第5話 私、薄汚いシンデレラを監視するほど暇ではないのです。
マリーの嫁ぎ先であるベルトニカ王国、いやその他の国も未だに嫡男に相続させる長子相続制を採用している。現国王の長子であるフリップの息子であるロイが、三年前に彼の父親が他界したことにより、王位継承することが決まっている。
それは宗教上でも、国際法上でも自然なことに見える。だから、女性が同等の権利を持てる大学校の存在は異質なのだ。
ただ、そんなことよりも。
「それにしても……、なんて目立つ馬車なのかしら。維持費も相当かかりそう」
こんな馬車で逃げられる筈もない。浮世離れした生活を送っていたのは間違いない。心の中の真理は目を剥いているが、彼女はマリーでもあるので、自分の指示でこうなったと知っている。
「マリー様の要望通り、全国から選りすぐりの職人に作らせました。流石、マリー様です。未来の王妃様です!」
オレンジ色っぽい髪の明るい少女アネットが目を輝かせている。ヴェリゼア伯が娘、アネット。ヴェリゼアはベルトニカ王国の南東にあり、ヴェリゼアは昔からラングドシャ家のあるトルリアと交流がある。
(でも、この子も裏切るの‼私を擁護してくれる人間なんて一人もいない。それはそうよね?アーケインが開くミサが罠に使われるなら、それは異端審問が待っているということだもん。擁護したら、同じく異端者。誰も一緒に火炙りにされたくない……と)
ジュリアとアネットは信用ならない。気付いていることに気付かれてはならない。
「アネット。二週間くらいで戻って来れる小旅行先に心当たりはない?マリー様が悩んでいらっしゃるの。」
「んー。私の故郷は二週間じゃ難しいし、ジュリアちゃんのとこもギリギリかぁ。オルリアの宮殿の離宮くらいじゃないと、絶対間に合わないよ。マリー様、今度のミサはサボれませんよ?サボったら絶対に異端者呼ばわりされますからね‼オルリアにしましょう!」
だから、二人の前では今まで通り振る舞う方が良いのだが、アネットの口から異端者という言葉が飛び出して、目を剥きそうになる。
(この子、ワザと言ってない?っていうか、その離宮は代々、国王が目の上のたんこぶになった王族を軟禁する場所でしょ‼)
こんな風に思えるところが、ただの転生ではないということでもある。真理の記憶が完全に蘇っていないからでもあるが、マリーはマリーなのだ。この国の、この世界のことは頭に入っている。
それ故に、処刑される未来が迫っていることに狼狽している。
「……もう、そのことは忘れて、ジュリア。私はおとなしく家に帰るわ。ジュリア、殿下は?」
陽光王と自ら名乗った先王、彼が示した貴族の振る舞いのせいで、身の回りのものは全て自分より位の低いものにやらせるという風習のせいで、常に自分の周りには誰かがいる。既に軟禁状態である。
「ご安心ください。殿下にもマリー様が大事なかったとお伝えしております。ですので今日もいつものようにご友人と乗馬をして帰られるそうです。」
「……そ。いつものように、ね。やはり、私のことを相手してくださらないのですか。まるでマリー・アントワネットとルイ十六世の関係。」
(正確にトレースしているわけではないけれど、この世界はあの頃のあの国に似ている。フィフス・プリンスの世界であることは間違いないのだけれど)
「アントワネット?どちら様でしょう。」
「なんでもないわ。それじゃあ、帰りましょう」
一人になる為には夜を待たなければならない。着替えに夕食に入浴、その後の寝巻への着替えまで、ジュリアとアネットは側仕えのような振る舞いをする。
当初の目的は将来の王妃に仕えることだったろうが、今は間違いなく違う目的で動いている。
それが分かりながらも、今の二人に出来ることはなかった。
——そして、夜。
「ちょっと、何これ!」
この声は真理のモノ。とはいえマリーも同様に叫び声をあげた。マリーと従者たちはバロア宮という名の小城に住んでいる。パリーニの街が一望できる一等地でもある。彼女は宮殿内の自身の部屋で悲鳴に近い叫びを上げた。
「どうして魔法道具が……、誰かが私の隠し部屋に入ったのね。次期王妃の部屋を無断で……」
真理が考えたツッコミどころはそこではない。隠し部屋はオカルトグッズで溢れかえっていた。流石に現代人には違和感がある。ただ、彼女は直ちにソレを理解した。この時代の貴族にはオカルト好きが珍しくない。かの有名なノストラダムスだって、フランスの王妃カトリーヌ・ド・メディシスのお気に入りだったではないか。
「——これは異端審問の証拠集めね。アイツら、私を魔女として裁くつもり?」
(うん。それが正解。マリー・ラングドシャは黒魔術を使う。確かにゲームにも登場する設定。そして、それを突き付けられて異端審問で裁かれる。)
「私が記憶を取り戻したあの一件で、本格的に動き出したってこと?だから、私は医務室で寝ていろと言われたのね。……問題はアリスが誰のルートを選んだか……、か。」
フィフス・プリンスというタイトルがついている。つまり五つのルートが存在している。そして実はその中の二人のルートでは、直ちに処刑されることはない。
更にあと一人のルートでは異端審問自体が行われない。
「アーケイン・ルートなら問答無用で即日処刑。ロイ・ルートも同じ。ランスロット・ルート、ジークフリート・ルートでも異端審問は起きる。でも、新教派の二人の場合は従来の教会主体での裁判を嫌い、一時は執行猶予処分になる。ただその後、別の形で私は処刑されることに。ただ、一人。カルロス・ルートを進んでいるのなら異端審問は行われない。カルロスは私の親戚筋だから、それは当然なんだけれど。……っていうか、五人ってその五人なわけ?あの女、本当にふざけているわね。」
ゲームの記憶を持つ真理、この国の現状を知るマリー。二人の記憶を合わせると、アリスという主人公が腹立たしく思えてしまう。
「どれだけ強欲なのよ。平民女でも結婚できる貴族の男は沢山いるのよ?……っていうか、アリスってその五人全員と仲良くやっている?」
作戦を練る以前の問題だった。マリーは平民女を見つけたら、常に彼女を虐めている。逆らえないことを知りつつ罵っている。
ただ、それは他の貴族令嬢の為でもあるし、この国の為でもある。何なら間接的にだが、アリスの為でもある。
だが、今それを考えても仕方がない。
——問題はマリー目線だと、アリスの動向が分からないことだ。
「あの女を徹底的にマークしておくべきだった……。でも、そんなことは不可能なのよ。」
そうなのだ。マリーには目を光らせるべき存在が多すぎる。
現国王、前国王に共通するのは宰相に政治を任せていること。ただ、それは問題ない。マリーだって、宰相に政治を任せて良いと思っていたくらいだ。
だから問題はもう一つの共通点だった。どちらの王も王妃ではなく寵姫を表舞台に立たせている。
エメラス教の教えはどこに行ったのかと疑問に思う程に、寵姫を重んじることが文化になっている。そのお蔭でパリーニに世界最先端の文化が開花した、という皮肉までついてくるのだが。
「何も持っていない平民女よりも、将来的に敵になる貴族女は沢山いたの。だから、全然見ていなかった。……でも、今日の悪態イベントがきっかけなら。腹立たしいことに私のロイと仲良くなっている可能性が高い。あくまで可能性だけど。あと三週間。取り合えず、カルロスとは話をするべきね。」
今日のアーケインの様子はおかしかった。だから、最有力はロイ・ルート。次点でアーケイン・ルートではないか、と予想は出来る。そして残念ながら、親戚であるカルロス・ルートでもマリーは処刑される。ただ、今は彼に頼るしかないように思えた。
「正直、どの道も茨と言うか処刑しかないんだけど、目の前のミサをどうにかしなくちゃいけないわね。」
高貴な立場である彼女には、平民女に恐怖して逃げ出す選択肢はなかった。
そして、今日よりマリー・ラングドシャは運命に抗い始める。
——ラングドシャ家を凋落させない為に。
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