7 事前準備

 ブレイブとケイナの二人は、ダンジョンから最も近い場所にある道具屋に向かっていた。


 その店はよろず屋のようなところで、武器からアイテムまで様々な種類の道具を取り揃えている。


 便利さと立地の良さも相まって、店はいつも冒険者でごった返すほど繁盛していた。


 店に向かう道中、ブレイブは隣を歩くケイナに話しかける。


「そういえば、ケイナはなんで冒険者になりたいんだ?」

「えっと、シスターは私をとっても大事にしてくれます。ですが、私はもう十五歳の大人なので、これ以上迷惑をかけたくないんです。それで、体の丈夫さには自信がありましたので、冒険者になりたいと思ったんです」


 ケイナの答えにブレイブは頷く。


 ブレイブの場合は十歳から冒険者を始め、すでに経験年数は七年を超えている。


 これまで、冒険者として大きな成長はできなかったものの、生活するぶんにはあまり困らなかった。


 なぜなら冒険者への依頼には様々な種類があり、家事の手伝いや力仕事といった単純なマンパワーだけが要求されるものならば、子供でもなんとか遂行することができるのだ。


 こうした事情から、働き口に困る場合とりあえず冒険者になる者は多い。


 ブレイブは冒険者の先輩として、これまで積み重ねてきた経験を自慢げに語る。


 ケイナはそれに時折頷きながら、興味深そうに聞いていた。



 そうこうしているうちに、一行は目的のよろず屋に到着した。看板には【ドンキー 幕開けのダンジョン前店】とある。


 店内はとても広いのだが、入るとやはり盛況で、中を歩くのにも苦労するほどだ。


 武器のコーナーに行くと、銅や青銅で造られた剣・ダガーなどが綺麗に陳列されている。


 だがどれも、ブレイブの所持金では手が出せない。


「高すぎる……」


 ブレイブはそういって肩を落とす。


〔まあ相場といったところだろう。中古品はどうだ?〕


 シズルの言葉に促され、ブレイブは隅っこに置かれた大きい木製のタルに近づく。


 貼り紙には【大セールにつき、一つ銅貨十枚!】と書いてある。


 タルの中にはさびた剣や槍、刃こぼれしたダガーなど、殺傷能力が著しく落ちていると思われる武器が、無造作に押し込まれていた。


 ブレイブはその品質の悪さに一瞬眉をひそめる。


 しかし、彼が所持している二本の長剣とさほど変わらないことに気づき、小さくため息をついた。


〔がっかりしている場合じゃないぞ。この中からケイナ用に一番状態が良いダガーを探せ〕

「ダガー? 分かったよ」


 ブレイブはタルの中をガチャガチャと漁り、剣先は欠けているがさびはないダガーを見つけた。


〔よし、次は防具だ〕


 防具コーナーに向かうと、武器と同様に銅や青銅の胸当て・鎧などが並んでいる。


 どうせ買えるわけがないとそれには目もくれず、中古品がぐちゃぐちゃに入ったカゴに近づく。


〔革製の胸当てを適当に選んでくれ〕


 ブレイブはシズルの指示に従って、一番状態が良さそうなものを選択した。


 合わせて銅貨二十枚という安さだが、ブレイブにとっては全財産の半分だ。


〔あとは回復アイテムか。ブレイブ、ここにはキュアポーションが置かれていないようだが、売っていないのか?〕


 少々落ち込んでいるブレイブに、シズルが問いかける。


「ああ、キュアポーションはすごい人気があるからすぐに売り切れるんだよ。どっちにしても、銅貨五十枚はするから買えないぞ?」

〔はぁ!? EKOの五倍じゃないか!?〕

「何を驚いているんだ? そういうもんだろ」


 絶句するシズルに、ブレイブは首を傾げる。


 その後、商品を購入して店を出た。


「ケイナ、君の装備だ。あまり良いものが用意できなくてごめんな」


 ブレイブは少し申し訳ない気持ちになりながら、先端の欠けた銅製ダガーと傷んだ革製の胸当てを、ケイナに向かって差し出す。


「これ、私のだったのですか!?」

「他に一体誰がいるんだ?」


 ブレイブはニッと白い歯を見せる。


 ケイナは瞳を輝かせてそれを受け取った。すぐにどちらも身に付ける。


「ありがとうございます! でも、なぜ私の装備はダガーなのでしょうか?」

「うん?」


 ブレイブは少し考えたが、何も思いつかないので小声でシズルに質問する。


「何でダガーなんだ?」

〔こいつのジョブは〈探索師〉にする。狐人族の特性を十分に活かせるからな。〈探索師〉の適正武器はダガーだ〕

「するってお前、ケイナの要望を聞いてないじゃないか! まったく……」


 ブレイブは呆れた顔で首を振る。


 ジョブとは、神が人に授ける役割または職業のようなもので、それに就くことで特殊な能力を身に付けることができるようになる。


 またジョブにはレベルという概念がある。レベルを100まで上げるとジョブを極めたことになり、上級のものへとジョブチェンジができるらしい。


 ジョブを授かるのは比較的簡単で、教会に赴きジョブチェンジの儀式を行うことができる神官に頼めばいい。


 通常それなりの寄付金が要求されるのだが、経済的に困窮するものには神が慈悲を与えてくれるという理由で無料になる。


 ブレイブはケイナに向かって話す。


「何の説明もしていなくて悪かったんだが、ケイナはまだジョブを選んでないだろ? 〈探索師〉にするといいんじゃないかと思うんだけど、どうかな? もちろん、嫌なら別のジョブでもいいぞ」

「〈探索師〉ですか。でも、なぜです?」

「狐人族の特性を十分に活かせるらしいぞ」

「……なるほど。分かりました。私、〈探索師〉になります!」


 ケイナは予想外にすんなりと受け入れる。


 ブレイブは拍子抜けしたが、まあそんなものかと気を取り直した。


 そして今度は、シズルを驚かせるべく腰のサイドポーチからあるものを取り出す。


「見ろ、これがキュアポーションだ! 実は俺も持っていたのだよ!」


 ほんのり緑がかった透明な液体の入った瓶を、ブレイブは頭上に掲げた。


「す、すごいです」


 シズルからは何の反応もないが、ケイナは手を叩いて褒めてくれる。


「おいシズル! お前の好きなキュアポーションだぞ。なにか反応しろよ!」


 せっかく取り出したのにと、ブレイブは不満を口にする。


〔……確かにそのようだが、どう見ても色が薄すぎる。僕が知っているキュアポーションは、もっと緑が濃いんだが〕

「そんな色のキュアポーションなんて見たことないぞ。味だってお茶を薄めたような感じだしな」

〔ほう……まさか、本当に薄めているのか? そんなポーションではあまり傷が回復しないはずだ。だからすぐに売り切れるのかもな。……そうだ、いいことを思いついたぞ〕

「あん? 今度はどんな悪いことを思いついたんだ?」

〔いいことと言っただろう。僕達は装備やアイテムを整えるために金策しなければならない。そうだな、せめて金貨一枚程度の金は欲しい。だから、本物のキュアポーションを作って売り捌いてやる〕


 シズルはそういうと、「くっくっくっ」と静かに笑い声を上げた。

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