第45話
今日から各教室を巡って当選する為のアピール期間が始まった。他の候補者たちは襷や旗を作って全力アピールをしているのだが、結茜さんはそれらを何一つ作っていなかった。
実際、落選しようとしているから目立つようなことを避けるのは当然なんだけど、流石にイメージダウンになりそうだよ…な。
そして現在、俺と結茜さんは一年生の教室を巡るために、一組の教室の前にいた。二年、三年の教室も回るつもりではいるが、それは一日では不可能なので日を分けて回るつもりでいる。……落選するつもりなのにね。
「いよいよ教室巡りが始まったけど、ちゃんと公約は考えてきた?」
「一応、公約は考えてきたけど…明らかに真面目に考えすぎた感があるんだよね」
「あれだけ興味が引かない公約を考えると言っていたのに、結局真面目な公約になるんだね」
「とりあえず選んでもらった手前、下手なことは言えないから妥協したんだよ」
まあ結茜さんらしいって言ったら、結茜さんらしいんだけどね。それがいい所でもある。
「それでどんな真面目な公約になったのか聞かせてほしいんだけど?」
「だーめ! どうせすぐに聞けることになるんだから、その時までの楽しみしてて! 一応補足として、真面目な公約とは言ったけど、あまり期待はしないでね!」
「分かった」
それにしても、なかなか俺たちの番が回ってこないな…。 先程、俺たちは一組の教室前にいるといったが、それは前にいるだけ。まだ中には入ってはいない状況なのだ。
現在、一組で演説しているのは鬼頭さんと佐伯くんのペア。俺たちが来た時には既に中にいて、かなり盛り上がっている声が聞こえていたのだが…
「鬼頭さんたち長すぎる」
「ふふふ、そう言わないの! 鬼頭さんは私と違って本気で当選したいと思っているんだから」
「確かに演説の内容を聞く限りかなり真面目そうだし、掴みもいい感じだから本気度を感じるよ」
さっきから教室内から歓声や笑い声が度々聞こえてくるので、それを聞いてさすがカースト上位の一人だなと思った。
結茜さんは教室内を見ながら口を開いた。
「私には鬼頭さんのように盛り上げるようなことはできないや」
「そんなことはないよ。 結茜さんだって盛り上げようと思えば、盛り上げることはできるよ」
「雪翔くんは私のことを過大評価しすぎだよ〜 」
「そんなことはないさ」
だって、貴方はモデルでは“幻の妹“と言われている羽衣結茜なんだよ。そして羽衣結茜はかなりの盛り上げ上手だと、以前雑誌で書いてあったのを俺は記憶している。……だからこそ、俺は結茜さんならできると信じていた。
そして教室のドアが開いて、鬼頭さんと佐伯くんが話をしながら中から出てきた。
「七音、私の演説どうだった?」
「バッチリだったと思うよ。 出だしの掴みも良かったし、何より静香らしい公約もいいね」
「100パーセント、私の私利私欲の公約にはなっているんだけどね」
「それでも皆んなからの評価があれば、何も問題はないさ」
「そうだよね———あっ、委員長!!」
そして俺たちに気付き挨拶をしてきた。
「委員長たちもこれからアピール演説するの?」
「えぇ、そのために鬼頭さんたちが終わるのを回っていたのよ」
「それは悪いことをしたね! 思ったより盛り上がってオチが見つからなくてね〜」
「廊下にいる私たちにも、その盛り上がりは聞こえてきたよ」
「これで私の当選確実は目に見えたものよ!」
鬼頭さんは胸を張り、そしてドヤ顔をした。
「てことで、委員長も手を抜かずに真面目にアピールをしてね!」
「もちろん、アピール演説は真面目にするわよ」
「静香、そろそろ次の教室に行かないと昼休みが終わってしまうよ」
佐伯くんが時計を見ながら、鬼頭さんに話し掛けた。その言葉を聞き俺も時計に目を向けると、既に昼休み始まってから15分は過ぎていた。
「俺たちもアピール演説を始めないと、全てのクラスを回るのが難しくなるよ」
「(まあ…それならそれで私的には嬉しいんだけどね)」
結茜さんは俺にだけ聞こえる声で、ボソッと本音を呟いた。……やる気のなさが垣間見える。
それに反応するかのように、鬼頭さんが結茜さんに首を傾げながら聞いてきた。
「ん…? 委員長何か言った?」
「いや、大変だよねって言ったんだよ」
「ほんと一大事になりかねないから、私たちは次のクラスに行くね! 二人とも頑張ってね!」
「あ、ありがとう」
そう言って、鬼頭さんと佐伯くんは隣のクラスへと消えていった。
「私たちも中に入ろっか」
「そうだね」
そういって、俺たちも教室内へと入った。
中に入ると、昼休みということもあり人がまばらになっていたが、これでも普段よりかは多い方だと思う。中学校と違って給食がないので、まばらになるのは承知の上だ。
そして結茜さんは教室内を一通り目を通すと、一つ深呼吸をしてから口を開いた。
「この度、生徒会役員選挙にて会計職に立候補することになりました中之庄結茜と言います」
結茜さんが挨拶をすると、教室内にいた人達が拍手をした。
「私が会計職に当選しましたら、部費などを統一できるようにしたいと考えています。一介の会計職には力はないと思いますが、生徒会長や学校側を説得して実現したいと思っています」
なるほど。確かに会計職に就けば、それらのことはやろうと思えばできるな。だけど、この公約には賛否が分かれそうだな。
賛成派としては文化系の人達にとっては、これは嬉しい公約になる。文化系の部活は万年金欠と言われるほど、部費がほとんど出してもらえない。逆にスポーツ系の部活に関しては設備費用とかで部費が沢山出される。……漫画やアニメであることは、現実にもあるんだよな。
実際、拍手が先程よりも少なくなっていた。
……スポーツ系の部活だと目に見えるな。
「是非とも宜しくお願いします」
「よろしくお願いします」
結茜さんが挨拶をしたあとに、俺も挨拶をしてお辞儀をした。
そして俺たちは一組の教室を出た。
「一つ目のクラス終わった〜!」
「お疲れ様。 それで公約を聞いた感想だけど、賛否が分かれそうだなって思ったよ」
「まあ、賛否が分かれるような公約を考えたから、雪翔くんがそう感じてくれたなら作戦成功だね!」
「そ…そうなんだ」
数十分前に『真面目な公約を考えた』と言っていたけど———「どこが真面目な公約なんだ?」とは言えないので、ただ苦笑しながら頷くことしかできなかった。
それから残りのクラスでも同じようにアピール演説をして、ギリギリ昼休み内で一年生のクラスを回り終えた。
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