11 ブレイブの秘密
「ブレイブさんには何か秘密がある」
ケイナは一人宿を出ると、以前からブレイブに抱いていた疑いの念を口にした。
彼女はそのまま近場の道具店に向かう。
なぜ彼女がそんな行動を取っているのかと言うと、先程ブレイブから、キュアポーション用の小瓶を購入して来て欲しいと使いを頼まれたからだ。
今日からダンジョンに入り、上層の攻略を目指すと言っていた。であれば、キュアポーションは必須アイテムになる。
「なんでブレイブさんは、普通の人が知らない知識をあんなに知っているんだろう?」
ケイナはそう呟くと小さく首を傾げる。
ブレイブとパーティーを組んでからずっと、ケイナは驚きの連続だった。
とはいっても嬉しい驚きの方が多く、思い出すと今でも彼女の頬はゆるむ。
冒険者としての訓練をさせてもらい、レベルが3にまで上がった。
それに、高価な装備を買ってもらえたし、分け前だと銀貨までもらってしまった。
だが一方で、理解ができないことも少なくない。
まず気になるのは彼の独り言だ。
どうやら彼は、自分の独り言がケイナには聞こえていないと思っているらしい。
確かに普通の人種には聞こえないだろうが、狐人族は耳が良い。普通の人間の数十倍は聴力があるのだ。
ブレイブの言葉を全て聞き取れているわけではないが、大体何を話しているかは分かっている。
これまでのパターンとして、長い独り言の後に驚きの言動をすることが多かった。
独り言であるが、どうも誰かと会話をしているように聞こえる。
そんなことはあり得ないはずだが、単なる独り言にしては不自然すぎる。
また、知識があまりに豊富なこともケイナは気になっている。
ブレイブが仲間を探しに孤児院を訪れた日、独り言の中で彼は言った。
第六感、と。
昔死に別れた親からは、第六感とは狐人族だけが持つ切り札のような能力だと聞いている。
切り札は当然隠すものであり、親には誰にも知られないようにせよと口酸っぱく言われた記憶がある。
つまり、第六感の存在は狐人族しか知らないはずだ。なのに、彼はその存在を知っているのだ。
そんな彼の提案だったからこそ、ケイナは〈探索師〉になることを素直に受け入れたのだった。
彼の豊富な知識はそれだけではない。
キュアポーションの製法、第四階層の隠し部屋、階層攻略に必要な準備、〈探索師〉を初めとするジョブの情報などなど、まるで一流の冒険者でもそこまで知っているのかと疑問になるような、広く深い知識も持っている。
そこまで考えたところで道具店に着いたので、ブレイブに頼まれていた小瓶を購入した。
まるで混んでおらず、予想よりも早く買い物が終わってしまった。
ケイナは宿へ戻るべく今来た道を引き返すと、思索を再開する。
ブレイブはどうやら自分の知識を隠そうとしているらしい。
第四階層の隠し部屋についてなぜ知っているのか質問すると、勘だと言った。
まさか勘だけで、隠し部屋の場所を正確に特定できるはずがない。
ケイナの持つ第六感が働いたとしても、そんなことはできそうにない。
「でも、普段のブレイブさんの言動を見ていても、失礼だけど、知識が豊富そうな人には見えない。でも会話のような独り言が終わると、とつぜん人が変わったようなことをする。人が変わった、か……」
ケイナは顎に拳を当てると、さらに思索を進める。
「もしかして、ブレイブさんは二重人格で、もう一人の人格と会話してるとか?」
そんな想像を膨らませていると、いつの間にかケイナは宿の前に到着していた。
彼女は宿の門を開くと、ブレイブが借りている部屋へと向かった。
彼は昨日手に入れた金で、少しきれいな一人部屋へと移動していた。
部屋に近づきドアを開けようとすると、中からブレイブの声が聞こえてくる。
「ケイナが? 本当かよ!?」
いつもの独り言だ。今回はどうやら自分のことを喋っているらしい。
何かまずいことをしてしまっただろうか。
そう考えると不安になり、ケイナはドアを開けようとした手を引っ込めた。
また声が聞こえてくる。
「確かに……。レベル1であの動きはすげえもんな。正直、俺には全然見えなかったぞ」
どちらかと言うと褒められているようだ。自分の杞憂だったらしい。
ケイナはほっとして、小さく息を吐いた。
「お前、だからケイナに盾を持たせたのか? 相当期待してるんだな」
今、「お前」って言った……?
昨日も言っていたし、やはり聞き間違いではなかった。「お前」と呼ぶ相手がいる。
やっぱり二重人格? 少なくとも、ブレイブの中に別の誰かがいるのは確かだろう。
その誰かは、ケイナに盾を使用した何かを期待しているらしい。
またブレイブの言葉が聞こえてきた。
「ケイナの育成計画?」
育成計画とは何だろう? 自分のことなのにその会話へ参加できないのがもどかしい。
しかし、彼女の確信がまた一つ増えた。
育成計画を考えられるほど賢い人物。その人物こそ、広く深い知識を持つ張本人に違いない。
しばらく待つと、またブレイブの言葉が聞こえる。
「覚えきれねぇけど、大体分かったぞ! にしてもこんなに丁寧な計画を考えるなんて、お前、相当ケイナに惚れ込んでるなぁ」
わ、私に?
ケイナは耳を疑う。ブレイブの中にいる人物は、自分に惚れ込んでいるらしい。
彼女の胸は早鐘を打つ。
「……ああ、そういう理由か。シズルらしいわ……」
……シズル?
それが、ブレイブの中にいる人物の、彼の、名前。
「シ、シズル、様……」
その相手の名前を口にすると、なぜか顔が熱くなってくる。
シズルという名はどういう意味なのだろう?
もしかすると、この世界の叡智を司る者とか、そんな意味だろうか。
いや、こんな自分を育成しようと思うなんて、究極の慈愛に満ちた者、といった意味かもしれない。
ケイナはいつの間にか、ぼうっとそんなことを考えていた。
「あれ、そういえば、ケイナの戻りが遅くないか? もしかして、何かあったか!?」
ケイナを心配するブレイブの声が、ふわふわとしていた彼女の意識に飛び込んでくる。
「ひゃい!?」
ケイナは驚いて叫び声を上げてしまった。
「なんだ、戻ってきてたのか、ケイナ?」
「い、今ちょうど戻ってきたばかりですっ!」
ケイナは慌てて部屋に入った。
「どうしたケイナ、少し顔が赤いぞ?」
「そうですか? でも、嬉しさで元気いっぱいです!」
「そ、そうか。病気じゃないならいいが」
「はい!」
シズルにも自分の声が届いているのだろうか。
そうであることを祈って、ケイナは大きな声でブレイブに返事をした。
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