4 始まり
「なんだ、神様じゃないのか……」
〔あからさまに失望するんだな、お前〕
声の主が呆れた様子で言う。
「俺が意識を失ったのは、〈神降り〉のせいじゃなかったのか」
〔その〈神降り〉とやらが何かは知らないが、お前が意識を失ったのはそもそもコボルトに殴られたからだ。勝手に記憶を改変するな。そして、僕はその後お前の体に転生して──ん?〕
ブレイブの頭に直接聞こえてくる声の主は、話の途中で何か疑問を感じたらしく、少し考えるような声音に変わる。
〔そもそもこれは、転生なのか? 生まれ変わるというよりは、僕という人格がこいつに入り込んだだけじゃないか……。 そんなの、女神が言っていた話とまるで違う。あいつ、適当な仕事をしやがってぇ!〕
怒りに満ちた叫び声がブレイブの頭に響く。
「や、やめてくれ! 叫ばれると頭が割れそうになる!」
〔あ、ああ、すまない〕
「よく分からんが、お前も苦労してるんだな」
ブレイブは声の主に同情する。
「ところでお前、名前はあるのか?」
〔……ああ。こっち風に言うと、シズル・キサラギだな〕
「シズルか。俺はブレイブ・クラインだ。ところでシズル、一つ頼みがあるんだが」
〔なんだ?〕
「悪いが、俺の体から出て行ってくれないか?」
シズルが神でないと分かった以上、体の中にいられてもブレイブにはメリットがない。
〔そうしたいのは山々だ。だが、どうすれば出ていけるのか分からない〕
「それは困ったな。……まあ、別にいいか」
〔い、いいのか……?〕
シズルが不思議そうな声を上げる。
ブレイブは少し考えてみたが、特にデメリットはない気がした。
それに、どうしようもないことを悩んでも仕方がない。
「いいぞ」
〔そ、そうか。でもな……僕は、死にたいんだ〕
「……は?」
いきなりシズルが不穏なことを言い出した。
「な、なんでだ?」
〔この世界に来る直前、僕は自分の命を絶とうとしていた。だがその機会は奪われ、無理矢理女神に転生させられたってわけだ。死のうとした理由はまあ、色々だ……〕
衝撃的な事実にブレイブは仰天する。
「そうだったのか!? じゃあ、その女神様がシズルの命を救ってくれたとは考えられないか? 別の世界で心機一転頑張れってさ!」
〔ふん。そんなこと僕自身の問題で、神だろうと勝手に決めていいことじゃない。それにあいつ、『面白そうねぇ』とか言ってやがったし、神の戯れみたいなものだろう。とにかく僕は今すぐにでも死んで、世界から消え去りたいんだ〕
シズルの悲壮な思いがブレイブに伝わる。そして彼は焦る。
「ま、まさかお前、俺の体を乗っ取って死ぬつもりじゃないだろうな!?」
〔僕を舐めるなよ。そんなこと、人の尊厳を無視するあたりが女神と変わらん。絶対にそんなことはしないから安心しろ〕
ブレイブはほっと息をついた。
だが彼にはもう一つ気になることがあった。
「なあシズル、世界はお前が思っているよりも、ずっと楽しいところだぞ。こうなったのも縁だ。俺が色々楽しいことを教えてやる。例えばスライム退治とか、ゴブリン退治とか。だから死にたいなんて言うなよ!」
シズルが死のうとするのを、ブレイブは見過ごすことができなかった。
〔お前……色々ずれているが、かなりのお人好しなんだな。何か誤解があるようだから言っておくが、僕は多分お前以上にこの世界に詳しい。だから、この世界が楽しいことはよく知っている〕
シズルはブレイブに話を続ける。
〔だが、お前の体の中にずっといるわけにもいかない。どうにか出ていく方法を見つけないと、死ぬことすら満足にできない。そのためにもお前には、こんな超初級のダンジョン上層で一生うろうろされていたら困るんだよ〕
「……え? いや、そうは言っても、これでも毎日頑張ってるんだけどな」
自分ほど頑張っている冒険者はそうそういないと、ブレイブは自負している。
〔なに? あんなバカな特攻を繰り返すだけのくせに、頑張っているだと?〕
「なんだとこの野郎! じゃあお前なら倒せるのかよ、あのコボルトどもを!」
頭に血が上ったブレイブは、シズルに食ってかかる。
〔忘れたのか? お前が気を失っている間にコボルトを倒したのは僕だぞ〕
「なにぃ!? 神様だと思っていたのがシズルだったから……、そ、そういうことか。あの時はありがとう!」
〔お、おう〕
シズルは少し戸惑ったような反応をするが、再び話を続ける。
〔その僕が特別に、ダンジョンの攻略法というものを教えてやる〕
「いやいや、この世界に来たばかりのやつが何を偉そうに言って──」
〔僕を舐めるな。これでもEKOでは常に上位ランク帯にいた廃ゲーマーだったんだぞ?〕
意味不明だが妙に自信に満ち溢れた言葉に、なんとなくブレイブは気圧される。
「よ、よく分からんが、ハイゲーマーってのは上級ジョブか?」
〔ん? ……まあそんなものだ〕
「すげえやつってことだな。分かった。じゃあシズル、どうかよろしく頼む!」
ブレイブは誰もいない場所へ深々と頭を下げた。
〔何も疑わないんだな、お前。まあ好都合か。よし、僕が必ずお前をダンジョンの攻略に導いてやる。ちなみに、僕の存在は誰にも言うな。僕は目立つのが嫌いなんだ。それに例え誰かに言ったとしても、多分頭がいかれたと思われるのがオチだろう〕
「おう、了解だ!」
こうして、転生された者と転生させられた者同士の、奇妙な冒険は幕を開けたのだった。
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