5 足りないもの

〔一つ聞きたい。なぜお前は毎日毎日あれほど無謀な特攻をするんだ?〕


 シズルがブレイブに質問する。


「無謀? どこがだ?」

〔聞き方が悪かったか。言葉を変えよう。お前はなぜあれほどボロボロになってまで戦いに行くんだ?〕

「……英雄になりたいんだ、俺。この世界を救う、英雄になりたい。だから、少しでも早く強くなりたいんだよ」

〔なるほど、そうか〕


 シズルが即座に理解を示す。こんな反応をする人間はブレイブにとって初めてだ。


 驚いて彼はその真意を問う。


「こ、これを言うと、いつも他の冒険者にからかわれるんだが、シズルはそうじゃないんだな……?」

〔EKOの目的が世界を救うことなんだから当然だろう。逆にそうじゃないやつもいるのか?〕

「このヒメル=イゼル王国で生活する冒険者のほとんどは、世界を救おうだなんて思ってないぞ」


 ブレイブはそう言って下を向くと、小さくため息をついた。同志がいないことに、彼は随分前から寂しく感じていたのだ。


〔そういえば、EKOでも生産職を専門にしているプレイヤーなんかがいたな。そういうやつがいてもおかしくないか。じゃあ、ブレイブはなぜ英雄を目指している?〕

「昔この国が凄い数の魔物に襲われたとき、ある冒険者パーティーに命を救われたことがあってな。その勇敢な姿に俺は憧れたんだ。あの人たちみたいになりたいってな」

〔ふむ〕


 シズルの淡々とした質問は続く。


〔じゃあその英雄になるために、お前はどうするつもりだったんだ?〕

「そりゃあもちろん、初めにこの国のダンジョンを攻略する。その次は、外の世界を支配するモンスターどもを倒しにいくのさ!」


 ブレイブは拳を固く握り、強い闘志の炎を目に灯す。


〔外の世界とは、この国の外のことか?〕

「ああ、王都を守る城壁の外だけど、それ以外あるのか?」

〔……やはりか。まあいい。まずはダンジョンからだな〕


 シズルは少しの間黙り込むと、口を開いた。


〔お前には足りないものがある。何か分かるか?〕

「俺に足りないもの? そりゃあ鍛錬だろ」

〔間違ってはいないが、鍛錬はがむしゃらにやればいいというものではない。レベルについて言えば、適当にモンスターを狩っていても上がらないのは知っているか?〕

「え、知らないぞ」


 ブレイブは首をぶんぶん横に振る。モンスターの狩り方など考えたこともない。


〔スライムやゴブリンを狩り続けたってレベルは上がらないんだよ。自分より弱い相手を倒してもレベルは上がらない。それがこの世界のルールだ〕

「なに!? だから、いくら倒してもレベルが上がらなかったのか! じゃあ、コボルトに挑むのは合っているんだな?」

〔確かに、レベルを上げるためには必要だ。だが、お前のやり方じゃあ一生倒せない〕

「そ、そんな……」


 ブレイブは深く肩を落とす。


〔だが安心しろ、その問題を解決するために僕がいる。まずはお前に足りないものを伝えるからよく聞け〕


 彼はゴクッと息を飲むと、首を縦に振って話を促した。


〔お前に足りないものは四つ。装備、アイテム、金、仲間、そして頭、だ〕

「いや、五つ言ったよな今!? それに最後のやつはおかしいぞ、この野郎!」

〔ほう、気づくか。まあそんなことはどうでもいい。はじめに言った四つの中で最も重要なのは、仲間だ〕

「仲間か……」


 ブレイブは思わず頭を抱える。


〔どうした?〕

「いやあそれがさ、俺って弱いだろ。だから、誰もパーティーを組んでくれないんだよ。結構仲良くなったと思っていた冒険者でも、久しぶりに会うと『お前だれ?』なんて言われたりして、存在感がないっつうか。興味を持ってもらえないんだよな」

〔……チッ、お前もか〕


 苛立ちを隠そうとせず、苦々しい口ぶりでシズルが言う。


「なにがだ?」

〔……僕も前の世界では、周りからまるで存在しない人間のように扱われて来た。なかなか酷かったぞ。それこそ死のうと思うほどにな〕

「そ、そうだったのか。それは、つらかったな……」


 ブレイブにはそれ以上の言葉が見つからない。


 彼自身そのつらさは分かっているつもりだが、かける言葉が思いつかなかった。


〔話がそれたな。とにかく、どうしても仲間は必要だ。冒険者が無理なら、そうだな、奴隷なんかはどうだ?〕

「おいおい奴隷は違法だぞ? 絶対にダメだろ」

〔僕も好きではない。なら従魔はどうだ?〕

「最低でも金貨一枚はするぞ。金がないから無理だわ。……ああ、俺は一体どうすればいいんだぁ!?」


 ブレイブは再び頭を抱える。


〔ふん、僕を舐めるなよ。手ならまだある。孤児院を狙うぞ〕

「ゆ、誘拐でもするつもりか!?」

〔そんな訳ないだろう。EKOには孤児院があって、そこのクエストに『子供を冒険に連れて行って欲しい』などというものがあった。将来子供を冒険者にして自立させるために、早いうちから仕事を学ばせておきたい、とかいう理由だったな。報酬が安すぎて一度しか受けたことがないのだが〕

「おお、よく分からんが、孤児院には冒険者になりたい子供がいるってことだな! それはいいぞ!」


 シズルの提案に、ブレイブの目が輝き出す。


「俺の行きつけの教会があるんだが、そこにある孤児院のシスターはめちゃくちゃいい人なんだ! そこに行こう!」

〔教会をバーみたいに言うな、お前。分かった、仲間が増えるなら僕はどこでも構わない〕


 そうと決まると、二人は早速その教会へと向かった。

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