第32話
◇ side 雪翔 ◇
警察署で数時間の取り調べを終えて、自宅に帰宅した時には午後21時半を回っていた。
「お腹空いたね〜 何か軽めの軽食を作るね」
「紫音も疲れているのに悪いな」
「お兄ちゃんのカッコいい姿を見れたから、そんなこと気にしなくていいよ」
「そ…そうか。 なら、座って待っているよ」
紫音はサムズアップして、台所へと向かった。
(それにしても、なかなか濃い一日だったな)
そう思いながら、一日を振り返ってみた。
撮影体験でプロのヘアメイクさんのメイクで新しい一面に変身できたけど、まさか午後に女装することになるとは思わなかったけど…。
「はい、紫音ちゃん特製のおにぎりだよ!」
自分の女装姿に苦笑をしていると、紫音が目の前におにぎりを乗せたお皿を置いてきた。
(それにしても、特製と来ましたか…)
紫音が料理名に特製を付ける時は、まともな料理の場合と博打料理の二択が多い。
さて…今回はどっちだ。
「ほら、遠慮せずに一口食べなよ〜 何を怖がっているのかな、お兄ちゃん〜?」
「怖がっていないし。では…いただきます」
俺はおにぎりを一口齧った。
こ…これは?!
「う…美味い!! 博打料理ではない…だと?!」
「こんな疲れた日に博打料理を出す訳ないじゃん。美味しいご飯を食べて、英気を養わないと!」
「そうだよな…うん、俺が悪かったよ」
「理解してもらえて何よりだよ」
妹の癖に何様のつもりだよ…(苦笑)
だけど、このおにぎりは本当に美味しいな。
中に入っている鮭フレークが程よい塩味により、白米との相性が抜群だ。
そうして食べ進めていると、紫音がふと思い出したように「そーいえば」と言い、質問してきた。
「さっき、お兄ちゃんのカッコいい姿を見れたって言ったけど、あの姿を目の前で見た結茜お姉ちゃんは絶対に惚れたよね」
それを聞いた瞬間、俺は驚きすぎて咽せた。
一旦お茶を飲み落ち着かせ、俺は紫音に視線を向けて口を開いた。
「急に何を言っているんだよ?! あんなことで惚れる訳がないだろ」
「お兄ちゃんは女心を分かっていないな〜 たったあれだけのことでも、惚れることはあるんだよ」
「結茜さんに限って、それはないでしょ」
ただでさえ、結茜さんに恋愛感情を持たせるのにどうすればいいのか悩まされているのに、こんな簡単なことでいいとか…ないでしょ。
「やっぱり…お兄ちゃんは馬鹿でしょ」
「なんで妹に馬鹿にされないといけないんだよ」
「それは自分で考えてね〜」
そのまま紫音は自分のおにぎりを頬張り、新しいおにぎりを作りにいった。
(それが分からないから聞いているんだろ)
そう思いながら、俺は残りのおにぎりを食べた。
◇◆
◇ side 結茜 ◇
「ただいま」
警察署にて詳しい話を終え、私は自宅へと帰ってきた。仕事は夕方に終わったのに、外は既に真っ暗になっていた。
(あれ…?いつもならお姉ちゃんが飛び出してくるのに、今日は飛び出してこない…な)
疑問に思いながら、私はリビングに向かうと、お姉ちゃんは静かに椅子に座っていた。
「お姉ちゃん…いま帰ったよ」
「お帰りなさい。 だけど結茜ちゃんがまた襲われそうになって、警察署に事情聴取に行くと聞いてから…とても心配したんだからね」
「心配掛けてごめんね。 だけど御影くんのおかげで、私は無傷だから安心して」
「そう…なのね」
お姉ちゃんは少し安堵の表情をした。
「それなら、雪翔くんにはお礼をしないとだね。結茜ちゃんを助けてもらったことだし」
「ふふふ。 御影くんにはお礼ばかりしているね」
「それだけ、雪翔くんが優しくていい子なんだよ」
「そうなのかもね」
「それじゃあ…詳しい話を聞きたいところだけど、一旦夕飯を持ってくるね」
お姉ちゃんは椅子から立ち上がり、キッチンで手際良く準備をし、夕飯をお盆に乗せて持ってきた。
(今日も美味しそうだな)
そして食事の挨拶をし、お姉ちゃんが先程の話の続きをした。
「それで何があったの?」
「撮影を終えた後、御影くんと楽しく話をしながら帰宅していたの。 それで公園に差し掛かった所で…以前襲ってきたおじさんが立っていたの…」
「そうなのね… でも結茜ちゃんが一人じゃなくて、本当によかったね」
「そう…だね。羽衣結茜のことを知られていたし、一人だったら勝ち目なかったね」
「仕事と名前のことを知られていたの?! そうなると、事務所に相談とかしないと」
確かに事務所に相談すれば、色々と対策を取ってくれるはず。だけど、あまり大事にはしたくない。
「この件に関して、私は大事にしたくないの。それに御影くんのおかげでおじさんは捕まったと思うから大丈夫だよ」
「確かに警察には連れて行かれたけど、注意喚起だけで解放されることが多いいんだよ?」
「証拠の動画も提出したから、解放されることはないと思うけど…?」
紫音ちゃんが撮影してくれた動画は、おじさんを捕まえるのに完璧な証拠となった。
そのおかげで御影くんも正当防衛と認められて、こちら側には何も罰はなかった。
……寧ろ、被害者だから当然だけど。
「でも、念には念をという言葉があるでしょ? だから、私から事務所には伝えておくからね?」
「…………分かった」
「という訳で、暗い話はここまでにして、結茜ちゃんの気持ちを聞こうかしら〜」
お姉ちゃんは手を叩いて暗い雰囲気を断ち切ると、ニコニコしながら言ってきた。
「私の…気持ち? 何のこと?」
「もちろん、結茜ちゃんが雪翔くんのことをどう思っているかだよ〜 そんなカッコいい姿を見たら、ドキッとしない女の子はいないよ〜」
「なっ…何を言っているの?!」
「だって〜恋愛漫画の定番みたいな状況なんだよ? 女の子が憧れるシチュエーションだよ? 私だったら、恋に落ちる何秒前になっているよ!」
「お姉ちゃんは専属モデルなんだから、恋愛に現を抜かしたらダメでしょ」
お姉ちゃんの言いたいことは分かる。
あの時の御影くんは後ろ姿だったけど、頼りになる背中でとてもかっ…カッコ良かった。
だけど、これが恋になるとは限らない。
こんな簡単に恋に落ちたら、私が簡単な女になってしまう気がする。……これが恋だとは絶対に認めたくない。
「結茜ちゃんのいじわる〜!! 私は結茜ちゃんと恋バナをしたいの〜」
お姉ちゃんは頬を膨らませた。
「別に意地悪はしていないし… それと恋バナをするなら、モデル仲間としてください」
「結茜ちゃんが冷たいよ…」
「いつも最後はそうなるけど、今回に限ってはまだその段階には行っていないので無理です」
「なら、その段階になったら、一緒に恋バナをしてくれるのね?」
今の言い方だと、そうなるのは当然だ。
だけどお姉ちゃんと恋バナするのは…色々と根掘り葉掘り聞かれそうで嫌なんだよな…。
……ここは誤魔化すしかない!
「結茜ちゃん?」
「最終的にはどうなるか分からないから、いまは何も答えられません」
「結茜ちゃんは堅物だね〜 まあ気長に待つけど、そろそろ名前で呼んであげてもいいんじゃない?」
確かに名前で呼ぶくらいなら…いいかな。
助けてもらったお礼ということで。
「一応、考えておくよ」
お姉ちゃんはニヤニヤしていたので、私の考えていることは筒抜けだと思うけど、それらを無視して夕飯を食べ進めた。
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