第三章

第49話

 季節が夏に移り変わっていく七月。

 私はお姉ちゃんと一緒にトレーニングジムに来ていた。このトレーニングジムは会員制になっていて、会員のほとんどが芸能関係者ばかりになる。


 そして更衣室でトレーニングウェアに着替えていると、お姉ちゃんが話し掛けてきた。


「このジムに来たの久しぶりだよね?」

「二ヶ月振りかな? 会員にはなったけど、頻繁には行こうとは思わないんだよね」

「そんなおサボりの結茜ちゃんが来たなんて…一体何があるのかしら?!」


 そんな期待するような目を向けられても、お姉ちゃんにはつまらない話だと思うけどな…。


「何もないからね。 ただ単純に生徒会役員選挙の時に溜まったストレスを発散しにきたの」

「家でも落選する為に色々と考えていたもんね〜 とりあえず、望み通りの落選でよかったね」

「計算通りよ」

「それで他にも理由はあるでしょ〜?」


 お姉ちゃんの勘の良さには、いつも驚かされるな…。確かにストレス発散は建前だ。

 ただ本当のことを言うのは気が引ける…。


「理由はあるけど言いたくない」

「え〜 なら、お姉ちゃんが結茜ちゃんの秘密を解いちゃうよ〜!」

「秘密なんだから解ける訳ないよ」


 そう言い切り、私はテキパキと着替えを終わらせて鞄から飲み物を取り出した。ジムでは飲み物は必要不可欠だ。運動したら汗が出て、体の中の水分が足りなくなる。これで水分補給をしなかったら、脱水症状を起こして周囲の人に迷惑になる。


 ということで、運動前にお気に入りのスポーツドリンクを一口含んだ瞬間、ずっと考えていたお姉ちゃんが口を開いた。


「分かった! この前の水着と関係あるでしょ?」


 その台詞を聞き、私は思わずむせてしまった。


「その反応を見るに当たっているようだね!」

「半分は正解。 だけど、よく水着関係だと分かったね。 私、一つもヒントをあげていないのに」

「そんなの分かるに決まってるいるよ〜」


 お姉ちゃんは左手を頬に添えて、「だって」と言葉を続けた。


「雪翔くんを驚かせようと秘密裏に買っていた水着を着るにはもう少しスタイル絞りたいもんね」

「うっ…」

「その反応は当たったようだね!」


 お姉ちゃんは「やったー!」と言い、鼻歌をしながら着替えを終わらせた。


「それじゃあ、着替えが終わったからトレーニングルームに移動しようか」

「そ、そうだね」


 私たちはロッカーの鍵を閉めてから、トレーニングルームへと移動した。



 トレーニングルームに着いた私たちはすぐに機器には行かず、端の方で準備運動をしていた。

 この準備運動を疎かにして機器で運動を始めると、思わぬ事故に繋がる可能性があるので大事。


 私たちは軽く準備運動を終え、最初にフィットネスバイクに乗ることになった。


 そして設定を終えて、徐々に漕ぎ始めると横にいたお姉ちゃんが再度話し掛けてきた。


「それで話の続きだけど、秘密裏に買った水着は海とかプールでは着てほしくないな〜」

「それだと買った意味がないんだけど?!」

「だって、結茜ちゃんが変な男にナンパされて連れて行かれたら…考えただけで恐ろしいわね」

「お姉ちゃんの脳内はどうなってるの?」


 そもそも、私がナンパ男について行くわけないじゃん。それに雪翔くんが守ってくれるはずだし。


「私は常に結茜ちゃんのことを考えているよ! だからこそ、その水着は雪翔くんにだけ見せるべき!」

「お姉ちゃん、それだと話が矛盾しているよ。 海やプールでは着るなと言いながら、雪翔くんには見せるべきって…どこで見せるの?」

「もちろん、家に招待して見せるんだよ!」

「………っん?」


 水着を見せるために家に招待する?別に家に来ることに関しては問題はないのだけど…家の中で水着になって見せるのは———とても恥ずかしい。


 そもそも家で水着姿(少し過激)になって、男の子の前に出るとか———こっちの方がかなり危ないでしょ!? まあ雪翔くんだから何もしないとは分かっているけど…それはそれで色々と複雑ではある。


「結茜ちゃんの気持ちはよーく分かるよ。 お姉ちゃんがいたら雪翔くんといい雰囲気になれないよね」

「ちょっと、お姉ちゃん何を言っているの?!」

「だから、お姉ちゃんは考えました。夏休みの一日だけお姉ちゃんは雪翔くんの家に行き、雪翔くんは私たちの家に泊まることにしようと」

「その結論になる理由が分からないんだけど?!」

「これなら結茜ちゃんと雪翔くんはいい雰囲気になって、少しは進展できるかもよ〜?」


 話の内容は飛び抜けているけど、お姉ちゃんの作戦を有り無しで言ったら、かなり有りな方ではある。これで雪翔くんとの関係性が少しでも進展をしたら———って、私は何を考えているんだ!!


「進展云々は置いておいて、それを雪翔くんが了承してくれるか分からないよ?」

「その辺に関してもお姉ちゃんに任せなさい! 紫音ちゃんにも伝えて、作戦を立てる予定だから」

「あはは…そうなんだ」


 これは確実に実現するんだろうな。

 この件に紫音ちゃんが関わる時点で、もはや不可能という文字は消えたようなもの。雪翔くんは紫音ちゃんにかなり甘い所もあるし、お願いされたら断れないんだろうな〜。


「だからこそ、今日はいつも以上に頑張ってトレーニングをしないとだね!」

「そんな不純な動機でやるのは嫌だから、モデルの仕事に活かせると思いながらやるよ」

「それでもいいよ! 寧ろ、さらにモデルの仕事が大成功するかもしれないしね!」

「どっちにしろ不純な動機に近いね」


 私は苦笑して、フィットネスバイクをひたすら漕ぎ続けた。そして15分程漕ぎ、私たちはランニングマシーンへと移動した。

 

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