第56話

「明日から夏休みになりますが高校生らしい態度を心掛けて楽しんでください」


 全校集会にて校長先生の長い話と教室で担任による話を終え、夏休みを迎えた。  


 ちなみに期末テストの結果だが、全教科赤点を回避し、無事に補習に行かずに済んだ。

 ……結茜さんがいなかったら、英語と物理はほんと危なかった。


 さてと、結茜さんに一言声を掛けてから帰るとするか、


「雪翔くん、ケーキバイキング行かない?」


 と立ち上がった瞬間、結茜さんが俺の所に来て、笑顔で提案してきた。


「突然だね」

「夏休みを迎えたし、夏休み期間中はイベントが多いいから今から行くしかない!」

 

 確かに夏休みはイベントが多い。

 一つが鬼頭さんたちとのプール。

 もう一つが結亜さんたちとの海水浴。

 今のところ予定はないが、もしかしたらお祭りに行くかもしれない。


 ……だからと言って、今からケーキバイキングに行こうとは普通に考えたらならないよ。


「夏休みとか関係なく、普通に結茜さんがケーキを食べたいだけでしょ?」

「そ…そんなことはないよ」

「目が泳いでいるよ」

「と・に・か・く、ケーキバイキングを食べに行くから早く準備をして!」

「……はいはい」


 渋々返事をしながら、俺は鞄に残りの荷物をしまい、結茜さんと共に下駄箱に向かった。



 学校を出て数十分、結茜さんの案内で駅前にあるケーキ屋さんやって来た。


 既に夕方にも関わらず、店前にはお客さんの列が出来ていたのだが気になるのは———並んでいるお客さんがほぼ女性という事だ。

 

 店内を除けばちらほらと男性客は見えるが、それでも肩身が狭いと思ってしまう。


 そしてもう一つ気になるものがある。それは店前に出ている看板だ。そこには【カップル限定のケーキセット】と書かれていた。


「俺の勘違いならいいんだけど、あそこの看板に書いてあるのが目当てだったりする?」


 看板を指差しながら、結茜さんに聞いた。


「なんのことかなー? 私は夏休み開催記念でケーキを食べに来ただけだよ」


 淡々とした口調で結茜さんは返答してきたが、こちらに視線を合わせようとはしなかった。


「それよりも早く並ばないと順番が遅くなるよ!」

「う…うん。 とりあえず、列に並ぼうか」


 早速、俺たちは列に並んだ。

 見た感じ列には六組いて、そのうち前にいる二組は話している間に並んだ人達だ。


「もう雪翔くんの行動が遅いから、先に並ばれて順番が回ってくるのが遅くなったじゃん〜」

「それはごめんって。 こっちにも色々と複雑な事情があったからさ」

「カップルの文字や女性客にビビっていただけでしょ〜? 男ならもっと度胸を付けないとダメだよ!」

「度胸はあるつもりなんだけど…」


 もし度胸が無かったら、結茜さんが襲われていた時に一歩も動けずにいただろう。

 そしたら結茜さんとは交友関係が生まれずに、寂しい高校生活を送っていたかもしれないな。


「それよりも、今日は不良美少女モードにはならないんだね」


 このままだと俺だけ不利な話になると思い、話題を変えることにした。


 すると、結茜さんは頬を膨らませた。


「あのね…こんな人混みが多い所で本来の姿を解禁したらどうなるか考えてみなさい?」


 結茜さんは中腰になりながら人差し指を立てた。


「騒ぎになる?」


 そう答えると、結茜さんは頷いた。


「そう、騒ぎになるのよ。 もちろん、ケーキバイキングは普段の姿で食べたい気持ちはあるのよ? こんな真面目な雰囲気だとケーキバイキングには似合わないだろうし」


 列や店内にいるお客さんの服装に視線を向けながら、結茜さんは呟いた。


 確かにお店に来ている人(女性)はほとんどの人がお洒落な格好をしている。いまの結茜さんの様に真面目な雰囲気の人は一人も見当たらない。


 そして少数の男性客もまたお洒落な格好をして店内で食事をしていた。……まあ彼女とのデートや女友達とのお出掛けの途中なら当然だけど。

 そして俺はというと———制服なのは当然だが、髪型とかは整っていないので少しボサボサだ。


「それを言ったら、俺もこのお店の雰囲気に合わないよ。 店内に入った瞬間に浮くよ」

「大丈夫だよ。 雪翔くんの雰囲気なら、浮くこともないし恥ずかしい所もないから!」

「現役モデルの人にそう言ってもらえるのは嬉しいけど、その現役モデルが自信が無いって…」

「モードチェンジによる代償かな?」


 結茜さんは苦笑した。


「そんな代償があったら、仕事の時にかなり厄介になってくるでしょ」

「仕事の時は代償なし。 プライベートの時は代償あり。 この考えを頭に入れておいてね!」

「つまり、今までの話は全て嘘だったと?」

「それに関しては黙秘させていただきます」


 結茜さんは指をバッテンにして口元に添えた。


 まったく…。プライベートの時にあって、仕事の時はないとか普通はあり得ないと思うんだけど。

 だけど、これ以上問い詰めても何も答えてくれなさそうだし納得するしかないか。


「分かった。 その考えを頭に入れておくよ」


 そう答えると、結茜さんはサムズアップをしながら優しく微笑んできた。


 そして五分程経ち、順番が回ってきたので俺たちは店内へと入店した。

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