第31話

 おじさんが見えた瞬間、すぐに俺は臨戦対戦を取りながら結茜さんの前に立った。

 すると、おじさんはニヤニヤしながら話し掛けてきた。


「数ヶ月ぶりだね。元気にしていたかな」

「……」

「無視は良くないね。ここでは迷惑になるし、ゆっくり話せる場所に移動でもしようか」

「お前に着いていく訳ないだろ!」

「君には聞いていないから黙ってくれないかな? 僕はね、そこにいる羽衣結茜ちゃんに用があるの」

「(う…嘘。 何で私の名前がバレているの)」


 結茜さんは俺の袖口を掴み、そして震えながら小声で呟いた。


 確かに以前は名前はバレていなかった。だけど、今回に至っては芸名の方を言ってきた。本名の方の苗字がバレていないのは幸いだけど…。


(それにしてもストーカーおじさんが持つ情報はどこから仕入れているんだよ…)


 とりあえず、気を付けながら話を進めていくしかないな。


「名前まで調べをつけるなんて、さすがストーカーさんですね」

「俺がストーカー? 馬鹿なことを言わないでくれよ。俺は前回と今回の二回しか会っていないぞ」

「彼女の名前を呼んだ時点で、もうストーカー判定になるんだよ」

「(御影くん…あまり怒らせない方が…)」

  

 結茜さんの心配は分かる。

 俺がやっているのは、相手を怒らせて襲いかかるように仕向けているから。……正当防衛を取るには、相手から攻撃してもらわないとな。


(そうなると…証拠も欲しいな)


 危ないことはさせたくないけど、紫音を呼ぶしかないか…。安全圏から撮影してもらい、それを証拠に警察に見せれば俺は無実だ。そして今回はガチで警察を呼ぶ。


「(大丈夫だから安心して。 あと俺のスマホ渡すから、紫音にこの場所と現状、そして証拠録画を安全圏から撮るようと警察に連絡をメッセージに送っておいてくれない?)」

「(分かった)」


 俺はおじさんから見えないように、ズボンの後ろポケットに入っていたスマホを渡した。

 そして結茜さんは俺の影に隠れるようにして、スマホでメッセージを書いている。


「俺に隠れて、こそこそ話すなよ。 第一、お前は結茜ちゃんの何なんだよ!!」

「俺は…」


 こーゆう展開では「彼氏だ」と言うのが定番なのだが、俺にはその度胸がない。

 それか「友達だ」と言えば、相手から「立ち去れ」とか言われそうだな。


(だけど…結茜さんを守る為には度胸がないとか言ってられないな)


 よし…覚悟を決めた。


 俺はおじさんを睨みながら、言葉を続けた。


「俺は彼女の彼氏だ!!」

「はぁ?! 結茜ちゃんに彼氏がいるなんて情報はないぞ。 嘘を言っているんじゃねーぞ」

「正真正銘の結茜さんの彼氏だよ!」

「信じねーし」


 そう言うと、後ろにいる結茜さんに向けて、おじさんが声を掛けてきた。


「こいつの言っていることは本当なのかな、結茜ちゃん?」

「……」

「沈黙ということは、こいつが嘘を付いていると捉えてもいいね? それなら僕が助けてあげないとね」


 そしておじさんは少しずつ距離を詰めてきた。


(これはやばいな)


 そう思いつつ、結茜さんを守っていると、


「ほ……うです」


 震えた声が聞こえてきた。


「何だって? おじさんは耳が遠くて、よく聞き取れなかったな〜」


 嘘付け。いまの小声が聞こえているなら、かなり耳がいい方だぞ。


「彼の言っていることは…本当です。 彼は私の彼氏です!!」

「嘘だ…結茜ちゃんに彼氏なんているはずがないんだ…結茜ちゃんは“幻の妹“なんだから」


 嘘なんだけど———それよりもだ、やはり幻の妹のことまで知っていたか。まあ名前で調べれば、ネットに出てくるから、察しはついていたけど。


「貴方に私の何が分かると言うのよ。勝手な想像を私に押し付けないでくれる」

「これは俺の想像ではない…結茜ちゃん自身の現実なんだよ。———その男が結茜ちゃんのことを誑かしたんだね」


 うわぁ…もう手が負えないところまで来てるよ。

 もう一度、気を引き締めて臨戦体制に入っておこう…。


 すると、また結茜さんが小声で話し掛けてきた。


「(紫音ちゃんから連絡が来て、安全圏から撮影の準備できたって)」

「(報告ありがとう。 危ないから、俺の後ろに隠れていてね)」

「(分かった)」


 結茜さんを再度相手から見えないように隠すと、おじさんは片足を地面に何度も叩きつけた。


「また俺に内緒の話をしやがって… やっぱり、俺が結茜ちゃんの夢を覚ましてあげないとね」


 そして、おじさんは右手を握りながら俺に向かって走り込んできた。


 きた!!これで俺が一撃をもらえば、正当防衛として反撃ができる。……できるんだけど、その一撃が痛い時があるんだよな。


「俺は夢から覚めた結茜ちゃんと夜のデートをするんだから、邪魔をするなよ!!」

「くっ…」


 おじさんのパンチは俺の頬に当たった。

 体勢は崩さなかったが、口の中に血の味が広がってきたので、口内が少し切れたらしい。


「だ…大丈夫?!」

「問題はない。 だから距離を取って待っててね」

「………分かった。 信じているからね」


 これで結茜さんとおじさんにまた距離ができた。

 距離が出来たことにより、少し猶予も出来たことだし、ここから反撃とさせていただきますか。


 俺はおじさんを睨みつけた。


「ほう…俺に反抗的な目を向けるんだね。 その度胸は認めよう。だけど、君はここまでだよ」


 そしておじさんが再度殴り掛かろうとした瞬間、俺はおじさんの手を掴んだ。


「っな?! この俺のパンチを受け止めただと?!」

「数ヶ月前に逃げられてから、適度にジムに通っていたんだよ!今回は絶対に逃さないからな!」

「ガキが生意気なことを言っているんじゃねーぞ」

「そっくりそのままお返しするよ」


 おじさんは握られた手を無理矢理剥がそうとしたが、俺は対抗して握る力を強めた。


「どうやら俺は君のことを侮っていたようだ。先程の言葉は訂正するよ。君は強い」

「それはどうも」


 俺が返事をすると、パトカーのサイレンが段々と近づいて聞こえてきた。


 それと同時におじさんは眉間に皺を寄せた。


「やはり、お前は生意気なガキだな。 さっき殴られたのはわざとで、全ては時間稼ぎの為だったか」

「それもあるけど、俺が反撃する時の正当防衛の証拠を撮るためでもあるんだよ」

「正当防衛だと〜? どちらが先に手を出したかの証拠がないんだから、正当防衛にはならないだろ」


 おじさんは余裕の笑みを浮かべた。


 馬鹿め。こっちは全てを準備しているんだよ。

 なので、俺も余裕の笑みで返した。


「その笑みはなんだ。どうして余裕そうな———まさか、あるのか証拠が?!」

「ありますけど何か?」

「くそ…」


 突然、おじさんは左右に体を動かしてきた。


 こいつ逃げようと…。前回は逃げられたけど、今回に限っては逃げられるのはダメだ。

 もし逃走されたら、結茜さんが一人の時に襲われる可能性がある。


「離せ…」

「このまま、警察に突き出しますよ」

「こんなところで終わってたまるか…」

「残念だが、チェックメイトだ」


 そう宣言すると、公園の真横にパトカーが止まり、降りてきた警察官がこちらに向かってきた。


「通報を受けて来たのですが、大丈夫ですか?」

「私は大丈夫なのでが、彼が男の人に殴られて」


 やって来た警察官に俺が返答する前に、いつの間にか近くに戻って来ていた結茜さんが返答した。


「君、殴られたと聞いたけど…見た目は大丈夫そうだね」

「口の中を切っただけなので、身体的には問題はありませんよ」

「それで、その腕を掴んでいる男が通報にあったストーカーで間違いないのかね?」

「はい。 いまにも逃げそうなので、早く捕まえてくれると———」

「俺は何もやっていない。 このガキが急に俺のことを拘束してきたんだ」


 おいおい…。言い訳するとは思っていたけど、ここまで醜い言い訳をするとは…。

 ほら、警察官の人も困った顔をしているじゃん。


「えっと…そちらの方はこう言っているけど、実際はどうなのかね?」

「おじさんが言っていることは全て嘘です」

「嘘ではない。 俺が言っていることが真実だ」

「彼の言う通り、おじさんは嘘を言っています」

「な…何を言っているんだい?!」

「ここに証拠があります。 紫音ちゃん」

「はーい!」


 結茜さんに呼ばれると、安全圏にいた紫音が俺たちの元へやって来た。

 そしてスマホを操作すると、ある画面を警察官に見せた。


「この動画は?」

「一部始終の動画です」

「なるほど。 それでは拝見させてもらいます」


 警察官は紫音からスマホを受け取ると、その動画を見始めた。その間、俺が押さえていたおじさんは、もう一人の警察官に預けることになった。


 そして動画を見終えた警察官が一人で頷き、こちらの方に視線を戻した。


「先程の動画で裏付けが取れました。 君の言うことは本当のようですね」

「はい、嘘は言っていませんので」

「その動画だって捏造に決まっているだろ!!」


 捏造…って。俺や紫音にそんな高度な技術は持ち合わせていないし、この数十分でどうやって作るんだよ…。


「貴方の言い分は署の方で聞きますので、パトカーに連行を頼んだよ」

「はい!」


 おじさんは警察官によってパトカーへと連れていかれ、そのまま警察署へ向かった。もう一人の警察官は再度こちらに視線を移し、口を開いた。


「君たちにも詳しい話を聞きたいから、少しだけお時間をもらえるかな?」

「分かりました。 結茜さんも大丈夫?」

「一応、お姉ちゃんには電話をしないといけないけど、大丈夫だよ」

「紫音は———」

「聞かなくても分かっているでしょ〜! もちろん、着いて行きますよ!」


 紫音の場合は取り調べを楽しもうとしている雰囲気だな…。不謹慎すぎる奴だ。


「別のパトカーで移動することになりますから、来るまで少々お待ちください」

「分かりました」


 その間、結茜さんは七蒼さんに連絡をしていたが、対応を見る限りかなり心配されたらしい。


(まあ七蒼さんは結茜さんのことがかなり好きだし、心配するのは当然だな)


 そして俺は紫音と雑談していると、迎えのパトカーが来て警察署へと向かった。


 

 


 

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