ドリスと亡びの白い花

@kusakabe_tuno

第1話 水晶の花

この手で救えるものが、一体どれだけあるのだろう。


<登場人物>

ドリス:女性 水晶の花の原因を調査するため、派遣された騎士。

ゼン:不問 水晶の森の案内人。(兼ね役:野良狼B)

アイル:不問 水晶の森の中で出会った不思議な少年。

ネヴァ:不問 水晶の森の奥に潜む白い竜。アイルの母。(兼ね役:野良狼A)

N:不問 ナレーション。

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*注意点

・ドリスとアイルのみ、戦闘描写が少しあります。

・SEの場所や内容を記載していますが、演者の方が自由に決めて構いません。

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■利用規約

・過度なアドリブはご遠慮下さい。

・作中のキャラクターの性別変更はご遠慮下さい。

・設定した人数以下、人数以上で使用はご遠慮下さい。(5人用台本を1人で行うなど)

・不問役は演者の性別を問わず使っていただけます。

・両声の方で「男性が女性役」「女性が男性役」を演じても構いません。

 その際は他の参加者の方に許可を取った上でお願いします。

・営利目的での無許可での利用は禁止しております。希望される場合は事前にご連絡下さい。

・台本の感想、ご意見は Twitter:https://twitter.com/1119ds 草壁ツノまで

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【シーン①:水晶の森に向かうドリス】


(雪を踏む足音のSE)


N:白く染まった大地の上を、一つの影が歩いている。

  ――人だ。外套がいとうに身を包み、腰には一本の剣を帯びている。

  見慣れないマスクで鼻と口元を覆っており、その表情を見ることは出来ない。

  束ねた赤い髪が風に揺れる。口元からは白い吐息が漏れた。

  ブーツが足元の地面を踏みしめる度、ザクザクと音を立てる。

  その足取りに迷いは感じられず、目指すべき場所へと真っすぐ向かっている。


ドリス:(M)――もう、どれほど歩いただろうか。


N:足元で白い花が揺れる。彼は腰を屈めると、厚手のグローブをはめた指先でその花にそっと触れた。


(ガラスが砕けるSE)


N:すると、その花はまるで硝子細工がらすざいくのように、いとも容易たやすく砕けてしまう。


ドリス:(M)……こんなものが、人の生活をおびやかすだなんて。

       思った以上に、事態は深刻だ。このままではそう遠く無い未来に、この地は人が住めなくなってしまう。

       今回の調査で、なにか手掛かりを持ち帰れればいいが……。


N:立ち上がり、視線を遥か遠くに投げる。すると、ここから少し歩いた先に、森が広がっていることに気が付いた。


ドリス:……あれか。あそこが、今回の調査対象の……。


【シーン②:ドリス、水晶の森の案内人ゼンと出会う】  


(雪を踏む足音のSE)


N:それは森と呼ぶには、あまりにも異質な姿をしていた。

  森全体は白く染まり、本来の緑という色は失われてしまっている。

  木々に食い込むように水晶のかたまりが生え、まるで水晶が森そのものをみ込もうとしているかのようだ。

  

ドリス:(M)――ここが、話に聞いていた"水晶の森"か。

  

ゼン:「すみません、そこのお方」


ドリス:「誰だ」


N:赤髪の彼は反射的に、腰の剣に手を伸ばす。


ゼン:「お、お待ち下さい! 私は怪しい者ではありません」


N:声をかけてきたのは金髪の男だった。背丈は赤髪の彼よりも少し高い。

  その装備や手荷物の多さから、旅人か商人を彷彿ほうふつとさせる。

  この男もまた、同じく鼻と口元をマスクで覆っていた。


ゼン:「もしや、あなたはではありませんか?」


ドリス:「……なぜ、私の名前を知っている」


ゼン:「やっぱり......あ、申し遅れました。私はゼンと申します。

    突然驚かせてしまってすみません。

    数日前に、私の下に王都から手紙が届いて、そこにドリス様のことが書かれていました」


ドリス:「手紙?」


ゼン:「はい。――"ドリスという赤い髪の者がこの森ここおとずれる。その時はお前がこの森を案内するように"と」


ドリス:(M)そう言えば、"現地で案内人が同行する手筈になっている"と聞いていたな……。確かに、見た目の特徴も一致している。


N:赤髪の彼は剣から手を離す。それを見て、金髪の男も胸を撫で下ろした。


ドリス:「……疑ってすまなかったな。王都"シシエラ"から派遣された、ドリスだ。よろしく頼む」


ゼン:「誤解が解けてなによりです。こちらこそよろしくお願いします」


ドリス:「ゼン。君さえ良ければ、すぐにこの森の調査に向かいたいと考えているんだが」


ゼン:「私は問題ありませんが......ドリス様は大丈夫ですか?

    ここまで、かなりの長旅だったはずです。少し休まれたほうが」


ドリス:「私のことなら心配無用だ。この程度の遠征には慣れている。

     それに、今は一刻も早く情報を持ち帰りたい」    


ゼン:「......分かりました。それでしたらすぐに出発しましょう。

    と、その前にひとつだけよろしいでしょうか。ドリス様」


ドリス:「なんだ?」


ゼン:「そのマスクがきちんと装着されているか。一度、確認させて下さい」


ドリス:「……構わないが、随分と慎重だな」


ゼン:「申し訳ありません。ですが、我々にとってこのマスクは命綱いのちづな。もし誤った使い方で森に入ってしまった場合、最悪命に係わります」


ドリス:「……そうだな。用心するに越したことは無いか。

     分かった。すまないが確認して貰えるだろうか」


ゼン:「はい。それでは失礼します――」


※ドリスに近づいたゼンが沈黙する。


ドリス:「……どうした、ゼン。動きが止まっているぞ」


ゼン:「……いえ、その」


ドリス:「?」


N:ゼンは内心狼狽うろたえていた。に近い考えが彼の中に浮かんでいたからだ。

  近付いてみて初めて気付く、ドリスの顔立ち。

  長い睫毛に、細い首筋。外套に覆われた胸元には、特有の膨らみがある。


ゼン:「す、すみません」


ドリス:「なぜ謝る?」


ゼン:「その……、なんと申し上げて良いか。

    "王都から腕の立つ方が調査に来られる"と伺っていたので、てっきり、その……」


ドリス:「ふっ。なんだ、そんなことか。

    気にするな。君のような反応には慣れている。

    みな、私の評判を聞くと大男を想像するようでな。

    お察しの通り、私は女だ。生物学上な」


ゼン:「……本当にすみません」


ドリス:「気にしなくて良いと言っただろう。それでどうだ?」


ゼン:「はい、マスクに隙間も無いようですし、これなら問題ありません。

    ドリス様。今からこの森に入る上で、これだけは覚えておいて下さい」


ドリス:「なんだ?」


ゼン:「"森の中では決して、マスクを外さないこと"。

    直接肺に空気を吸い込むと、水晶のちりに体を蝕まれてしまいます」


ドリス:「分かった。くれぐれも気を付ける」


ゼン:「では、行きましょう。道中どうちゅう足元が悪いですが、お気を付けて」


【シーン③:水晶の森を進む二人】


N:道すがら、ドリスは自分の使命を思い返していた。

  彼女がここに来た理由。それは"水晶の花"及び、この"水晶の森"を調査するためだ。

  ――"水晶の花"。群生地ぐんせいちも生態も、すべてが謎に包まれた植物。

  それはある日突然、季節外れの雪がこの地へと運んで来た。

  葉も花も、全てが水晶で出来たそれは、この世の物とは思えぬほどに美しかった。  

  住人たちも、この地に新たな特産物が出来たとおおいに喜んでいた。

  しかし、それも最初のうちだけだった。人々は誰も知らなかったのである。

  この美しい花が内に秘めた、その恐るべきを。


  水晶の花が砕けた時、こまかな塵が舞い上がる。それが人体に取り込まれると、呼吸器官に異常が生じ、発熱や咳の症状が出始める。

  この花の脅威はそれに留まらない。そこからさらに症状が進行すると、人体の表面に水晶のが生成される。それは日が経つにつれ全身を覆い尽くしていき――最後には人間を、水晶の彫像ちょうぞうへと変えてしまうのだ。

  "水晶病"――そう名付けられたこの病は、幾つもの町を廃墟へと変えた。

  そして、数十年経った今もまだ、この病の根本的な治療法は見つかっていない。

  

(雪を踏む足音のSE)


N:静まり返った森の中に、二つの足音が響く。

  真っさらな絨毯の上に、新しい道が踏み作られていく。


ドリス:「――しかし、不思議だな」


ゼン:「……この森のこと、でしょうか?」


ドリス:「それもあるが、今考えているのはそっちじゃなく――"君のこと"だ」


ゼン:「……私、ですか?」


ドリス:「ああ。……君も分かっているはずだ。この森がどれだけ危険かを。

     普通の人間なら、ここに近付こうという考えを起こしはしない。

     例えそれが、王都からの依頼であったとしてもだ」


ゼン:「……なるほど。確かにおっしゃる通りですね」


ドリス:「なにか理由でも?」


ゼン:「理由、ですか。……そうですね、強いて言うなら……私は、家族をこのやまいで亡くしているんです」


ドリス:「……そう、だったのか」


(※少し間を空けて)


ドリス:「……辛かったな」


ゼン:「……そうですね。辛くないと言えば、嘘になります。

    私が今回志願したのも、私になにか出来ることがあればと思ったからです」


ドリス:「……君の……いや、なんでもない」


ゼン:「……ですか?」


ドリス:「……すまない」


ゼン:「分かっています、それがドリス様の仕事ですから。

    ……少し長くなってしまいますが、構いませんか?」


ドリス:「ああ、頼む」


ゼン:「――当時、私は仕事で別の町に出ていました。

    家族とは手紙でやり取りをしていて、最近降り始めた雪や、水晶の花の話を聞いていたんです。

    数週間後に故郷こきょうに帰る予定だったので、この目でそれを見るのを楽しみにしていました。

    ……思えば、家族と手紙のやり取りをしたのは、あれが最後でした」


ドリス:「……」


ゼン:「……久しぶりに故郷に戻ると、変わり果てた街の姿に目を疑いました。

    街中まちじゅうに咲く水晶の花。彫像のような姿で亡くなっている住人達。

    真っ白に染まったその街は、もう私の知る故郷では無かった」


(※少し間を空けて)

(※話を続けるゼン。その声が少しずつ涙ぐんだ声に変わっていく)


ゼン:「……家族は、家にいました。

    ベッドに妹が横たわっていて、その手を両親が握っていて。

    妹の手の中には、しわくちゃになった、私の手紙が握られていて……」


ドリス:「もういい。……もう充分だ。ありがとう」


ゼン:「……すみません。少し、当時のことを思い出してしまって」


(少し間を空けて)


ドリス:「……すまなかった」


ゼン:「ど、どうされたんですか。頭を上げて下さい」


ドリス:「……家族を失う痛みは、相当な物だっただろう。……私にも経験がある。

    それなのに、そんな君に私たちは、辛い役目を押し付けてしまった」

    

ゼン:「……そんなことはありません。寧ろです」


ドリス:「……?」


ゼン:「はい。――今回、私に届いた手紙は、私にとって光そのものでした。

    "国は水晶病について本気で考えて下さっている"。

    "私にもまだ、家族のために出来ることがある"と、そう思えたんです。

    ですから、ドリス様が後ろめたく思うことなんて、なにも無いんですよ」


ドリス:「……良かった。そう言って貰えるなら、私がこの地に出向いたことに少しは意味があったというものだ」


ゼン:「.....ふふっ」


ドリス:「どうした?」


ゼン:「いえ。ドリス様はなんと言うかこう――"王都の騎士様"という感がしなくて、つい」


ドリス:「……それは確かによく言われるな。なぁゼン、どういう意味なんだそれは?」


ゼン:「悪い意味ではありませんよ」


ドリス:「本当か?」


ゼン:「ええ。……少し話題を変えましょうか。ドリス様のことをお聞きしても?」


ドリス:「ああ、構わない」


ゼン:「ドリス様が剣を最初に握られたのは、おいくつの頃からですか?」


ドリス:「そうだな……あれは確か、私が八歳の頃だっただろうか」


ゼン:「そんなに早く。その頃からもう、将来は騎士になるとお考えで?」


ドリス:「いや。その時はまだ、自分がこの道を生業なりわいにするなんて、考えもしなかった」

   

ゼン:「……そういうものですか」


ドリス:「そういうものさ」


(※少し間を空けて)


ゼン:「……ドリス様」


ドリス:「なんだ?」


ゼン:「……ドリス様は、この病が――、

    いつかこの病が、無くなる日が来ると思いますか?」


ドリス:「来るさ。必ず」


ゼン:「……なぜ、そう言い切れるのですか?」


ドリス:「"信じることからすべてが始まる"。父の受け売りだ」


ゼン:「……そういうものですか」


ドリス:「そういうものだ」


ゼン:「……ふふ。そうですか。

    そうですね……それなら、私も信じることから始めてみます」


❄ ❄ ❄ ❄ ❄ ❄


【シーン④:水晶の森の奥、アイルと母のシーン】


N:一方その頃。ドリス達が進む地点よりも、さらに森の奥深く。

  人も生き物も寄り付かないその場所に、異なる二つの気配があった。

  暗闇の中、ひとつの気配が低くうなり声をあげる。


ネヴァ:「ウウウ――」


アイル:「……どうしたの、母さん?」


ネヴァ:「……ゲン」


アイル:「え?」


ネヴァ:「ニンゲンの、匂イがすル……」


※周囲の匂いを嗅ぐアイル


アイル:「スンスン……本当だ。懲りない奴らめ。

     母さん。オレ、外の様子を見て来るよ」


ネヴァ:「待ちなさイ、アイル」


アイル:「……なに、母さん?」


ネヴァ:「約束しておくレ。なにがあってもここに、無事に帰って来るト。

     ……ニンゲンと言う奴等は、お前が思っている以上に狡猾こうかつダ。

     絶対に心を許してはならなイ。分かっていルね?」


アイル:「……うん」


ネヴァ:「……気ヲ付けて行くんダよ。

     私にもう二度と、我が子を失う苦しみを、味わわせないでおくレ」


アイル:「……大丈夫。母さんを悲しませるようなことは、絶対にしないから」


❄ ❄ ❄ ❄ ❄ ❄


【シーン⑤:水晶の森、狼と戦うドリスのシーン】


N:一方、その頃のドリス達はと言うと――。

  

(※ドリス、野生の獣数体と交戦している)


ドリス:「――セエエイッ!」


野良狼A:「ギャン!」


N:狼の分厚い毛皮を、ドリスの剣が切り裂く。

  真っ白な世界を、飛び散った血飛沫が赤く汚した。


野良狼B:「……グルル」


N:狼たちが低く唸り声を挙げる。

  仲間を殺されたためか、その声は怒りをはらんでいるように感じられた。


ドリス:「……フーッ」

  

N:ドリスは剣を構え、浅く呼吸をする。

  視線は目の前の狼達に、けれど背後の狼の気配にも注意深く意識を向ける。

  狼の数は全部で五匹。それぞれがドリスの周囲を取り囲み、襲い掛かるタイミングをいまかいまかと窺う。

  ――そして、ちょうどドリスの背後に位置する狼が、鋭い牙を剥き出し飛び掛かった。


野良狼B:「ガアアッ!」

  

ドリス:「テヤアアーッ!」


野良狼A:「グルルッ!」


ドリス:「セアァァアッ!」


野良狼A:「グオッ……!」


N:振り向きざまに、

  下から突き上げるように、

  そして上段から払うように――動きがすべて繋がっているような身のこなしで、襲い掛かる狼たちを、ドリスは切り伏せた。


ドリス:「……これで、粗方あらかた片付いたか」


ゼン:「ドリス様! ご無事ですか?」


ドリス:「ああ、問題ない」


ゼン:「強いとはお聞きしていましたが――、想像していた以上だ。

   野生の狼数体を相手にして、息切れひとつしていないなんて」


ドリス:「褒めてもなにも出ないぞ。

    (取り出したナイフを狼の死骸に近づけながら)さて、と……」


(SE:剣の閃く音のSE)


ゼン:「その狼をどうなさるおつもりで――ああ、王都に持ち帰るんですね」


ドリス:「正解だ。……こいつ等は、この森に適応した個体だ。

    調べれば、なにか水晶病の手掛かりが掴めるかもしれない」


(SE:肉を解体するSE)


ゼン:「……手慣れたものですね」


ドリス:「こんな仕事をしていると、大抵のことは一人で出来るようになる。

     ……この辺りの肉と、少し毛も貰っていくか」


N:手早く解体を済ませると、ドリスは用意した袋に狼の肉と毛を詰めた。


ドリス:「よし、この程度あれば充分か。

    残りは……穴を掘って、そこに埋めてしまおう。

    このままにしておくと、血の匂いで他の動物達が集まって来てしまうからな」

    

ゼン:「私もお手伝いします」


ドリス:「そうか? それは助かる」


(SE:土を掘るSE)


N:狼の死体を埋める穴を、二人は黙々と掘り続ける。


ゼン:「よっと、それっと……ううっ。それにしても寒いですね」


ドリス:「そう、だな……っと」


ゼン:「早く森を抜けて、トマトとぎゅうの煮込みが食べたいです」


ドリス:「それはいいな。体が暖まりそうだ」


N:そうして、狼の死体をなんとか埋め終えた二人は、

  短い休息を取り、その後にまた森の奥に向けて出発した。



【シーン⑥:謎の少年、アイルが襲い掛かってくる】


N:歩き始めてどの程度経った頃だろうか。

  気が付くと、辺りの景色は霧で白く染まり始めていた。

 

ゼン:「……随分と、霧が濃くなってきましたね」


ドリス:「ああ……これだけ視界が悪いと、なにがひそんでいるか分からない。

    私のそばを離れるんじゃないぞ、ゼン」


N:すると――、二人が進む視線の先で、"ゆらり"、と影が揺らめいた。

  

ドリス:「待て。……"何か"、いる」


ゼン:「え? ……まさか、また狼ですか?」


ドリス:「いや……」

 

N:影は不規則に揺らめいている。濃い霧に阻まれて、その姿までははっきりとしない。

  

アイル:「……て行け」


ドリス:「なんだ? なにか聞こえる……」


アイル:「……この森から、今すぐ……出て行けえッ!」


ドリス:(M)


ドリス:「下がれゼンッ!  ぐあッ!」


(※突然影から攻撃を受け、腕に傷を受けるドリス)


ゼン:「ドリス様ッ!?」


ドリス:「来るな! 大丈夫だ……!」


N:霧が晴れていき、少しずつ襲いかかってきた影の姿があらわになっていく。

 そこにいたのは、黒髪の、まだあどけなさの残る少年だった。


(※ドリスを睨みつけ、唸り声をあげるアイル)


アイル:「グルル……ッ!」


ドリス:(M)子供……?


ドリス:「!? おい、お前ッ!

     なにを考えてる……ッ!」


アイル:「……?」


ドリス:「、自殺行為だッ!」


N:その少年はマスクをしていなかった。

  それどころか、身に着けているのは薄い布切れ一枚で、足は素足だった。


アイル:「何を言ってる。死ぬのは……お前たちのほうだ!」


ドリス:「……ゼン。私がいいと言うまで、どこかに身を隠していてくれ」


ゼン:「どうなさるおつもりですか?」


ドリス:「なんとか、彼を説得してみる」


ゼン:「……分かりました。ドリス様、どうかお気を付けて」


(※その場から避難するゼン)


アイル:「ふううッ!」


(※アイルの短剣の一撃を、剣で受け止めるドリス)

  

ドリス:「くッ! ……おい、どうして、私たちを攻撃する……ッ!」


アイル:「お前らには、関係無い……ッ!」


ドリス:「……私たちは! ただこの森を調べに来た。それだけだ!

     お前に攻撃されるいわれは、なにも無いはずだ!」


アイル:「ごちゃごちゃと……、うるさいんだよ!

     いいからッ、さっさと――消えろおッ!」


(※アイルの力任せの攻撃に、後方に弾き飛ばされるドリス)


ドリス:「……つうッ!」


アイル:「……この森は。オレと母さんだけの場所だ。

     二人だけの場所なんだッ!

     誰にも荒らさせない。オレが、母さんを守るんだッ!」


ドリス:「母さん……? お前のほかにも、この森ここに人間がいるのか?」


アイル:「関係無いって、言ってるだろッ!」


(※距離を取ったアイルに、ドリスが声を投げかける)


ドリス:「……私達は、お前たち親子の敵じゃない! 信じてくれ!」


アイル:「信じろだって。ふざけるな! ニンゲンなんて、みんな嘘吐きだッ!」


ドリス:「嘘じゃない!」


アイル:「黙れえッ!」


ドリス:(M)どうすれば、彼に心を開いて貰える。どうすれば――。


(※ナイフを手にしたアイルが、ドリスに向けて突進する)


アイル:「うあああああァッ!!」


【シーン⑦:ドリス、アイルに降伏する】


N:放たれた矢のように、少年が地を駆けてドリスへとナイフを突き出す。

  狙いすました腹部への一撃。当たれば致命傷は免れない。

  しかし――、ドリスは迫るアイルを見て、自身の剣を手放した。


アイル:「……なッ!?」


N:驚きの表情を浮かべるアイル。次の瞬間、二つの影が重なった。

  驚いた鳥たちが、一斉に空へと羽ばたく。

  ドリスと肉薄した状態で動きを止めるアイル。

  彼の手から突き出されたナイフは――、彼女を貫く寸前の所で止まっていた。  


ドリス:「ふ――ッ。…………良かった」


N:ドリスが右腕を伸ばし、アイルの頬に触れようとする。

  アイルは反射的にその手を弾き、素早く距離を取った。

  

アイル:「……なんの、なんの真似だ! 馬鹿にしてるのかオレを!」


ドリス:「違う。――言っただろう。私に攻撃する意思は無いと」


アイル:「……そうやって、油断させたところを攻撃するつもりなんだろ。

     分かってるぞ、お前たちニンゲンのやり方ぐらい。

     ――そうか。どこかに罠でも張ってるんだな!」


ドリス:「違う。……どうすれば信じてもらえるんだ?」


アイル:「……なら、武器を捨てろ。全部だ」


ドリス:「……他に武器になりそうな物と言えば、このナイフぐらいだ」


アイル:「捨てろ」


ドリス:「……これで、本当に私は丸腰だ」


アイル:「……」


ドリス:「これでもまだ、信じられないか?」


アイル:「……当たり前だ。ニンゲンの言うことなんて――」


ドリス:「それなら――私を、裸にでもけばいい」


アイル:「……お前、馬鹿なのか?」


ドリス:「よく言われる」


アイル:「……なにが目的だ」


ドリス:「お前の言う、"母"とやらに会わせて欲しい」


アイル:「母さんに? ふざけるな。誰が……」


ドリス:「頼む」


アイル:「駄目だ。母さんはニンゲンが嫌いなんだ」


ドリス:「この通りだ、頼む」


アイル:「しつこいぞ! 無理だって言ってるだろ!

    、お前なんか連れて行ったら……! あっ」


ドリス:「具合が……そうなのか?」


アイル:「チッ……お前には、関係無い」


ドリス:「その母の体を、私に診させてくれないか?」


アイル:「お前に?」


ドリス:「ああ。もしかしたら力になれるかもしれない」


アイル:「……ニンゲンの力なんて、誰が借りるか」


ドリス:「頼む。決して、お前たち親子に危害を加えないと約束する。

     薬も、私が持っている物は全て渡そう。

     だから――、どうか頼む。この通りだ」


アイル:「そんなことをしてッ、お前に! 一体なんの得がある!」


ドリス:「……得とか、そんなんじゃない。

     これは、もはやただのだよ。

     ……私のこの体に染み付いた、ちっぽけな正義感が叫ぶんだ。

     "ここで彼を見捨てたら、お前は一生後悔することになるぞ"、と」


アイル:「……」


ドリス:「頼む」


(※少しの間)


ドリス:(M)……ダメか。


アイル:「お前の、腕を縛る」


ドリス:「え?」


アイル:「……それが、母さんに会わせる条件だ」


ドリス:「……いいのか?」


アイル:「言っておくが、お前の話を完全に信じたわけじゃない。

    ……母さんの前で少しでも怪しい素振りをしてみろ。

    その時は、お前を森の獣達の餌にしてやる」


ドリス:「……分かった。必ず、約束は守る」


N:二人の姿が見えなくなった後、木の陰からゼンが姿を現した。


ゼン:「ドリス様……」


❄ ❄ ❄ ❄ ❄ ❄ 


【シーン⑧:アイルの母に会う】


N:ドリスは手首を縄で縛られ、アイルに武器を取り上げられた。

  そうして、二人並んで森の奥を目指し歩き始める。

  見慣れた森の風景も、その歩みに合わせて少しずつ変化させていった。


  木の枝が折り重なって出来た、天然のトンネル。

  空気を閉じ込め凍り付いた、青い湖。

  止まること無く流れ続ける川。

  記念碑モニュメントのように並んだ、水晶の柱の道。

  

  ――どのぐらい歩いただろうか。気が付けば辺りはすっかり夜になっていた。

  すると、先を進むアイルがふと立ち止まる。


アイル:「――ここだ」


N:二人の目の前に現れたのは、巨大な水晶の樹だった。

  月の光を浴びて佇むその姿は、神々こうごうしさすら感じられる。

  

ドリス:「……凄いな。こんなものが、自然界に存在するなんて」


アイル:「おい。――ぼさっとするな。着いて来い」


N:よく見れば樹の根本に隙間があり、そこから樹の内側へ進めるようだ。

  先を歩くアイルに続き、ドリスもその樹の奥へと足を踏み入れる。


  樹の内側は、光を全く通さない暗闇だった。

  足元にぼんやりと光る水晶の花が、ぽつりぽつりと光源の役目を果たしている。

  そのわずかな光の目印を辿り、二人は暗闇の中を進んで行く。


アイル:「――母さん」


N:立ち止まり、不意に目の前の暗闇にアイルがそう呼びかけた。

  声はその空間に反響し消えていく。

  ――すると。


ネヴァ:「……アイル」


ドリス:「ッ!」


N:暗闇から突如、何者かの視線を感じてドリスの肌があわ立つ。

  これまで感じたことの無いような、本能に訴えかける恐怖。

  それがドリスの全身を包み込んでいた。


アイル:「ただいま、母さん」


ネヴァ:「おかえリ、アイル」


N:樹の壁に出来た亀裂きれつから、外の月明かりが差し込んでいた。

  それによって、アイルの母の姿が少しずつ明らかになる。

  暗闇の中から現れる、鋭い爪が並んだ前足。

  その次に大蛇だいじゃのように太い首、それから角の生えた頭。

  狼とは比較にならない程の存在感が迫って来る。

  地響きを上げながら姿を現したのは、真っ白な姿をした巨大なだった。


ネヴァ:「約束通リ、無事に帰って来タね。

     怪我はしていないかイ。ニンゲンは、無事に殺せたのかイ」


アイル:「……母さん。驚かないで聞いて欲しいんだけど」


ネヴァ:「驚ク? 何ヲ……クンクン……この、匂イ。まさカ」


ドリス:「――お初にお目にかかります。アイルの母君(ははぎみ)」


ネヴァ:「ッ! ……ニンゲン! ニンゲンが何故ここにいル!?」


アイル:「落ち着いて、母さん……!」


ネヴァ:「アイル、今すぐそのニンゲンから離れロ。早ク!

    ゲホッ、ゴホッ……!」


アイル:「母さん!」


ネヴァ:「……ニンゲン。その子に一体何をしタ。

     答え次第ではこの牙で、今すぐお前を八つ裂きにしてくれル」

  

ドリス:「――母君ははぎみ


N:ドリスが地面の上にひざまずく。それは騎士が、相手に礼儀を尽くす時の所作しょさだ。


ドリス:「不躾ぶしつけな訪問、誠に申し訳ありません。

    私の名はドリス。この地より北にある、王都シシエラの騎士です」


ネヴァ:「騎士……ドおりデ、不愉快な匂いがするト……」


ドリス:「水晶の森ここには、水晶病について調べるために来ました。

     調査中に偶然彼と遭遇し、そこで貴方の話を聞いて……

     貴方であれば、なにか詳しいことをご存じでは無いかと考え、無礼を承知の上で、ここに参りました」


ネヴァ:「……ニンゲンが、私に知恵をいに来たということカ?」


ドリス:「はい」


ネヴァ:「……グハハッ、グハハハハハハッ!!」


ドリス:「ッ?」


ネヴァ:「……ニンゲンというのはどこまで傲慢ごうまんな生き物ダ。

     己の欲望のままに争イ、都合が悪くなれバ知恵を寄こせとすがってくル。

     そんな物に振り回された我ら一族ガ、どんな末路を辿ったか分かるカ?」


(※ネヴァ、自身の鱗の禿げた体をドリスに見せる)


ドリス:(M)これは……。


ネヴァ:「……このからだの傷を見る度に、お前たち人間への憎悪が溢れ出ス。

     この眼は覚えているゾ。お前タチニンゲンが、我が一族に行った蛮行ばんこうヲ!

     我らの住ム森を燃やシ! 泣き叫ブ子供達をその鉄の塊で切り殺しタ!

     あの光景を思い出すだけデ、私は、私は……!

     そんなお前たちニンゲンに、誰が力を貸してやるというのダ!」


ドリス:「……ッ」


ネヴァ:「……この怒りハ、未来永劫消えることは無イ。

     その病でニンゲンが滅びるというのなラ、それはお前たちニンゲンの業が招いた宿命ダ。諦めて、受け入れるがいイ」


ドリス:「……そういう訳には、参りません」


ネヴァ:「……なんだト?」


ドリス:「……母君の話に出てきた人間達を、私は知りません。

     しかし、過去に実際、そのようなを行為が行われたのだとしたら。

     ……それは決して、許されることでは無い。

     母君の怒りももっともです。同じ人間である私の話など、耳を貸す気にもならないでしょう」


ネヴァ:「……」


ドリス:「……ですが、私もここで、折れるわけにはいかないのです。

     私がここで情報を持ち帰ることが出来なければ、この先多くの人が亡くなることになる。また……望まない、悲しい死を迎える者が増えることになる。

     そんなわけには、いかないのです!」


ネヴァ:「また、ニンゲンの都合カ!

     そんなもの、我らにはなんの関係も無いことダ!」


ドリス:「母君!」


ネヴァ:「しつこいゾ!」


アイル:「母さん!」


N:その時、二人の間に割って入るようにアイルが立ち塞がった。


ネヴァ:「……何のつもりダ、アイル。そこを退ケ!」


アイル:「……母さん、聞いて。

     こいつをここに連れて来たのはオレなんだ」


ネヴァ:「なニ? ……どうしテそんな真似ヲ」


アイル:「母さんの病気を、治してあげたかったから」


ネヴァ:「……私の、病気ヲ」


アイル:「うん……母さん、俺には平気そうな顔してたけど。

     ずっと、苦しそうにしてたから。本当は今だって我慢してるはず。そうでしょ?」


ネヴァ:「それハ……」


アイル:「でも……俺には母さんを治す薬は作れない。

     だから、ドリスこいつの話に乗ったんだ。

     母さん。母さんがニンゲン嫌いなのはオレが一番よく分かってる。

     オレだって嫌いだよ。ニンゲンなんて。

     でも……、母さんの病気が治るなら、オレ、我慢するよ」


ドリス:「……アイル」


アイル:「オレは母さんを裏切ったりしない。

     だから……母さんも、オレのこと信じてよ」


(※少し間を空けて)


ネヴァ:「――ニンゲン」


ドリス:「はい」


ネヴァ:「お前は、自身を騎士だと、そう言ったナ。

     ……騎士とは、本来誓いを重んじるもノ。

     お前は自身の行いに、誓いを立てることは出来るカ」


ドリス:「誓い……」


ネヴァ:「そうダ。お前の言葉に、嘘偽りが無いと誓えるカ。

     アイルを、決して傷つけることはしないト、誓えるカ」


ドリス:「……誓います。私の、この身に流れる血にかけて」


ネヴァ:「……いいだろウ」


アイル:「母さん……」


ネヴァ:「ニンゲン。しばしの間、この森に身を置くことを許そウ。

     ただシ……努々ゆめゆめ忘れぬことダ。

     もしもアイルの信頼を裏切るようなことがあれバ、その時ハ……」


ドリス:「……はい、心得ておきます」


ネヴァ:「フン……アイル。話の続きは明日にしよウ。私はモウ眠ル」


アイル:「分かった。――おやすみ、母さん」


ネヴァ:「ああ、おやすミ」


N:そうして、アイルの母は再び暗闇の中へと姿を消した。


アイル:「……場所を変えるぞ、付いて来い」


ドリス:「一体、どこへ?」


アイル:「いいから、早く」


❄ ❄ ❄ ❄ ❄ ❄ 



【シーン⑨:ドリス、アイルの家(洞穴)を訪れる】


N:アイルの母の居た水晶の樹から少し外れた森を進むと、やがて視界の先に小さな洞穴ほらあなが見えた。

  

ドリス:「ここは?」


アイル:「オレの家」


ドリス:「家……?」


N:ドリスが中を覗くと、洞穴ほらあなの奥には確かに、敷かれた毛皮や壁にかかった蝋燭ろうそく

  動物の骨や、ガラクタなどが乱雑に置かれており、生活感がある。


ドリス:(M)……なるほど、言葉通りの意味だったのか。


アイル:「なんだ?」


ドリス:「いや、なんでもない」


アイル:「おかしなヤツ……くわあ……。

    ……オレはもう寝る。言っておくけど、逃げようだなんて考えるなよ」


ドリス:「分かっている」


アイル:「フン」


N:アイルは慣れた手付きでドリスの縄を持ち上げ、洞穴ほらあなの壁に打ち込まれた金具に繋いだ。

  右腕を壁に繋がれたドリス。

  拘束された右腕を揺らすと、金具がチャリチャリと音を立てる。


アイル:「お前は、そこで寝ろ」


ドリス:「……ここで、か」


アイル:「なんだ。なにか文句でもあるのか」


ドリス:「いや……」


ドリス:(M)確かに、今は文句を言える立場では無いな。


アイル:「じゃあな」


ドリス:「ああ、おやすみ」


アイル:「……フン」


N:蝋燭の明かりが消えると、洞穴ほらあなの中には静寂せいじゃくが訪れた。

  やがて、空からゆっくりと白い綿が降り始める。


ドリス:(M)……これは、雪だろうか。それとも、水晶の……。


N:ドリスは洞穴ほらあなの入り口側で、外の景色を眺めている。

  洞穴ほらあなの奥からは、先に眠りに落ちたアイルの寝息が聞こえてくる。


ドリス:(M)……寒い。これではおちおち眠れそうもない。


(※少し間を空けて)


ドリス:(M)私の選択は、本当に正しかったのだろうか。

      ……いつになく弱気だな。らしくない。

      きっと数日後には、消息の途絶えた私を探すため、捜索隊が組まれる。   

      そうなれば、また望まない犠牲者を出すことになるかもしれない。

      そのために、私がなんとかして情報を持ち帰らなければ……。

      ……そうだ。ゼンは無事に森から出られただろうか。

      狼に襲われていなければいいが、こればかりは願うしか無い……。


ドリス:「クシュッ」


アイル:「……」


ドリス:(M)……いけない、少し眠ってしまっていた。

    ……この、毛皮は?


N:目が覚めたドリスは、自分の体がなにかの温もりに包まれているのを感じた。

  見れば、覚えのない毛皮が肩と、膝の上に


(※わざとらしく寝息を立てるアイル)


アイル:「......ぐおー、ぐおー」


ドリス:(M)ふっ。なんだ、意外と人の心がある……。


N:毛皮に顔を埋め、ドリスが再びまぶたを閉じる。


ドリス:(M)……信じよう、少しでも状況が良い方向に進むことを。

    "信じることからすべてが始まる"。そうだよね? 父さん……。

  

N:やがて、ドリスは深いまどろみの中へと落ちていった。


<一話・終>

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ドリスと亡びの白い花 @kusakabe_tuno

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