6 仲間

 ヒメル=イゼル王国のダンジョンは王都のちょうど中心に位置する。


 そのダンジョンの南、貧民街の一角に二人が向かう教会はあった。


 ブレイブはその途中で花とパンを購入する。


〔それは差し入れか?〕

「ああ。あそこのシスターには恩があってな。少しでもそれを返したいんだ」


 シズルの問いに、ブレイブはそう返事をすると鼻を掻いた。


 目的地には直ぐに到着した。


 教会は煉瓦造りの簡素なもので、中に木製の長椅子がいくつか並んでいるのが見える。


 教会の隣には、こちらも同じ煉瓦造りの平屋があり、中から幼子のものと思われる泣き声が聞こえてくる。


 シズルが近づくと、いきなり孤児院の玄関のドアが開き、小さい子供が飛び出してきた。


「うりゃあー!」

「待ちなさーい」


 それを追いかけて、修道服に身を包んだ一人の女性が姿を現した。


 女性はその子供に追いつくと、両手でぎゅうと捕まえた。


 子供は「くそー!」などと叫んでいる。何かの遊びの最中だったようだ。


 そして女性は、目の前に立つ男の存在に気づくなり立ち上がった。


「あらブレイブ君、また来てくれたの?」

「はい、ユリアさん! また来ました!」


 ユリアはブレイブの返事に、目を細めて微笑む。


 ユリアの身長はブレイブよりも少しだけ高く、年齢も彼女の方が上らしい。


 頭にはベールを被っており、その隙間から見える金髪には、緩やかなカーブがかかっている。


 少し垂れた大きな目には、まるでエメラルドの様な瞳が輝きを放っている。


 タイトな修道服をスレンダーな身にまとっているが、胸と腰だけはやや窮屈そうに見える。


「ブレイブ君はとっても熱心ね。もう神様へのお祈りはしてきたの?」


 ユリアは穏やかな表情をたたえたまま、ブレイブに話しかける。


「いえ、今日はユリアさんに相談があります! あ、その前にこれどうぞ」

「まあ、いつもありがとう。きっと子供達が喜ぶわ」

「子供達、か……」

「どうしたの?」


 小さく首をかしげると、ユリアはブレイブの顔を覗き込む。


「ああっ! なんでもないです!」


 ブレイブは顔を赤くして、両手を横に振る、


「じゃあ、中に入りましょう」


 ユリアは子供を連れて孤児院に入る。ブレイブもその後について行く。


『それで、相談って何かしら?」


 ユリアがブレイブに話の続きを促す。


「はい! 子供達の中で、冒険者になりたい人はいませんか?」

「あら、どうして?」

「実は俺、仲間を探しているんです!」


 そう言うと、ブレイブは事情をユリアに話した。


「そう。ブレイブ君も苦労しているのねぇ。実は冒険者になりたいと言っている子はいるの。でも、危ない仕事でしょう? 私は反対しているのよ」

「そ、そうですか! じゃあ、やめておき──」

〔おい、ブレイブ〕


 彼がユリアの意見に同意しようとすると、シズルがそこに割って入った。


〔お前、今自分で仲間がいないと困るって話をしていたばかりだろう〕

「でもユリアさんが心配しているみたいだし、やめた方がいいんじゃないか?」


 ユリアに声が聞こえないよう、ブレイブはひそひそと小声で呟くように話す。


〔ダメだ。お前はまともな話し合いもできないのか? そもそも僕がいれば危険はないし、これは双方にメリットがあることなんだ。いいか?〕


 そう言うとシズルは、ユリアにする約束と、子供が得るメリットについて彼女に伝えろという。


 彼女にする約束とは、ダンジョン攻略のプロとして安全な冒険を心がけること、彼女が安心するよう毎晩必ず子供を連れて帰ることの二つ。


 そして子供のメリットとは、冒険のノウハウが学べること、多少なりとも収入を得られること、レベルアップなどの成長に繋がることの三つだった。


〔いいな? これを聞いて判断するのはユリアだ。黙って言え〕

「わ、分かったよ……。黙って言えってどっちだよ」

「ブレイブ君、独り言かしら?」

「あ、すいません! 実は、子供を冒険者として連れて行く件で、いくつか話したいことがあります」


 ブレイブは、ユリアに対して守る約束と子供達のメリットについて話した。


 ユリアはブレイブの思いがけない話を、戸惑いの表情で聞いていた。


「そ、そう」


 彼女は返事をすると、目を下に向け口をつぐんでしまった。


「おいシズル! ユリアさんが困ってるじゃないか! お前のせいで嫌われたらどうしてくれるんだ!」

〔そうは見えないぞ〕

「え?」


 シズルがユリアに目を向けると、いつもの穏やかな彼女に戻っていた。


「分かったわ。ブレイブ君なら安心みたい。あまり心配してばかりじゃ、子離れができないわよね。じゃあ、いつも冒険者になりたいと話している子を連れてくるから待っていてね」


 ユリアが心なしか寂しそうに見える顔でにこりと微笑むと、部屋の奥に向かった。


 しばらくして彼女が戻ってくると、一人の子供を連れてきた。


「冒険者になりたいのはこの子よ。ブレイブ君の事情は話してあるわ。さあ、挨拶をしてくれる?」

「はい、シスター。えっと、は、はじめまして、狐人族のケイナです。ぜひ冒険に連れて行ってください。よろしくお願いします!」


 声に少し緊張の色が見える伏し目がちな少女は、そう言って頭を下げると大きい耳をひょこひょこ動かした。


 全体にウェーブがかかっている黒髪で、頭からは狐耳がまっすぐ上へ伸びている。


 顔に目を向けると、切長の大きな目にはサファイヤのような青色の瞳が嵌め込まれている。


 そして、彼女の腰付近からは、垂れ下がった長い尻尾が生えている。


「ここで何度か見かけたことはあるけど、挨拶するのは初めてか。じゃあ、これからよろしくな!」


 ブレイブが彼女に挨拶を返す。


〔……くっくっくっ、狐人族か。これはついてるぞ〕


 シズルは何やら打算的なことを言う。


「どういうことだ?」

〔狐人族は獣人らしく身体能力が高いのはもちろん、嗅覚や聴覚が桁違いに良く、夜目もきく。だが、もっとも強力なのは狐人族だけが持つ第六感だ〕

「第六感?」


 ブレイブがそう言葉を発した瞬間、ケイナの耳が一瞬ピクリと動いた気がする。


 とはいえ、これだけ距離をとって小声で話をしているのだから、彼女に聞こえるはずがない。


〔理屈ではなく本能で何かを察知する能力だと思えばいい。EKOでは熟練の狐人族をパーティーに入れていないと、クリアがほとんど不可能な、悪意に満ちた罠だらけのダンジョンなんてものもあった。すぐには難しいだろうが、第六感は研ぎ澄ませば強力な武器になるぞ〕

「おお、それはすごいな!」


 ブレイブは心から感心してケイナを見る。


「何でしょうか?」


 ケイナは怪訝そうな顔でブレイブを見返す。 


「いや、こっちの話だ。じゃあ、次は装備を整えるでいいか?」

〔ああ、そうしよう〕

「よし。ケイナ、これから出かけられるか?」

「は、はい!」


 ケイナは急いで頷く。


「じゃあユリアさん、ケイナを少し借りていきます!」

「分かったわ。ケイナちゃんを、どうかよろしくお願いします」


 ユリアはブレイブに向かって深く頭を下げる。


「や、やめて下さいよユリアさん! 頭を上げてください!」


 ブレイブは慌てて手を振り、ユリアを制止する。


「じゃあ行こうか、ケイナ!」

「分かりました!」

「二人とも、行ってらっしゃーい!」


 ユリアが大きく手を振って見送る。


 この日、ブレイブは生まれて初めてパーティーを組んだ。

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