第50話

 ランニングマシンで走り続けて30分が経った。

 この30分間はお姉ちゃんからの質問は一つもなく、ひたすら走ることに集中することが出来た。


 そんな矢先、お姉ちゃんが話し掛けてきた。


「そろそろお昼の時間だけど、何か食べたいものはあるー?」

「もうそんな時間になったのか〜」


 確かにジムに来たのは11時前後だったから、お昼の時間になってもおかしくはない。

 それにしても運動してすぐにご飯を食べる気はしないけど、軽めな物なら食べれそうかな。


「私は胃に負担が掛からない物がいいかな」

「それなら会員制レストランに行こうか」

「会員制…レストラン?」

「そう、このジムに登録している人なら誰でも入れるレストランなんだよ!」

「そんなのがあるんだ。 なら、そのレストランでいいよ」

「それじゃあ、目と鼻の先だから行こう!」

「はいはい」


 ということで、私たちはレストランに向けてジムを出た。後程、ジムに戻る予定なので格好はそのままだ。


 そして向かうこと数分。レストランに無事に着いたのだが———


「さっき目と鼻の先って言ってたよね?」

「うん、だから目と鼻の先だったでしょ」

「ど・こ・が!!」


 目と鼻の先と言うからジムを出てすぐだと思ったら、まさかのエレベーターに乗るというね。……これは距離があるよ。


「結茜ちゃんが怖い視線を向けてくるよ〜」

「そんな視線は向けていません。 そんなことより、早く中に入ろうよ」

「むぅ〜 仕方がないな」


 そして私たちはレストランの店内に入った。


 店内に入ると店員さんに席に案内をされた。

 席に座り、周囲を見渡すとテレビとかで見たことある芸能人が数人いるのが分かった。


「(お姉ちゃん、周囲にいる人達有名人ばかりだよ。 私、場違いな気がするんだけど)?」

「大丈夫よ〜 結茜ちゃんだって立派な有名人なんだから、全然場違いではないよ」

「(ちょっと、声が大きいって!!)」

「そんなことを気にしなくても、私たちの話は誰も聞いていないわよ〜 そんなことより早く注文しよ」


 ほんとお姉ちゃんは危機感がないな…。いつどこで誰が話を聞いているか分からないからこそ、気を付けないといけないのに。


 そんなことを思いながらメニューを見て、店員さんを呼び、軽めの食事を注文した。

 そして注文をしてすぐに飲み物が運ばれてきて、私は一口啜っているとお姉ちゃんが口を開いた。


「そーいえば、一日体験の雑誌の発売がもうすぐ発売になるね!」

「あれ…? もう発売日になるっけ?」


 撮影したのは一ヶ月前くらいだったはずで、発売日は二ヶ月後くらいだと思ったんだけど———私の見間違いだったかな?


 最近色々ありすぎて、発売日の日程の事とか忘れているな…。


「もう結茜ちゃんが忘れたらダメでしょ! 雪翔くんに献本を渡さないとダメなんだから!」

「雪翔くんの家にも献本が届くのでは?」

「届かないよ。 雪翔くんの分も私たちの家に届くようにしておいたから!」


 余計なことを…。いや、余計なことではないけど、うぅ…もやもやする。


 お姉ちゃんはサムズアップをした。


「私って、とっーても優秀だよね」

「どこが優秀なんだろうね」

「結茜ちゃんが雪翔くんとの話せる回数を増やせるように、話題作りをしてあげているんだから」

「そんなことをしなくても、私は私自身で雪翔くんと話をしていますからね」

「ほんとかな〜」

「これでも、かなり私は努力しているの!」


 すると、料理を運んだ店員さんがやってきた。

 店員さんは私達の前に料理を並べ、確認を終えると一礼をして厨房へと戻った。


「美味しそうだね」

「結茜ちゃんのも美味しいそうだよね〜」


 料理の話題に変えることに成功したので、お姉ちゃんと共に挨拶をして食事を始めた。


 食事を進めていると、近くの席にいた女性二人の会話が聞こえてきた。


「あれから数年経ちましたが、まだ結婚の話は出ないのですか?」

「結婚の話は数年前に出たけど、その先はまだないね〜 お互いに仕事が忙しいから」

「忙しいって… 彼は貴方のマネージャーなんですから、寧ろタイミングが合うのでは?」

「そうは言っても、高校時代とは訳が違うからなかなか難しいんだよ」

「周囲の人達に秘密にしていた時の方が、貴方達は楽しそうでしたよね」

「いまも世間には秘密だけどね! でもあの時間はとても楽しかったね〜」

「とりあえず、あのヘタレを何とかして焚き付けないといけませんね」

「こーゆうの、何だか懐かしいね!」

「そうですわね」


 話の内容を聞くに、二人の内一人はマネージャーの人と付き合っているのか。そしてマネージャーとは高校時代の同級生?で秘密の恋をしていたと———恋愛漫画じゃん!!


「ねぇねぇ、あそこの女性の話していたことがまるで恋愛漫画みたいな話だったね〜」

「ほんと現実にもあるんだね」

「あら、結茜ちゃんだって恋愛漫画みたいな恋をしようとしているじゃない?」

「………どこが?」


 私は首を傾げた。


「雪翔くんに恋愛感情込みの好意を向けながらも、自分では認めたくないこととか」


 あと雪翔くんの鈍感さかな、と言葉を続けた。


「待って、私は恋愛感情はないからね!!」

「ふ〜ん。 なら前にも言った通り、私が雪翔くんを狙ってもいいんだね〜?」

「そ…それは」

「あれれ〜? 恋愛感情がないのなら、別にお姉ちゃんがアタックしても問題ないよね?」

「それはダメ!! 上手く言葉では表せないけど、お姉ちゃんに取られるのはやだ!!」

「仕方がないな〜 だけど、あまりうだうだしていたらお姉ちゃんがアタックするからね〜?」

「うぅ…」


 お姉ちゃんは「楽しみだな〜」と言いながら、料理を一口口に運んだ。……うだうだしなくても、これはアタックするつもりだろ。


 もしかしたら、今年は私にとって勝負の夏になるのかもしれない。ライバルはいないけど、一番の敵は己自身になりそうだな。


(頑張れ、私)


 自分に鼓舞し、私も料理を食べた。

 頼んだ料理は運動した後の胃に負担がなく、とても美味しかった。

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