9 キュアポーション
〔ここからはコボルトが出るが、絶対遭遇しないように行くぞ。僕達にはまだ早い。ケイナの鼻と耳で索敵して徹底的に避ける。それと〈探索師〉はレベル3で《サーチ》を覚える。《サーチ》はマッピングと罠探知の
「おお、ケイナはそんなことができるのか!」
ブレイブはシズルの指示をそのままケイナに伝える。
「わ、私よりも私の能力に詳しいのですね……。分かりました、頑張ります!」
ケイナは驚いた表情を見せたが、そのあとに力強く頷いた。
〔キュアリーフが生えるフロアには僕が案内する。お前に伝えるからケイナに指示を出してくれ〕
「了解!」
ブレイブとケイナは横並びで探索を開始する。
二人はシズルから聞いた道順で歩を進め、ケイナはその方向に鼻と耳を集中させる。
また同時に《サーチ》も連続で使用する。その結果、一度も罠にかかることはなかった。
しかし、なぜかコボルトの気配は一向に感じ取れない。
そのことに疑問を感じつつも、二人はついに目的のフロアに到着した。
〔着いたぞ〕
「おお、ここがキュアリーフの生えるフロアか! さぁて、どこにあるんだ?」
ブレイブとケイナは中に入ると、歩きながら地面をよく観察する。
すると、なんらかの植物の葉らしきものがぐちゃぐちゃに踏み潰されていた。
それだけではない。
そこかしこにコボルトの死体が転がっているではないか。十や二十では収まらない数だ。
また、死体は切り刻まれたと形容して良さそうなほど損傷が酷く、頭や四肢が切り落とされているものも少なくない。
「どうなってんだこれ?」
「ひ、ひどいですね。なんというか、とつぜん邪悪な怪物がこの階層に現れて、大暴れしていったかのような……」
〔……このキュアリーフを踏み潰した足跡、人間のものだな。色々な形があるから集団だろう〕
シズルの話を聞き、ブレイブもよく観察してみる。
すると、確かに大きさや形状がばらばらの靴跡が、これでもかと地面に残されている。
「ならこれ、人間の仕業かよ……」
「そ、そうなんですか……?」
〔死体を見る限り、犯人は相当残虐な奴らのようだ。僕達が出会ったディビアントは、こいつらから逃げてきた可能性もあるな〕
「まじかよ。俺が死にそうになったのはこの犯人のせいってことか! それはそうと、なんかモンスターもかわいそうだな」
普段からモンスターとの殺し合いを演じているブレイブだが、理不尽にモンスターが殺されるのには同情してしまう。
ブレイブを襲ったコボルト達の怒りは相当なものだった。この状況を見れば当然かもしれない。
「キュアリーフは使い物にならなさそうですね。どうしましょう?」
「そうだなぁ。どうしよう」
〔くっくっくっ……〕
「な、なんだ気持ち悪りぃ!?」
〔あの奥の壁まで行ってみろ〕
ブレイブはシズルに促されるまま、フロア奥の壁に近づく。ケイナも後ろからついてくる。
〔壁を通り抜けた先に小部屋がある。そこはキュアリーフの群生地になっているはずだ〕
「壁を、通り抜ける?」
ブレイブにはシズルの言葉の意味がよく理解できない。が、ひとまず壁に触れてみることにした。
すると手がスカッと空振りし、奥に向かう道が透けて見えた。
ブレイブは恐る恐るその壁を通り抜けると、中にはキュアリーフが無数に生えていた。
キュアリーフは地面から葉が直接生えているような植物で、葉が何枚も重なることで一つの植物となっている。
部屋は湿度が高く、キュアリーフの葉の上には大きな水滴ができていた。
その水滴が上から差し込む淡い光を反射し、煌めく景色がブレイブの目に飛び込んでくる。
「うおぉぉぉーー! すっげぇ!」
「わぁ、幻想的ですね!」
〔……本物は、こうも美しいのか〕
あのシズルでさえも、何やら感動しているらしい。
「よし、とっとと採集しようぜ! そういやあ、キュアリーフってどのぐらい必要なんだ?」
〔五十本もあれば十分だろう〕
「分かった!」
ブレイブ達はちょうど五十本のキュアリーフを採集した。
そして、用が済んだ彼らは、ダンジョンを出て町へと戻った。
◆
次に向かうのはブレイブが泊まっている宿だ。
宿の台所や食器などは、利用者が共同で自由に使って良いことになっている。
利用者のほとんどが冒険者であり、自炊をするものなどいないため、ポーション作りに利用しても問題ないだろう。
「あの、なんでブレイブさんはあの場所を知っていたのですか?」
宿に向かう途中、横を歩くケイナがブレイブを見上げて質問する。
「う、うーん、勘、かな?」
「勘、ですか」
あまり納得のいかないといった表情でケイナは首をかしげる。
「な、なあシズル。ケイナにはお前のこと、話しておいた方がいいんじゃないか?」
〔何を言っている。自分の中にもう一人の人間がいるなんて話をしたら、頭のおかしいやつと思われかねないぞ。それに、僕は人と関わりを持つのが、好きじゃないんだ〕
「お前って、本当に暗いやつだなぁ……」
〔チッ、悪かったな。早く宿に行くぞ〕
シズルは舌打ちをすると、苛立たしげに言う。
宿に到着して今日分の支払いを済ませる。ブレイブの財布はすっからかんだ。
気を落としながらもブレイブは台所に向かう。
〔キュアポーションの作り方を説明するぞ。まずは鍋に湯を沸かす。キュアリーフは細かく刻んですり潰す。湯が沸いたらキュアリーフを突っ込んで、一分煮立たせる。すぐに火を止めて鍋の中身を濾し、液体だけを常温で冷ます。やることはこれだけだが、一番のポイントは煮立たせる時間だ。これがずれるとすぐに失敗判定されるから気をつけろ〕
ブレイブはシズルの話に頷くと、ケイナにレシピを説明して早速挑戦する。
しかし、レシピ通りにやったつもりだが煮過ぎてしまい、ブレイブもケイナも失敗してしまう。
出来上がった液体の色は真っ黒で、いかにも体に悪そうだ。
〔時間を測るのが難しいのか。ゲームでは画面上に時計が出ていたから、失敗する確率は低かったんだよな〕
「おいシズル、なんか良い手はねえのかよ?」
〔……チッ。なにか、なにか無いか……。はっ!? ……くっくっくっ、僕を舐めるなよ。ケイナの《サーチ》はクールタイムが一分だ。それをタイマー代わりに使用しろ!〕
「……おう」
イラついたりカッコつけたり忙しいやつだなぁと思ったが、それは確かに良いアイディアだ。
感心したブレイブは、今それに言及するのは止め、キュアポーション作りを優先することにした。
ケイナに頼み、《サーチ》を利用したやり方で試してみる。
すると──
「で、できたぁぁぁあああーーー!!??」
ブレイブが興奮を抑えきれずに叫びだす。
出来上がった液体は、先程の真っ黒なものに比べると明らかに別物だ。
「ほ、本当ですね!」
ケイナも顔に驚愕の色を浮かべている。
ブレイブが使用済みのキュアポーションの空き瓶に液体を入れてみると、色は黄緑に近く、透き通っているのが分かった。
「でもこれ、ちゃんと効果があるのでしょうか?」
ケイナがもっともな疑問を述べる。
〔ブレイブ。お前の腕にあるその傷を治してみろ〕
「おいおい、キュアポーションは痛み止めだぞ。傷が治るわけねえだろ」
〔お前、まじで言っているのか? 本物はちょっとした傷なら簡単に治すぞ?〕
「本当かよ? じゃあ試してみるか」
ブレイブはそう言うと、先日コボルトに吹き飛ばされてできた腕の擦り傷にキュアポーションをかけてみた。
痕が残ると思われたやや深い傷だったが、かけたそばから綺麗さっぱり消えていく。
「うおぉぉぉぉおおーーー!!」
「えーーーーー!?」
ブレイブとケイナが同時に驚嘆の声を上げる。
〔ふん。この程度で驚くなんて、情けない奴らだ〕
そういうシズルの声にも、微かに興奮の色がうかがえる。
ブレイブ達は成功した結果にしばらく小躍りした後、別の傷にもかけて効果を確認した。
キュアポーションの空き瓶は店に返却すると少額が戻ってくるので、ブレイブはいつもまとめて保管している。
その空き瓶を洗浄後、丁寧に液体を注いでいく。そして、ブレイブ達はキュアポーションを十本完成させた。
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