2 神降り

「う、ううっ……」


 ブレイブが意識を取り戻すと、体のあちこちに酷い痛みが走った。あれだけ棍棒で殴られれば当然というものだ。


「いま、誰かの叫び声が聞こえたような……冒険者か?」


 ダンジョンを冒険する者は、もちろんブレイブだけではない。


 この第三階層は低ランク向けであり、かつ下層へ向かう者も必ず利用するために、冒険者がいない時間の方が少ないかもしれない。


 意識がはっきりしてくると、彼は自分がなぜか大きな岩に腰掛けていることに気づいた。


「あれ、こんなところに座ってたっけ、俺? ……え、うぅおぉぉお!?」


 突如目に入ってきた光景に、ブレイブは腰を抜かしそうになる。


 目の前に三体のコボルトが倒れているではないか。


 この格好、間違いなく先程まで彼が戦っていたコボルトだ。


 だが、自分はコボルトに棍棒で吹き飛ばされたはずで、それ以降の記憶がない。


「どういうことだ? さっきの声の冒険者が助けてくれたとか? でも、コボルトの魔石も回収していないし、俺を助けたまま置いてきぼりなんておかしいぞ」


 ブレイブがコボルトをよく観察すると、何やら鋭利な刃物で正確に急所を貫かれている。


 そして、地面に転がったブレイブ愛用の銅剣には両方ともベッタリと血がついていた。


「え、じゃあ、俺が倒したのか……?」


 ブレイブにはその実感がまるでない。


 だが自分の体を見回すと、手や体にも返り血らしきものがこびりついている。


 また、彼が自分のステータスを確認すると、なんとここ数年上がっていなかったレベルが1、上がっていた。


「ついにレベル4!? おっしゃあーーーーー!!!」


 ブレイブは両手を上げてガッツポーズする。


「やっぱり俺が……? ついに俺、覚醒したのか! ずっとスライムとかゴブリンを倒し続けて、体を鍛え抜いて、強くなれるように神様に祈ってきたもんな……。それが、やっと報われたんだぁ!」


 歓喜に満ちた声でブレイブは叫ぶ。すこし涙も流れているかもしれない。


 しばらくして興奮の熱がいくらか落ち着くと、彼の頭に一つの疑問が浮かんできた。


 もし覚醒したのだとしたら、なぜコボルトを倒した記憶がないのかと。


 覚醒した自分がキレキレの動きで相手を翻弄し、華麗な技で薙ぎ倒す。そんな妄想をしたことなら無数にある。


 が、実際にそんなことをしたという記憶は全くない。


「覚醒したわけじゃない? となると……もしかして、〈神降り〉とか?」


 他の冒険者から聞いた噂によれば、ある日突然気を失った者が、意識を取り戻すなり人格が大きく変わり、目覚ましい活躍をするということがあるらしい。


 それを彼らは〈神降り〉と呼んでいた。神がその人物の体に降りてきたというわけだ。


「でも〈神降り〉なら人格は変わるし、意識を取り戻した後に活躍するんだよな。なら、俺の場合は一体……。意識のない間に、俺の体を使って神様がコボルトをやっつけてくれたとか? そして、意識を取り戻した後は神様がそのまま俺の中に宿ってる?」


 なるほどそう考えると、記憶がないのにコボルトが倒れている理由も、先ほど誰かの声が聞こえた理由も説明がつく。


 想像に想像を重ねた都合の良い解釈でしかなかったが、ブレイブにはこの発想しか浮かばなかった。


 そして一度でもこれと思った発想を、人は簡単に手放すことができないものだ。


「そうだ、間違いねえ。か、神様! 聞こえてらっしゃるでしょうか? さっきは俺を助けていただき、ありがとうございました!」


 ブレイブは宙に向かって話しかけるが、誰からの返事もない。


 しかしブレイブはそんなことを期待していない。


 神がいち人間に対して、そう気軽に返事をするわけがないからだ。


「早速ですが、貰ったお恵みを無駄にしないよう、コボルトの魔石を持ち帰ろうと思います!」


 ブレイブは腰に刺していた短剣を引き抜くと、意気揚々とコボルトの解体を始め、魔石を取り出した。


 そしてダンジョンから出て街に戻り、冒険者ギルドに魔石を売りに行く。


 受付にディビアントの存在を伝えると、少しだが情報に対する報酬ももらうことができ、合わせて銀貨一枚になった。


 久しぶりにまとまった金を手に入れたブレイブは、神様を貧相な宿に泊めるわけにはいかないと、低ランクの冒険者にはかなり高価な宿で一泊することにした。価格は銀貨一枚だ。


「こんな良い宿に泊まれるなんて、神様のおかげです。本当にありがとうございます!」


 寝る前にブレイブは再び神に祈りを捧げる。


 すると、チッと舌打ちのような音が聞こえた気がするが、すぐに気のせいかと思い直す。


 神が舌打ちなどしようはずがない。


 その後、ブレイブは眠りに落ちるまで、ベッドで自分の中にいるであろう神に感謝の言葉を紡ぎ続けた。

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