8 ケイナ、初めてのダンジョンへ

「き、金貨一枚!? 俺の稼ぎの一年分だぞ! それに、キュアポーションを作るなんてできっこないだろ。あれは教会でしか作れないんだぞ?」

〔なに? 誰から聞いた情報だ、それは?〕

「【ドンキー】の店主だよ。前に店へ行った時、店主が冒険者達に絡まれていたんだ。もっとキュアポーションをたくさん仕入れて売ってくれってな。だけど、教会でしか作れないものだから無理なんだって頭を下げてたぞ」


 シズルは「ふむ」と呟くと、それから言葉を発しない。何か考えをまとめている最中のようだ。


「先程からブレイブさんは、誰かと話をしているのですか?」


 横に小さく頭を傾けて、ケイナがブレイブに不思議そうな目を向ける。


「え? あ、ああ、独り言だよ、独り言!」

「……そうですか」

 

 ケイナは釈然としない様子だ。


〔ブレイブ。まだ仮説でしかないが、店主か教会が嘘をついている可能性がある。キュアポーション程度であれば、〈薬師〉でなくとも十分に作成可能だからな〕

「〈薬師〉? なんだそれ?」

〔お前、もう少し勉強しろ。〈薬師〉ってのはその名の通り、薬作りに特化したジョブで、回復系や強化系など多種多様な薬を生成することができる。それに、冒険の最中に材料を集めながら、いつでもどこでも凄まじい速度で薬を作り出す。高レベルなら、控えめに言って化け物だな〕

「へえ、そりゃすげえ! でも、俺が前に見たジョブボードには書いてなかったような気がするけど」


 以前ブレイブは教会で、ジョブボードと呼ばれるジョブの一覧表を見たことがある。そこには〈薬師〉という文字はなかったはずだ。


 とはいえ、ブレイブは初めから選択するジョブを決めていたので、ジョブボードをじっくり読み込んでおらず自信はない。


 ちなみに、その際ブレイブが選択したジョブは〈軽戦士〉だった。


 ブレイブの命を救った冒険者パーティーのリーダーが、双剣使いの〈軽戦士〉だったので、それに憧れて選択したのだ。


「まあいいや。それで、これからどうするんだ?」

〔ケイナのジョブチェンジを済ませたら、ダンジョンの第四階層に向かう。あそこでキュアポーションの材料、キュアリーフが手に入るからな。そして、本当に教会でしか作れないか試してみるぞ〕

「了解だ!」


 ブレイブはケイナに方針を説明すると、彼女は「キュアポーションを作るんですか!?」と驚愕するも、ひとまず同意した。


 ケイナのジョブチェンジは、ダンジョンの近くに立つ中央教会で済ませた。もちろん無料だ。


 一行は早速ダンジョンへと向かった。





 ダンジョンに入り、第四階層を目指して進む。


 ケイナは初めてのダンジョンということもあり、表情がこわばっている。


「俺がいるから安心しろよな!」

「は、はい」


 ブレイブの力強い言葉に、ケイナの顔がいくらか和らいだように見える。


 しばらく歩くと、ゴブリンが二体姿を現した。


 ゴブリンは身長が低く、七、八歳の人間の子供程度しかない。


 また力が弱く、動きも遅いので、人間の大人ならば十分に対処が可能だ。


「まずは俺の動きを見ててくれ!」


 ブレイブはそう言ってボロボロの銅剣を引き抜くと、ゴブリンに向かって駆け出した。


 そのうちの片方に近づくと、左手に持った剣で敵の攻撃を弾き、右手に持った剣で首を刎ね飛ばした。


「ま、こんなもんだな。次はケイナの番だ!」


 ケイナはコクッと頷くと、腰からダガーを引き抜く。


 冒険者の未来は、最初の戦闘で全てが決まると言われている。


 ここで怯えてしまっては、もう二度とモンスターに対峙することはできないし、ダンジョンに戻ることもできなくなるだろう。


 凶悪な殺意を巻き散らかす、無慈悲なモンスターとの命を賭けた戦いとはそういうものだ。


「やあっ!」


 ケイナは何かを振り払うように声を出すと、全速力でゴブリンに向かって駆け出した。


 ゴブリンに近づくと、相手は先程ブレイブにやったように、手にしたダガーを振り下ろしてくる。


 ケイナはそれを容易く避けると後ろに回り込み、ゴブリンの首筋にダガーを突き立てた。


 圧勝。


 ゴブリンには彼女の動きがほとんど見えていなかっただろう。


「や、やりました。レベルも上がったみたいです!」


 ケイナの青い目が喜びで輝いている。


〔よし〕

「すごかったぞ、ケイナ!」


 ブレイブはケイナに駆け寄ると、頭をよしよし撫でる。


 ユリアがよく子供達を褒めるときに頭を撫でていたので、ブレイブもそれを真似してみた。


「ちょ、ちょっとブレイブさん、私はもう子供ではないんですよ……」


 ケイナは頬を赤らめて下を向いてしまう。


「おっと、すまん!」


 ブレイブは焦ってケイナの頭から手を離す。


「まあ、たまには良いですけど……」

「なんか言ったか、ケイナ?」

「い、いえ」

「よし、じゃあゴブリンから魔石を取ろう」


 ゴブリンの処理に関しては右に出るものがいないほど、ブレイブの仕事は早い。


 彼ほど長い間ダンジョン上層に留まり、ゴブリンと戦い続けたものはいないかも知れない。


 ものの数秒で魔石を取り出してしまう手際の良さに、ケイナは目を丸くする。


 彼女も見様見真似で作業を進め、なんとか魔石を取り出すことができた。


「さあ、どんどん行こう!」

「はい!」


 ブレイブ達はその後も、時折現れるゴブリンやスライムを倒しつつ先を進んだ。


 いつしかケイナのレベルは3に上がっていた。


 そうして二人は第四階層に到着した。

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