人を迎える者は次代の世界を担うに相応しい顔ぞろえ。テーマはこうよ。未来を担うパリーニ学徒の会‼あ、そうだ。アーケイン様もお誘いしてください。以前もそうでしたし、成人を迎えていない者だけというのも宜しくありませんわよね。アーケイン様と相談して決めて頂けるかしら?」
今の二人がマリーを裏切っているとしても、単独で物事を決められる程の存在ではない。誰かの指図で行動しているに違いないが、マリーに気付かれないよう言われているだろう。だから、真っ向から反対は出来ない。
そしてマリーにも、勿論別の思惑がある。それを悟らせてはならない。
「アーケイン様はおそらく忙しくされて……」
「副司祭のベルセデ様でも構いませんよ。とにかく私は今、パーティを開きたくて堪らないのです!直ぐに駆けつけてくださるとは思いますが、ロイ殿下にも一応お声がけをしてくださいますか、アネット」
「わ、分かりました。私からも声を掛けてみます。それでパーティはいつ頃……。流石に直ぐではないですよね?ミサの後から計画を……」
ミサの後なら、彼女たちが開くパーティは違う意味のものに変わっている。悪役の粛清パーティか、平和を祝っての祝典か。
だが、問題ない。マリー・ラングドシャはこれまで我が儘を突き通してきた。だからここまで追い込まれたのかもしれないが、今はその行いに助けられる。
「いーえ。私は直ぐにでも、今日の夜にでもパーティをしたい気分なのです。無論、それは流石に我が儘過ぎですわ。ですので、今週の末に開きましょう。それなら出来ますよね?そんなに難しい顔をせずとも大丈夫ですよ。予定が合わない方は呼ぶ必要ありません。次期王妃の為に予定を空けられない、……そんな人間がいるとは思えませんが?」
真理の心情が反映されている筈だが、彼女も追い込まれている。だからこの時は、違う理由で舌を巻いていた。マリーの考えているパーティの規模は凄まじいもの。それは人々が裕福な暮らしをしている未来、それに近しい記憶から考えても、である。
彼女はベルトニカ王国の次代の王妃、そしてトルリア国王の血筋であるラングドシャ家の人間だ。だからこそ実現可能なもの、『ジュニアサミット』と言い換えても良い、世界のエリート学生たちが勢ぞろいするパーティであった。
「……承知しました。アーケイン様、そして殿下と相談させて頂きます。ですが……」
と、ジュリア。ただ、彼女はマリーに釘を刺した。
「マリー様は今までのように、ただお待ちください。準備は全て私たちが——」
だが、この進言はマリーの予想の範疇である。のらりくらりとパーティの開催を遅らされるか、殆ど力を持たない生徒だけを集めて茶を濁すつもりだろう。
何せ、主催者はもうすぐ罪人となる。ならば、その責任を追及されることもない。
だからこその。
「私、ミサの為に寛容の精神でいると言ったでしょう?大変なお仕事です。私も手伝うに決まっています。」
「だ、駄目ですよ。マリー様はちゃんと学校に通ってください!準備はジュリアと私がしますから!」
「アネット、無理をしちゃ駄目です。心配ありません。私も学校には通うつもりです。そこで普段から良くしてもらっている学友を誘うだけですのよ。だって、お二人では誘いにくい上流の貴族もいるでしょう?」
これも実は普段のマリーの言動が活かされている。マリーに擦り寄ってくる生徒は多い。甘言を並べたてる人間は沢山いる。それを友人と呼ぶかはさておき、王家によく見られる特徴であり、マリーも学校ではそんな人間を周りに並べている。
ジュリアとアネットはマリーがこちらに来るときに一緒についてきた友人。そんな彼女達だって、最初はそちら側だった。
「う……。それもアーケイン先生に報告しておきます。」
「どうぞ、よろしく。アーケイン様にも是非来てください、私は心待ちにしてますと伝えておいてくださいね。」
馬車が学校に辿り着くまでには、マリーと元・友人二人のやるべきことは決まっていた。
これがマリーが一晩考えた、玉を活かすための最初の一手だった。兎にも角にも情報が少なすぎる。
だからこそ、普段のマリーらしく豪華な計画を立てた。彼女が一晩で考えた安直とも言えるこの作戦は、マリーを貶めたい者にとっては非常に悩ましいものだった。
それを今の彼女が計算していたかは、やはり別の話だが。
(このパーティは開催出来て当たり前だわ。だって、私はマリー・ラングドシャだもん。問題はあの五人のうち、何人が来るかってこと。そして……、あの小娘を誰が連れてくるかってこと。アリス、あんたは今、誰ルートを進んでいるの?)
マリーは婚約者のロイを含めて、あの四人と距離を置かれている。昨日までのマリーはロイの婚約者だから距離を置かれていると思っていた。
但し今の彼女は自分の運命を知っている。避けられているのではなく、別の女を中心に回っていることを知っている。ただ彼女に残された時間は少なく、状況は圧倒的に不利だ。どれほど不利かも現時点では分からない。
だからこその情報収集。そんな彼らでも社交の場に連れ出せば、王族として良い顔をしなければならない。
マリーがそうだったように、彼らも王族としての慣習に縛られているのだから。
そして、彼女の予想通り。マリーは自分が誘った友人以外を知らされぬまま、週末のパーティを迎えることになる。
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