3 邂逅
ブレイブはダンジョンでの興奮が冷めやらず、結局一日中まともに寝付くことができなかった。
少し眠ってもまたすぐに起きてしまう。だから、再び眠りに落ちるまでの間は神に感謝の言葉を伝えることにした。
そんな彼にもついに朝がやってきた。
今日から新しい人生が始まる。そんな希望に満ちた朝だ。
寝不足なはずのブレイブだが、起きてからというもの不思議と眠気を感じなかった。
昨日から続く興奮が、強い眠気覚ましになっているらしい。
宿で出された軽い朝食の後、ブレイブは手を胸の前に組んで神に挨拶する。
「神様のおかげで今日も朝から元気です。では早速ダンジョンに向かい、無双してきます!」
神の力を借りることはできないだろうが、レベルの上がった今の自分なら、コボルトが生息する第四階層の攻略など余裕だろう。
そう考え、彼は自信に満ちた様子でダンジョンへと歩き始めた。
〔おいおい、まじかコイツ……〕
道中、彼の頭に誰かの呟き声が聞こえる。
「こ、この声、聞いたことがある……。もしかして、神様ですか!?」
ブレイブはその声に向けて問いかけるが、答えは返ってこない。
宙に向かって大声を出しているようにしか見えない彼を、近くにいた冒険者が怪訝な表情で見る。
「まさか今のは、神様からのお言葉? 全然聞き取れなかった……。けど、きっと頑張れよっていう、応援の言葉に違いない!」
神が自分の体に宿ってから初めてのダンジョン挑戦だ。
タイミング的に応援のメッセージと考えるのが妥当だろう。
そう考えると、ブレイブの精神はますます高揚し、ダンジョンへと向かう足も早まった。
目的地に着くとブレイブは、慣れた階層には見向きもせず、早々に第四階層まで来た。
一年ほど前に来て以来、久々の階層だ。
前回はコボルトから袋叩きにされたが、今の彼に不安はない。
なぜなら神が彼を見守っているのだから。
すぐに彼はコボルトと出会う。昨日と同様に三体だ。
彼はすらりと双剣を抜き放つと、そのうちの一体に全力で斬りかかった。
コボルトはすぐさま彼に気づくと、棍棒を振り回してくる。
彼は素早く頭を下げてその攻撃を避けた。やはり体の動きが以前とは段違いだ。
そして、間合いに入ると双剣を振り上げ、コボルトの脳天めがけて振り下ろした。
バキッ。
ドサッ。
ブレイブの攻撃がコボルトに当たる直前、横から放たれた別のコボルトの攻撃が彼を吹き飛ばした。
地面に肌が触れると、いつものようにひんやり冷たい。
「あ、れ。どういう、ことだ。まだ新しい力を使いこなせてないのか? ならば、もう一度だぁ!」
ブレイブは全く同じ動きでコボルトに襲い掛かり、全く同じように吹き飛ばされた。
「な、なるほど。そう簡単に力を使いこなすことはできねえってか」
ブレイブは即座に状況を理解する。そして、幾度となく挑戦を繰り返した。
それから一時間後──
「きょ、今日のところは退いてやる! 覚えてろぉ!」
ボコボコに腫れ上がった顔でブレイブはコボルトに捨て台詞を吐くと、全速力でその場から逃げ出した。
「さすがに一日じゃあ無理か。だが俺は、ちょっとやそっとじゃ諦めない男だ。やってやる、やってやるぞ!」
帰りがけに、スライムやゴブリンを倒して魔石を集めた。金がなければ戦はできない。
その魔石を冒険者ギルドで換金し、彼は銅貨二十枚を得た。だが、これでは昨日の宿に泊まることはできない。
ブレイブはいつも利用する町で最安値の宿を利用することにした。一泊銅貨十枚で、昨日の宿の十分の一の価格だ。
当然、あまり綺麗ではないし、一部屋に最大五人が雑魚寝するような狭苦しい宿だ。
ブレイブは神に申し訳ない気持ちになり、謝罪の言葉を述べる。
「神様、こんな汚い宿で本当にすいません。そのうち貰った力に慣れて金を稼いで、もっと良い宿に泊まれるようになります!」
「おいてめぇ! 独り言がうるせぇんだよ! 真夜中だぞ、黙って寝ろ!」
相部屋になった冒険者の男がブレイブを非難する。
まだ謝罪の言葉が言い足りなかったが、仕方なくブレイブは眠りについた。
次の日も、その次の日も、ブレイブは第四階層にいるコボルトに挑戦を続けた。だがどうしても勝利することができない。
そうこうしているうちに、二週間が経った。
その日も朝からダンジョンを目指す。もちろん、出発前の神への祈りを忘れたりはしない。
「神様のおかげで今日も朝から元気です。では早速ダンジョンに向かい、無双してきます!」
いつも通り、彼は胸の前で手を合わせた。
だがこの日はそんなルーティンを破壊する出来事が起きた。
〔おい、お前……〕
ブレイブの頭に誰かの声が響く。彼はすぐに、声の主が神だと分かった。
「か、神様!? ななな、なんでございますか!?」
二週間ぶりに聞く声に、ブレイブは興奮を隠しきれない。
〔お前…………………、もういい加減にしろぉ!! 何回同じことを繰り返す気だぁ!?〕
「……あ、え、と申しますと……?」
どうやら自分は神を怒らせてしまったらしい。
ブレイブにもそれぐらいは分かるが、なぜ怒らせてしまったのか、その原因までは検討がつかない。
〔分からないのか!? 今のお前では何度挑んでもコボルトに勝てないことに、なぜ気づかないんだ!?〕
「……え、そうなんですか?」
ブレイブは思いがけない言葉に戸惑う。
「で、でも、神様のおかげでレベルも上がったので、その力に慣れれば勝てると思ったんですが……」
〔あのなぁ、レベルが1上がった程度でいきなり強くなれるわけがないだろう。お前はレベルが1から2に上がった時、いきなり強くなったか?〕
もう数年前のことで彼の記憶はあやふやだったが、確かに劇的な変化はなかったように思えた。
「た、たしかに、そうでもなかった気がします」
〔だろう? それにレベル1程度の変化、誰でもすぐに慣れるんだ。つまりお前が勝てないのは、そんなことが原因じゃない〕
「で、では何が原因なんでしょう? 神様、教えてください!」
ブレイブは組んだ手を強く握りしめ、宙に向かって懇願する。
〔その前に一つ教えておいてやる。僕は神なんかじゃない〕
「……は?」
〔むしろ、僕は神が嫌いだ。特に女神がな。お前に毎晩毎晩祈りを捧げられて、頭がおかしくなるかと思ったぞ。もう二度と僕に祈るな。その手も今すぐやめろ〕
慌ててブレイブは組んだ手を離すと、ビシッと下におろした。
「で、では、あなたは一体何者なんです? もしや、神の使徒様、とか?」
〔僕は神が嫌いだと言っただろ。死んでもなるか、そんなもの。僕はただの人間だ。そして、なぜかお前に転生した異世界人だ〕
異世界人? この世界とは別の世界から来たということか?
意味不明の言葉が、ブレイブの頭を悩ませる。
だがそれよりも、声の主がただの人間だということへの落胆が大きい。
「なんだ、神様じゃないのか……」
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