ドリスと亡びの白い花
@kusakabe_tuno
第1話 水晶の花
この手で救えるものが、一体どれだけあるのだろう。
<登場人物>
ドリス:女性 水晶の花の原因を調査するため、派遣された騎士。
ゼン:不問 水晶の森の案内人。(兼ね役:野良狼B)
アイル:不問 水晶の森の中で出会った不思議な少年。
ネヴァ:不問 水晶の森の奥に潜む白い竜。アイルの母。(兼ね役:野良狼A)
N:不問 ナレーション。
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*注意点
・ドリスとアイルのみ、戦闘描写が少しあります。
・SEの場所や内容を記載していますが、演者の方が自由に決めて構いません。
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■利用規約
・過度なアドリブはご遠慮下さい。
・作中のキャラクターの性別変更はご遠慮下さい。
・設定した人数以下、人数以上で使用はご遠慮下さい。(5人用台本を1人で行うなど)
・不問役は演者の性別を問わず使っていただけます。
・両声の方で「男性が女性役」「女性が男性役」を演じても構いません。
その際は他の参加者の方に許可を取った上でお願いします。
・営利目的での無許可での利用は禁止しております。希望される場合は事前にご連絡下さい。
・台本の感想、ご意見は Twitter:https://twitter.com/1119ds 草壁ツノまで
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【シーン①:水晶の森に向かうドリス】
(雪を踏む足音のSE)
N:白く染まった大地の上を、一つの影が歩いている。
――人だ。
見慣れないマスクで鼻と口元を覆っており、その表情を見ることは出来ない。
束ねた赤い髪が風に揺れる。口元からは白い吐息が漏れた。
ブーツが足元の地面を踏みしめる度、ザクザクと音を立てる。
その足取りに迷いは感じられず、目指すべき場所へと真っすぐ向かっている。
ドリス:(M)――もう、どれほど歩いただろうか。
N:足元で白い花が揺れる。彼は腰を屈めると、厚手のグローブをはめた指先でその花にそっと触れた。
(ガラスが砕けるSE)
N:すると、その花はまるで
ドリス:(M)……こんなものが、人の生活を
思った以上に、事態は深刻だ。このままではそう遠く無い未来に、この地は人が住めなくなってしまう。
今回の調査で、なにか手掛かりを持ち帰れればいいが……。
N:立ち上がり、視線を遥か遠くに投げる。すると、ここから少し歩いた先に、森が広がっていることに気が付いた。
ドリス:……あれか。あそこが、今回の調査対象の……。
【シーン②:ドリス、水晶の森の案内人ゼンと出会う】
(雪を踏む足音のSE)
N:それは森と呼ぶには、あまりにも異質な姿をしていた。
森全体は白く染まり、本来の緑という色は失われてしまっている。
木々に食い込むように水晶の
ドリス:(M)――ここが、話に聞いていた"水晶の森"か。
ゼン:「すみません、そこのお方」
ドリス:「誰だ」
N:赤髪の彼は反射的に、腰の剣に手を伸ばす。
ゼン:「お、お待ち下さい! 私は怪しい者ではありません」
N:声をかけてきたのは金髪の男だった。背丈は赤髪の彼よりも少し高い。
その装備や手荷物の多さから、旅人か商人を
この男もまた、同じく鼻と口元をマスクで覆っていた。
ゼン:「もしや、あなたはドリス様ではありませんか?」
ドリス:「……なぜ、私の名前を知っている」
ゼン:「やっぱり......あ、申し遅れました。私はゼンと申します。
突然驚かせてしまってすみません。
数日前に、私の下に王都から手紙が届いて、そこにドリス様のことが書かれていました」
ドリス:「手紙?」
ゼン:「はい。――"ドリスという赤い髪の者が
ドリス:(M)そう言えば、"現地で案内人が同行する手筈になっている"と聞いていたな……。確かに、見た目の特徴も一致している。
N:赤髪の彼は剣から手を離す。それを見て、金髪の男も胸を撫で下ろした。
ドリス:「……疑ってすまなかったな。王都"シシエラ"から派遣された、ドリスだ。よろしく頼む」
ゼン:「誤解が解けてなによりです。こちらこそよろしくお願いします」
ドリス:「ゼン。君さえ良ければ、すぐにこの森の調査に向かいたいと考えているんだが」
ゼン:「私は問題ありませんが......ドリス様は大丈夫ですか?
ここまで、かなりの長旅だったはずです。少し休まれたほうが」
ドリス:「私のことなら心配無用だ。この程度の遠征には慣れている。
それに、今は一刻も早く情報を持ち帰りたい」
ゼン:「......分かりました。それでしたらすぐに出発しましょう。
と、その前にひとつだけよろしいでしょうか。ドリス様」
ドリス:「なんだ?」
ゼン:「そのマスクがきちんと装着されているか。一度、確認させて下さい」
ドリス:「……構わないが、随分と慎重だな」
ゼン:「申し訳ありません。ですが、我々にとってこのマスクは
ドリス:「……そうだな。用心するに越したことは無いか。
分かった。すまないが確認して貰えるだろうか」
ゼン:「はい。それでは失礼します――」
※ドリスに近づいたゼンが沈黙する。
ドリス:「……どうした、ゼン。動きが止まっているぞ」
ゼン:「……いえ、その」
ドリス:「?」
N:ゼンは内心
近付いてみて初めて気付く、ドリスの顔立ち。
長い睫毛に、細い首筋。外套に覆われた胸元には、女性特有の膨らみがある。
ゼン:「す、すみません」
ドリス:「なぜ謝る?」
ゼン:「その……、なんと申し上げて良いか。
"王都から腕の立つ方が調査に来られる"と伺っていたので、てっきり、その……」
ドリス:「ふっ。なんだ、そんなことか。
気にするな。君のような反応には慣れている。
お察しの通り、私は女だ。生物学上な」
ゼン:「……本当にすみません」
ドリス:「気にしなくて良いと言っただろう。それでどうだ?」
ゼン:「はい、マスクに隙間も無いようですし、これなら問題ありません。
ドリス様。今からこの森に入る上で、これだけは覚えておいて下さい」
ドリス:「なんだ?」
ゼン:「"森の中では決して、マスクを外さないこと"。
直接肺に空気を吸い込むと、水晶の
ドリス:「分かった。くれぐれも気を付ける」
ゼン:「では、行きましょう。
【シーン③:水晶の森を進む二人】
N:道すがら、ドリスは自分の使命を思い返していた。
彼女がここに来た理由。それは"水晶の花"及び、この"水晶の森"を調査するためだ。
――"水晶の花"。
それはある日突然、季節外れの雪がこの地へと運んで来た。
葉も花も、全てが水晶で出来たそれは、この世の物とは思えぬほどに美しかった。
住人たちも、この地に新たな特産物が出来たとおおいに喜んでいた。
しかし、それも最初のうちだけだった。人々は誰も知らなかったのである。
この美しい花が内に秘めた、その恐るべき毒性を。
水晶の花が砕けた時、
この花の脅威はそれに留まらない。そこからさらに症状が進行すると、人体の表面に水晶の鱗が生成される。それは日が経つにつれ全身を覆い尽くしていき――最後には人間を、水晶の
"水晶病"――そう名付けられたこの病は、幾つもの町を廃墟へと変えた。
そして、数十年経った今もまだ、この病の根本的な治療法は見つかっていない。
(雪を踏む足音のSE)
N:静まり返った森の中に、二つの足音が響く。
真っ
ドリス:「――しかし、不思議だな」
ゼン:「……この森のこと、でしょうか?」
ドリス:「それもあるが、今考えているのはそっちじゃなく――"君のこと"だ」
ゼン:「……私、ですか?」
ドリス:「ああ。……君も分かっているはずだ。この森がどれだけ危険かを。
普通の人間なら、ここに近付こうという考えを起こしはしない。
例えそれが、王都からの依頼であったとしてもだ」
ゼン:「……なるほど。確かに
ドリス:「なにか理由でも?」
ゼン:「理由、ですか。……そうですね、強いて言うなら……私は、家族をこの
ドリス:「……そう、だったのか」
(※少し間を空けて)
ドリス:「……辛かったな」
ゼン:「……そうですね。辛くないと言えば、嘘になります。
私が今回志願したのも、私になにか出来ることがあればと思ったからです」
ドリス:「……君の……いや、なんでもない」
ゼン:「……私の家族が、どんな風に亡くなったかですか?」
ドリス:「……すまない」
ゼン:「分かっています、それがドリス様の仕事ですから。
……少し長くなってしまいますが、構いませんか?」
ドリス:「ああ、頼む」
ゼン:「――当時、私は仕事で別の町に出ていました。
家族とは手紙でやり取りをしていて、最近降り始めた雪や、水晶の花の話を聞いていたんです。
数週間後に
……思えば、家族と手紙のやり取りをしたのは、あれが最後でした」
ドリス:「……」
ゼン:「……久しぶりに故郷に戻ると、変わり果てた街の姿に目を疑いました。
真っ白に染まったその街は、もう私の知る故郷では無かった」
(※少し間を空けて)
(※話を続けるゼン。その声が少しずつ涙ぐんだ声に変わっていく)
ゼン:「……家族は、家にいました。
ベッドに妹が横たわっていて、その手を両親が握っていて。
妹の手の中には、しわくちゃになった、私の手紙が握られていて……」
ドリス:「もういい。……もう充分だ。ありがとう」
ゼン:「……すみません。少し、当時のことを思い出してしまって」
(少し間を空けて)
ドリス:「……すまなかった」
ゼン:「ど、どうされたんですか。頭を上げて下さい」
ドリス:「……家族を失う痛みは、相当な物だっただろう。……私にも経験がある。
それなのに、そんな君に私たちは、辛い役目を押し付けてしまった」
ゼン:「……そんなことはありません。寧ろ逆です」
ドリス:「逆……?」
ゼン:「はい。――今回、私に届いた手紙は、私にとって光そのものでした。
"国は水晶病について本気で考えて下さっている"。
"私にもまだ、家族のために出来ることがある"と、そう思えたんです。
ですから、ドリス様が後ろめたく思うことなんて、なにも無いんですよ」
ドリス:「……良かった。そう言って貰えるなら、私がこの地に出向いたことに少しは意味があったというものだ」
ゼン:「.....ふふっ」
ドリス:「どうした?」
ゼン:「いえ。ドリス様はなんと言うかこう――"王都の騎士様"という感がしなくて、つい」
ドリス:「……それは確かによく言われるな。なぁゼン、どういう意味なんだそれは?」
ゼン:「悪い意味ではありませんよ」
ドリス:「本当か?」
ゼン:「ええ。……少し話題を変えましょうか。ドリス様のことをお聞きしても?」
ドリス:「ああ、構わない」
ゼン:「ドリス様が剣を最初に握られたのは、おいくつの頃からですか?」
ドリス:「そうだな……あれは確か、私が八歳の頃だっただろうか」
ゼン:「そんなに早く。その頃からもう、将来は騎士になるとお考えで?」
ドリス:「いや。その時はまだ、自分がこの道を
ゼン:「……そういうものですか」
ドリス:「そういうものさ」
(※少し間を空けて)
ゼン:「……ドリス様」
ドリス:「なんだ?」
ゼン:「……ドリス様は、この病が――、
いつかこの病が、無くなる日が来ると思いますか?」
ドリス:「来るさ。必ず」
ゼン:「……なぜ、そう言い切れるのですか?」
ドリス:「"信じることからすべてが始まる"。父の受け売りだ」
ゼン:「……そういうものですか」
ドリス:「そういうものだ」
ゼン:「……ふふ。そうですか。
そうですね……それなら、私も信じることから始めてみます」
❄ ❄ ❄ ❄ ❄ ❄
【シーン④:水晶の森の奥、アイルと母のシーン】
N:一方その頃。ドリス達が進む地点よりも、さらに森の奥深く。
人も生き物も寄り付かないその場所に、異なる二つの気配があった。
暗闇の中、ひとつの気配が低く
ネヴァ:「ウウウ――」
アイル:「……どうしたの、母さん?」
ネヴァ:「……ゲン」
アイル:「え?」
ネヴァ:「ニンゲンの、匂イがすル……」
※周囲の匂いを嗅ぐアイル
アイル:「スンスン……本当だ。懲りない奴らめ。
母さん。オレ、外の様子を見て来るよ」
ネヴァ:「待ちなさイ、アイル」
アイル:「……なに、母さん?」
ネヴァ:「約束しておくレ。なにがあってもここに、無事に帰って来るト。
……ニンゲンと言う奴等は、お前が思っている以上に
絶対に心を許してはならなイ。分かっていルね?」
アイル:「……うん」
ネヴァ:「……気ヲ付けて行くんダよ。
私にもう二度と、我が子を失う苦しみを、味わわせないでおくレ」
アイル:「……大丈夫。母さんを悲しませるようなことは、絶対にしないから」
❄ ❄ ❄ ❄ ❄ ❄
【シーン⑤:水晶の森、狼と戦うドリスのシーン】
N:一方、その頃のドリス達はと言うと――。
(※ドリス、野生の獣数体と交戦している)
ドリス:「――セエエイッ!」
野良狼A:「ギャン!」
N:狼の分厚い毛皮を、ドリスの剣が切り裂く。
真っ白な世界を、飛び散った血飛沫が赤く汚した。
野良狼B:「……グルル」
N:狼たちが低く唸り声を挙げる。
仲間を殺されたためか、その声は怒りを
ドリス:「……フーッ」
N:ドリスは剣を構え、浅く呼吸をする。
視線は目の前の狼達に、けれど背後の狼の気配にも注意深く意識を向ける。
狼の数は全部で五匹。それぞれがドリスの周囲を取り囲み、襲い掛かるタイミングをいまかいまかと窺う。
――そして、ちょうどドリスの背後に位置する狼が、鋭い牙を剥き出し飛び掛かった。
野良狼B:「ガアアッ!」
ドリス:「テヤアアーッ!」
野良狼A:「グルルッ!」
ドリス:「セアァァアッ!」
野良狼A:「グオッ……!」
N:振り向きざまに、
下から突き上げるように、
そして上段から払うように――動きがすべて繋がっているような身のこなしで、襲い掛かる狼たちを、ドリスは切り伏せた。
ドリス:「……これで、
ゼン:「ドリス様! ご無事ですか?」
ドリス:「ああ、問題ない」
ゼン:「強いとはお聞きしていましたが――、想像していた以上だ。
野生の狼数体を相手にして、息切れひとつしていないなんて」
ドリス:「褒めてもなにも出ないぞ。
(取り出したナイフを狼の死骸に近づけながら)さて、と……」
(SE:剣の閃く音のSE)
ゼン:「その狼をどうなさるおつもりで――ああ、王都に持ち帰るんですね」
ドリス:「正解だ。……こいつ等は、この森に適応した個体だ。
調べれば、なにか水晶病の手掛かりが掴めるかもしれない」
(SE:肉を解体するSE)
ゼン:「……手慣れたものですね」
ドリス:「こんな仕事をしていると、大抵のことは一人で出来るようになる。
……この辺りの肉と、少し毛も貰っていくか」
N:手早く解体を済ませると、ドリスは用意した袋に狼の肉と毛を詰めた。
ドリス:「よし、この程度あれば充分か。
残りは……穴を掘って、そこに埋めてしまおう。
このままにしておくと、血の匂いで他の動物達が集まって来てしまうからな」
ゼン:「私もお手伝いします」
ドリス:「そうか? それは助かる」
(SE:土を掘るSE)
N:狼の死体を埋める穴を、二人は黙々と掘り続ける。
ゼン:「よっと、それっと……ううっ。それにしても寒いですね」
ドリス:「そう、だな……っと」
ゼン:「早く森を抜けて、トマトと
ドリス:「それはいいな。体が暖まりそうだ」
N:そうして、狼の死体をなんとか埋め終えた二人は、
短い休息を取り、その後にまた森の奥に向けて出発した。
【シーン⑥:謎の少年、アイルが襲い掛かってくる】
N:歩き始めてどの程度経った頃だろうか。
気が付くと、辺りの景色は霧で白く染まり始めていた。
ゼン:「……随分と、霧が濃くなってきましたね」
ドリス:「ああ……これだけ視界が悪いと、なにが
私のそばを離れるんじゃないぞ、ゼン」
N:すると――、二人が進む視線の先で、"ゆらり"、と影が揺らめいた。
ドリス:「待て。……"何か"、いる」
ゼン:「え? ……まさか、また狼ですか?」
ドリス:「いや……」
N:影は不規則に揺らめいている。濃い霧に阻まれて、その姿までははっきりとしない。
アイル:「……て行け」
ドリス:「なんだ? なにか聞こえる……」
アイル:「……この森から、今すぐ……出て行けえッ!」
ドリス:(M)狼じゃ無い!
ドリス:「下がれゼンッ! ぐあッ!」
(※突然影から攻撃を受け、腕に傷を受けるドリス)
ゼン:「ドリス様ッ!?」
ドリス:「来るな! 大丈夫だ……!」
N:霧が晴れていき、少しずつ襲いかかってきた影の姿が
そこにいたのは、黒髪の、まだあどけなさの残る少年だった。
(※ドリスを睨みつけ、唸り声をあげるアイル)
アイル:「グルル……ッ!」
ドリス:(M)子供……?
ドリス:「!? おい、お前ッ!
なにを考えてる……死にたいのかッ!」
アイル:「……?」
ドリス:「マスクも無しでこの森に入るなんて、自殺行為だッ!」
N:その少年はマスクをしていなかった。
それどころか、身に着けているのは薄い布切れ一枚で、足は素足だった。
アイル:「何を言ってる。死ぬのは……お前たちのほうだ!」
ドリス:「……ゼン。私がいいと言うまで、どこかに身を隠していてくれ」
ゼン:「どうなさるおつもりですか?」
ドリス:「なんとか、彼を説得してみる」
ゼン:「……分かりました。ドリス様、どうかお気を付けて」
(※その場から避難するゼン)
アイル:「ふううッ!」
(※アイルの短剣の一撃を、剣で受け止めるドリス)
ドリス:「くッ! ……おい、どうして、私たちを攻撃する……ッ!」
アイル:「お前らには、関係無い……ッ!」
ドリス:「……私たちは! ただこの森を調べに来た。それだけだ!
お前に攻撃される
アイル:「ごちゃごちゃと……、うるさいんだよ!
いいからッ、さっさと――消えろおッ!」
(※アイルの力任せの攻撃に、後方に弾き飛ばされるドリス)
ドリス:「……つうッ!」
アイル:「……この森は。オレと母さんだけの場所だ。
二人だけの場所なんだッ!
誰にも荒らさせない。オレが、母さんを守るんだッ!」
ドリス:「母さん……? お前のほかにも、
アイル:「関係無いって、言ってるだろッ!」
(※距離を取ったアイルに、ドリスが声を投げかける)
ドリス:「……私達は、お前たち親子の敵じゃない! 信じてくれ!」
アイル:「信じろだって。ふざけるな! ニンゲンなんて、みんな嘘吐きだッ!」
ドリス:「嘘じゃない!」
アイル:「黙れえッ!」
ドリス:(M)どうすれば、彼に心を開いて貰える。どうすれば――。
(※ナイフを手にしたアイルが、ドリスに向けて突進する)
アイル:「うあああああァッ!!」
【シーン⑦:ドリス、アイルに降伏する】
N:放たれた矢のように、少年が地を駆けてドリスへとナイフを突き出す。
狙いすました腹部への一撃。当たれば致命傷は免れない。
しかし――、ドリスは迫るアイルを見て、自身の剣を手放した。
アイル:「……なッ!?」
N:驚きの表情を浮かべるアイル。次の瞬間、二つの影が重なった。
驚いた鳥たちが、一斉に空へと羽ばたく。
ドリスと肉薄した状態で動きを止めるアイル。
彼の手から突き出されたナイフは――、彼女を貫く寸前の所で止まっていた。
ドリス:「ふ――ッ。…………良かった」
N:ドリスが右腕を伸ばし、アイルの頬に触れようとする。
アイルは反射的にその手を弾き、素早く距離を取った。
アイル:「……なんの、なんの真似だ! 馬鹿にしてるのかオレを!」
ドリス:「違う。――言っただろう。私に攻撃する意思は無いと」
アイル:「……そうやって、油断させたところを攻撃するつもりなんだろ。
分かってるぞ、お前たちニンゲンのやり方ぐらい。
――そうか。どこかに罠でも張ってるんだな!」
ドリス:「違う。……どうすれば信じてもらえるんだ?」
アイル:「……なら、武器を捨てろ。全部だ」
ドリス:「……他に武器になりそうな物と言えば、このナイフぐらいだ」
アイル:「捨てろ」
ドリス:「……これで、本当に私は丸腰だ」
アイル:「……」
ドリス:「これでもまだ、信じられないか?」
アイル:「……当たり前だ。ニンゲンの言うことなんて――」
ドリス:「それなら――私を、裸にでも
アイル:「……お前、馬鹿なのか?」
ドリス:「よく言われる」
アイル:「……なにが目的だ」
ドリス:「お前の言う、"母"とやらに会わせて欲しい」
アイル:「母さんに? ふざけるな。誰が……」
ドリス:「頼む」
アイル:「駄目だ。母さんはニンゲンが嫌いなんだ」
ドリス:「この通りだ、頼む」
アイル:「しつこいぞ! 無理だって言ってるだろ!
ただでさえ具合が悪いのに、お前なんか連れて行ったら……! あっ」
ドリス:「具合が……そうなのか?」
アイル:「チッ……お前には、関係無い」
ドリス:「その母の体を、私に診させてくれないか?」
アイル:「お前に?」
ドリス:「ああ。もしかしたら力になれるかもしれない」
アイル:「……ニンゲンの力なんて、誰が借りるか」
ドリス:「頼む。決して、お前たち親子に危害を加えないと約束する。
薬も、私が持っている物は全て渡そう。
だから――、どうか頼む。この通りだ」
アイル:「そんなことをしてッ、お前に! 一体なんの得がある!」
ドリス:「……得とか、そんなんじゃない。
これは、もはやただの病気だよ。
……私のこの体に染み付いた、ちっぽけな正義感が叫ぶんだ。
"ここで彼を見捨てたら、お前は一生後悔することになるぞ"、と」
アイル:「……」
ドリス:「頼む」
(※少しの間)
ドリス:(M)……ダメか。
アイル:「お前の、腕を縛る」
ドリス:「え?」
アイル:「……それが、母さんに会わせる条件だ」
ドリス:「……いいのか?」
アイル:「言っておくが、お前の話を完全に信じたわけじゃない。
……母さんの前で少しでも怪しい素振りをしてみろ。
その時は、お前を森の獣達の餌にしてやる」
ドリス:「……分かった。必ず、約束は守る」
N:二人の姿が見えなくなった後、木の陰からゼンが姿を現した。
ゼン:「ドリス様……」
❄ ❄ ❄ ❄ ❄ ❄
【シーン⑧:アイルの母に会う】
N:ドリスは手首を縄で縛られ、アイルに武器を取り上げられた。
そうして、二人並んで森の奥を目指し歩き始める。
見慣れた森の風景も、その歩みに合わせて少しずつ変化させていった。
木の枝が折り重なって出来た、天然のトンネル。
空気を閉じ込め凍り付いた、青い湖。
止まること無く流れ続ける川。
――どのぐらい歩いただろうか。気が付けば辺りはすっかり夜になっていた。
すると、先を進むアイルがふと立ち止まる。
アイル:「――ここだ」
N:二人の目の前に現れたのは、巨大な水晶の樹だった。
月の光を浴びて佇むその姿は、
ドリス:「……凄いな。こんなものが、自然界に存在するなんて」
アイル:「おい。――ぼさっとするな。着いて来い」
N:よく見れば樹の根本に隙間があり、そこから樹の内側へ進めるようだ。
先を歩くアイルに続き、ドリスもその樹の奥へと足を踏み入れる。
樹の内側は、光を全く通さない暗闇だった。
足元にぼんやりと光る水晶の花が、ぽつりぽつりと光源の役目を果たしている。
その
アイル:「――母さん」
N:立ち止まり、不意に目の前の暗闇にアイルがそう呼びかけた。
声はその空間に反響し消えていく。
――すると。
ネヴァ:「……アイル」
ドリス:「ッ!」
N:暗闇から突如、何者かの視線を感じてドリスの肌が
これまで感じたことの無いような、本能に訴えかける恐怖。
それがドリスの全身を包み込んでいた。
アイル:「ただいま、母さん」
ネヴァ:「おかえリ、アイル」
N:樹の壁に出来た
それによって、アイルの母の姿が少しずつ明らかになる。
暗闇の中から現れる、鋭い爪が並んだ前足。
その次に
狼とは比較にならない程の存在感が迫って来る。
地響きを上げながら姿を現したのは、真っ白な姿をした巨大な竜だった。
ネヴァ:「約束通リ、無事に帰って来タね。
怪我はしていないかイ。ニンゲンは、無事に殺せたのかイ」
アイル:「……母さん。驚かないで聞いて欲しいんだけど」
ネヴァ:「驚ク? 何ヲ……クンクン……この、匂イ。まさカ」
ドリス:「――お初にお目にかかります。アイルの母君(ははぎみ)」
ネヴァ:「ッ! ……ニンゲン! ニンゲンが何故ここにいル!?」
アイル:「落ち着いて、母さん……!」
ネヴァ:「アイル、今すぐそのニンゲンから離れロ。早ク!
ゲホッ、ゴホッ……!」
アイル:「母さん!」
ネヴァ:「……ニンゲン。その子に一体何をしタ。
答え次第ではこの牙で、今すぐお前を八つ裂きにしてくれル」
ドリス:「――
N:ドリスが地面の上に
ドリス:「
私の名はドリス。この地より北にある、王都シシエラの騎士です」
ネヴァ:「騎士……ドおりデ、不愉快な匂いがするト……」
ドリス:「
調査中に偶然彼と遭遇し、そこで貴方の話を聞いて……
貴方であれば、なにか詳しいことをご存じでは無いかと考え、無礼を承知の上で、ここに参りました」
ネヴァ:「……ニンゲンが、私に知恵を
ドリス:「はい」
ネヴァ:「……グハハッ、グハハハハハハッ!!」
ドリス:「ッ?」
ネヴァ:「……ニンゲンというのはどこまで
己の欲望のままに争イ、都合が悪くなれバ知恵を寄こせと
そんな物に振り回された我ら一族ガ、どんな末路を辿ったか分かるカ?」
(※ネヴァ、自身の鱗の禿げた体をドリスに見せる)
ドリス:(M)これは……。
ネヴァ:「……この
この眼は覚えているゾ。お前タチニンゲンが、我が一族に行った
我らの住ム森を燃やシ! 泣き叫ブ子供達をその鉄の塊で切り殺しタ!
あの光景を思い出すだけデ、私は、私は……!
そんなお前たちニンゲンに、誰が力を貸してやるというのダ!」
ドリス:「……ッ」
ネヴァ:「……この怒りハ、未来永劫消えることは無イ。
その病でニンゲンが滅びるというのなラ、それはお前たちニンゲンの業が招いた宿命ダ。諦めて、受け入れるがいイ」
ドリス:「……そういう訳には、参りません」
ネヴァ:「……なんだト?」
ドリス:「……母君の話に出てきた人間達を、私は知りません。
しかし、過去に実際、そのようなを行為が行われたのだとしたら。
……それは決して、許されることでは無い。
母君の怒りももっともです。同じ人間である私の話など、耳を貸す気にもならないでしょう」
ネヴァ:「……」
ドリス:「……ですが、私もここで、折れるわけにはいかないのです。
私がここで情報を持ち帰ることが出来なければ、この先多くの人が亡くなることになる。また……望まない、悲しい死を迎える者が増えることになる。
そんなわけには、いかないのです!」
ネヴァ:「また、ニンゲンの都合カ!
そんなもの、我らにはなんの関係も無いことダ!」
ドリス:「母君!」
ネヴァ:「しつこいゾ!」
アイル:「母さん!」
N:その時、二人の間に割って入るようにアイルが立ち塞がった。
ネヴァ:「……何のつもりダ、アイル。そこを
アイル:「……母さん、聞いて。
こいつをここに連れて来たのはオレなんだ」
ネヴァ:「なニ? ……どうしテそんな真似ヲ」
アイル:「母さんの病気を、治してあげたかったから」
ネヴァ:「……私の、病気ヲ」
アイル:「うん……母さん、俺には平気そうな顔してたけど。
ずっと、苦しそうにしてたから。本当は今だって我慢してるはず。そうでしょ?」
ネヴァ:「それハ……」
アイル:「でも……俺には母さんを治す薬は作れない。
だから、
母さん。母さんがニンゲン嫌いなのはオレが一番よく分かってる。
オレだって嫌いだよ。ニンゲンなんて。
でも……、母さんの病気が治るなら、オレ、我慢するよ」
ドリス:「……アイル」
アイル:「オレは母さんを裏切ったりしない。
だから……母さんも、オレのこと信じてよ」
(※少し間を空けて)
ネヴァ:「――ニンゲン」
ドリス:「はい」
ネヴァ:「お前は、自身を騎士だと、そう言ったナ。
……騎士とは、本来誓いを重んじるもノ。
お前は自身の行いに、誓いを立てることは出来るカ」
ドリス:「誓い……」
ネヴァ:「そうダ。お前の言葉に、嘘偽りが無いと誓えるカ。
アイルを、決して傷つけることはしないト、誓えるカ」
ドリス:「……誓います。私の、この身に流れる血にかけて」
ネヴァ:「……いいだろウ」
アイル:「母さん……」
ネヴァ:「ニンゲン。しばしの間、この森に身を置くことを許そウ。
ただシ……
もしもアイルの信頼を裏切るようなことがあれバ、その時ハ……」
ドリス:「……はい、心得ておきます」
ネヴァ:「フン……アイル。話の続きは明日にしよウ。私はモウ眠ル」
アイル:「分かった。――おやすみ、母さん」
ネヴァ:「ああ、おやすミ」
N:そうして、アイルの母は再び暗闇の中へと姿を消した。
アイル:「……場所を変えるぞ、付いて来い」
ドリス:「一体、どこへ?」
アイル:「いいから、早く」
❄ ❄ ❄ ❄ ❄ ❄
【シーン⑨:ドリス、アイルの家(洞穴)を訪れる】
N:アイルの母の居た水晶の樹から少し外れた森を進むと、やがて視界の先に小さな
ドリス:「ここは?」
アイル:「オレの家」
ドリス:「家……?」
N:ドリスが中を覗くと、
動物の骨や、ガラクタなどが乱雑に置かれており、生活感がある。
ドリス:(M)……なるほど、言葉通りの意味だったのか。
アイル:「なんだ?」
ドリス:「いや、なんでもない」
アイル:「おかしなヤツ……くわあ……。
……オレはもう寝る。言っておくけど、逃げようだなんて考えるなよ」
ドリス:「分かっている」
アイル:「フン」
N:アイルは慣れた手付きでドリスの縄を持ち上げ、
右腕を壁に繋がれたドリス。
拘束された右腕を揺らすと、金具がチャリチャリと音を立てる。
アイル:「お前は、そこで寝ろ」
ドリス:「……ここで、か」
アイル:「なんだ。なにか文句でもあるのか」
ドリス:「いや……」
ドリス:(M)確かに、今は文句を言える立場では無いな。
アイル:「じゃあな」
ドリス:「ああ、おやすみ」
アイル:「……フン」
N:蝋燭の明かりが消えると、
やがて、空からゆっくりと白い綿が降り始める。
ドリス:(M)……これは、雪だろうか。それとも、水晶の……。
N:ドリスは
ドリス:(M)……寒い。これではおちおち眠れそうもない。
(※少し間を空けて)
ドリス:(M)私の選択は、本当に正しかったのだろうか。
……いつになく弱気だな。らしくない。
きっと数日後には、消息の途絶えた私を探すため、捜索隊が組まれる。
そうなれば、また望まない犠牲者を出すことになるかもしれない。
そのために、私がなんとかして情報を持ち帰らなければ……。
……そうだ。ゼンは無事に森から出られただろうか。
狼に襲われていなければいいが、こればかりは願うしか無い……。
ドリス:「クシュッ」
アイル:「……」
ドリス:(M)……いけない、少し眠ってしまっていた。
……この、毛皮は?
N:目が覚めたドリスは、自分の体がなにかの温もりに包まれているのを感じた。
見れば、覚えのない毛皮が肩と、膝の上に乱雑にかけられてある。
(※わざとらしく寝息を立てるアイル)
アイル:「......ぐおー、ぐおー」
ドリス:(M)ふっ。なんだ、意外と人の心がある……。
N:毛皮に顔を埋め、ドリスが再び
ドリス:(M)……信じよう、少しでも状況が良い方向に進むことを。
"信じることからすべてが始まる"。そうだよね? 父さん……。
N:やがて、ドリスは深いまどろみの中へと落ちていった。
<一話・終>
ドリスと亡びの白い花 @kusakabe_tuno
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