第62話

 今回、結茜さんが着ている水着は、以前買いに行った水着とは違う。きっと、宣言していた水着とも違うだろう。新しい水着で感想を言わないと行けないのは———口下手な俺には苦痛すぎる。


 それに加えて結茜さんはかなりスタイルが良く、出る所は出て、引き締まる所は引き締まっていて、なかなか凝視するのを躊躇ってしまう。


「似合わないかな?」


 あまりにも返事が遅いので、結茜さんが首を傾げて聞いてきた。


 ……とても似合っているし、可愛いと思っているのに、それが正解なのか分からずに言葉が詰まってしまう。…… 素直に言葉に出来ればいいのに。


 悩んでいると、横から小声が聞こえてきた。


「(お兄さん、そこは素直に可愛いでいいんですよ〜 君の素直な気持ちが相手に伝わることが大事なんですからね〜?)」


 横に視線を向ければ、鬼頭さんがこちらに背中を向けた状態でいた。


「(御影くん、頑張れ!)」


 佐伯くんにも応援された。


 視線を結茜さんの元に戻すと、頬を膨らませながら返事を待っている。……これは早く返事をしないと、結茜さんの機嫌が悪くなるな。


 深呼吸をして、俺は口を開いた。


「とても似合っているし、か…可愛いよ」

「ありがとう。その…雪翔くんも似合っているよ」

「こちらこそ…ありがとう」


 これは…何と言うか、凄い恥ずかしい。

 そして結茜さんの水着を褒めたことにより、さらに色々と意識してしまう。


 すると、横で見ていた鬼頭さんが嬉しそうにしながら声を掛けてきた。


「御影くん、最高だよ! これで委員長の好感度は爆上がりで一歩前進だね!」

「何で上から目線なんだよ…」

「私と七音は恋愛アドバイザーで、恋愛の先輩でもあるから当然のこと」


 自信満々に言う鬼頭さんに対して、結茜さんが「あの…」と言いながら小さく手を挙げた。

 

「私は鬼頭さんに恋愛のアドバイスを受けていない気がするんだけど…? あと好感度は簡単には爆上がりはしないからね」

「あらら…とりあえず、御影くんどんまい」


 鬼頭さんは俺の方に手を当てながら言い、そして視線を結茜さんに戻して言葉を続けた。


「それにしても委員長がアドバイスを受けるにしても、私たちよりも適任が沢山いるでしょ〜」

「……適任?」

「そっ! 委員長は現役のモデルさんなんだから、周囲には恋愛経験者が沢山いるじゃん! 私と七音なんか比べ物にならないくらいにね!」

「確かに恋愛経験が豊富な人はいるけど、そう簡単に聞けるものではないからね?」

「聞けないの?」


 それを聞き、結茜さんは嘆息した。


「芸能界は難しいのよ!! 何だったら、私は二つ名の所為で肩身が狭い時があるんだからね!!」

「あー、なんかごめんね」

「全然大丈夫だから。 それよりも早く場所取りをしてプールに入りましょ」

「そうだね!」


 結茜さんと鬼頭さんは場所を取るために移動を開始した。


 ……何だったんだ? 結局、話はまとまっていないようだし、俺の質問に対しても上手くはぐらかされた気がする。


 横にいた佐伯くんに俺は視線を向けた。


「結局、二人の会話の意味は分かった?」


 俺がそう聞くと———


「御影くんはもう少し勘がよくならないとね」

 

 微笑しながら、佐伯くんは答えた。


 その言葉に首を傾げながら、俺たちも前を歩く二人を追いかけた。

 


 売店の近くに場所を取った俺たちは、最初に流れるプールへと向かった。ここの流れるプールは全長500mで水の流れに身を任せてのんびりと優雅なひとときを過ごせる。


 鬼頭さんと佐伯くんは流れるプールで楽しそうに会話をしながら、流れに身を任せて歩いていた。

 一方、俺は浮き輪で浮いている結茜さんの横を並泳していた。……そして周囲の視線が凄い。


「そーいえば、ここに来てから目立っているのに、結茜さんのことバレていないね」

「きっと“幻の妹“がこんな場所に男連れで来ているとは思っていないでしょ」

「なかなか辛辣なことを言うね」

「だけどプールは変装なしで楽しみたいから、有難いと言えば有難いんだけどね」


 モデルである結茜さんは街中を歩くには、多少の変装をしないといけない。さらに学校でも変装しているから、誰にも気付かれることなく素の自分を出せるのは幸せなのかもしれない。


「それじゃあ、目一杯楽しまないとだね!」

「もちろん、久しぶりのプールだから楽しむ気満々だからね!!」


 俺は頷き、ゆったりと流れに身を任せた。


 半周が終わり、残り半周になったところで、結茜さんが口を開いた。


「ここまで流れてきたけど、浮き輪ボートに乗ってのんびり過ごすの楽しそうだよね」

「日焼けは怖いけど、ゆっくり出来そうだよね」


 この半周でボート系の浮き輪をいくつか見かけた。有名なバナナボートや水上ハンモック、さらに場所を取る貝殻の浮き輪。どれも流れに身を任せながら回っていた。……まあデカすぎて少し邪魔になっていたのもあったけど。


「日焼けに関しては日焼け止めを塗れば問題はないよ。問題があるとしたら、この人混みの中で堂々と上に乗る自信があるかどうかだね」


 確かに休日だから人はかなり多い。

 だけど結茜さんなら気にせずに、堂々と浮き輪ボートに乗りそうだなと思ったけど、それは口に出すことはやめた。


 ……それを言って、何を言われるか分からないから、余計なことは言わない方が賢明だよね。


「確かにあそこまで大きいと迷惑になりそうだし、少し恥ずかしさが出てくるよね」

「雪翔くんが乗ってくれたら、私も乗ってあげてもいいけどね〜!」

「いやいや、先に乗りたいって言ったのは結茜さんなんだから、結茜さんが先でしょ!?」

「……」

「……」


 少しの沈黙の後、俺たちは微笑した。


「ここで揉めた所で現物がないから意味ないよね」

「もし現物があったとしても、鬼頭さんが我先にと乗りそうな未来が見えそうだけどね」

「確かに! それで佐伯くんも巻き込まれて、二人で仲良く乗るというね」

「あり得るね」


 鬼頭さんと佐伯くんの力関係は色々とあるけど、最終的には佐伯くんが負けて乗るんだろうな。


「そうそう、貝殻ボートと言えば、最近はナイトプールでSNS映えするらしいんだよね」

「ナイト…プール?」


 ナイトは夜だから、夜に行くプールのことか?

 何だから危険そうな匂いがするな。


「それは危険じゃないの?」

「確かにナンパとかは多いいかもしれないけど、かなり人気でモデルの人達も行っているんだよ」

「それで結茜さんも行こうと思っていると?」

「まあ行きたいとは思っているけど、基本的に年齢制限で行けない場所が多いいから難しいね」

「そう…なんだね」


 それを聞き、少しホッとした。

 深い意味はないけど、結茜さんがナイトプールに行くのは何故か嫌な気持ちになったからだ。

 ……一緒に行く分には問題はないけどね。


「それに今年に関しては予定が沢山埋まっているから、ナイトプールは諦めているから」

「だよね。 俺もここまで夏に予定が埋まっているのは初めてだよ」


 中学時代は家に引き篭もっているか、アニメやゲームのイベントに参加していたくらいだ。

 ここまで友達と出掛けるイベントは高校生になって初めてと言っても過言ではない。


「あのさ…もし———」

「委員長〜!! 御影くーん!!」


 結茜さんが何か言おうとした時、先にプールサイドに上がっていた鬼頭さんに声を掛けられた。


 俺は鬼頭さんに小さく手を振りながら、結茜さんに視線を戻した。


「さっき何か言い掛けていたけど、何を言おうとしていたの?」

「……何でもないから気にしないで」


 結茜さんはプールサイドに上がり、鬼頭さんと合流した。


「(一体、何を言いたかったんだ…?)」


 そんなことをボソッと言いながら、俺も三人がいるプールサイドへと上がった。

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