第48話

「にへへ〜 羽衣結茜ちゃんが目の前にいる〜」

「あゆみ…生徒会長がそんな顔をするな」


 椅子に座ってから高瀬先輩は目の前にいる結茜さんのことをずっと眺めていた。それに対して海野先輩は頭を抱えながら、高瀬先輩の行動に頭を悩ませていた。


(生徒会長のイメージがどんどん崩れていく)


 生徒会長の高瀬先輩とは出会ってからまだ数週間程度なのだが、真面目でカッコいい先輩だと思っていた———そう思っていたのだが、目の前の光景を見せられたら、もう苦笑するしかない。


「本物を目の前にして、顔をニヤけさせるなと言われる方が無理だから」

「そ…そうか。 だが、とりあえず中之庄が困っているから見つめるのは一回やめような」

「え〜 困っていないよねー?」

「その…プライベートの時に目の前で見つめられるのは困りますね」

「だとさ」

「うぅ…結茜ちゃんの意見を尊重しますよ」


 高瀬先輩は頬を膨らませた。


 すると、結茜さんが小さくため息をついた。


「まさか生徒会長にまで正体がバレるなんて…しかも私たち姉妹のファンだったとは」

「その格好で学校に登校すればと言いたくなるほどのバレかたをしているよね」

「本当だよね… 鬼頭さんの時も不意打ちだったし、もう少し気を付けないとだね」

「そうだね」


 気を付けるとしても教室の鍵を閉めるとかしかないんだけどね。……密室だから何か起こりそうだとは、俺は何も思っていないからね。


「それで話を元に戻すけど、中之庄さんの雰囲気が違うことを教えてくれるかな?」

「その…簡単に言うことは可能なんですが、あまり理由を言いにくいといいますか」

「分かったわ! 結茜ちゃんが言いたくないなら、私たちはこれ以上何も聞かないわ!!」

「それは容認できないな。 例え、あゆみの頼みだとしても、中之庄さんは生徒会役員選挙の立候補者だったからね」

「もう麻里ちゃんは頭が堅いよ〜!!」


 高瀬先輩は海野先輩の腕をポカポカと叩き、海野先輩はジト目を向けながら余裕で止めていた。


「それで理由は聞かせてくれるかな?」

「分かりました」


 結茜さんは深呼吸をし、海野先輩の方に視線を戻した。そして言葉を続けた。


「私、学校では羽衣結茜としては目立ちたくないのです。もし目立つようなことがあれば、きっと他の女子から嫉妬の目を向けられると思うからです。なので、学校では真面目な委員長の格好をしているのです」

「そうだったのね… 結茜ちゃんが色んなことに悩んでいたなんて、生徒会長として何か———」

「あゆみは一旦黙っていようか」


 海野先輩は高瀬先輩の口を塞いだ。


「だけど、この教室では委員長モードと言ったかな?そのモードは解除しているらしいな」

「はい。 放課後の雪翔くんとの会話の時だけは解除しています。ずっと委員長モードをしていると疲れてしまうので」

「なるほど。 とりあえず空き教室の無断使用に関しては大目に見てあげよう。これからも使ってもいいが、片付けなどはしっかりとするようにな」

「「はい!!」」


 この一言だけでも有り難いことだ。

 もし空き教室を使えなくなったら、これから結茜さんとの時間がほぼ無くなることになる。


 ……家に呼ばれることは滅多にないし、逆に俺が家に呼ぶのは少し恥ずかしくて言い出せない。だからこそ、学校で会うのが一番なのだ!!


 そう安堵していると、海野先輩が予想外の質問してきた。


「それで私たち以外にも中之庄さんの正体を知っている人はいるのかね?」


 俺は結茜さんの方に視線を向けると、結茜さんもこちらの方に視線を向けていた。そして数秒見つめ合うと結茜さんはこくり、と頷いた。


(これは俺から伝えてほしいってことか)


 そう解釈した俺は海野先輩に視線を向けた。


「二人います」

「案外、秘密を守れていないじゃないか」

「この二人に関しても不可抗力なんですよ」

「君たちも大変なんだな。 それで二人というのは誰かね?」

「鬼頭静香さんと佐伯七音くんです」

「あー、書記に立候補していた子か。 あの子もあと少しだったけど惜しかったな」

「そうですよね」


 海野先輩の言う通り、鬼頭さんも生徒会役員選挙にて落選した。投票数的には僅差だったので、鬼頭さんは一日中暗い表情をしていた。


「私は鬼頭ちゃんや結茜ちゃんに生徒会に入ってほしかったんだけどね〜」


 海野先輩の拘束から抜けた高瀬先輩が呟いた。


「鬼頭さんに関してはいいとしても、中之庄さんの方にはあゆみの私利私欲だろ?」

「そんなことはないよ? 中之庄さんが羽衣結茜だと知る前から生徒会として欲しいと思っていたし」

「本当に?」

「本当だから〜!! だからこそ、選挙など関係なく生徒会に入らないかな?」


 おい、生徒会長さん。

 これだと演説と選挙をした意味がなくなり、生徒会長の独裁国家になりますよ。


 まあそんなことにはならないか———


「そんなことは認められないからな」

「痛〜い」


 案の定、副会長の海野先輩が高瀬先輩の頭にチョップをくらわした。

 高瀬先輩は半分涙目になりながら頭を押さえ、海野先輩の方に視線を向けた。


「生徒会長が独断と偏見をしたら、この学校の秩序が崩れるだろ」

「そうなんだけど、結茜ちゃんは優秀だし…」

「だとしても、生徒会長の個人では生徒会メンバーを決めることは出来ないからね」

「………ごめんなさい」


 不服なのか頬を膨らます高瀬先輩。


「これ以上いたら、あゆみがまた何かしでかしそうだな。 私たちはこれで帰らせてもらうよ」

「あっ、はい」

「分かりました」

「ほら、生徒会室へと戻るぞ」

「嫌だ〜!!」


 高瀬先輩は駄々を捏ねながら、海野先輩に無理連れてかれて空き教室を出た。


 そして見送った俺たちは一旦飲み物で口の中を潤し、お互いに視線を向けた。


「私、生徒会長のイメージが変わったかも」

「俺もイメージが変わったよ」

「あとこれは予想なんだけど、絶対に生徒会長はここにまた来るよね」

「予想ではなく、現実的に起こりそうだな」


 そんな話をしたあと、俺たちは最終下校時間ギリギリまで落選お祝いパーティーをしていた。


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