第30話

(これは何の拷問になるんだ)


 ある衣装に着替えスタジオの方に戻ってきたのだが、スタッフさんたちが俺の姿を見ると一同に視線をこちらに向けて沈黙していた。


(やっぱり無理があるんだよ)


 沈黙=似合っていないと捉えた俺は、既に泣きそうになっていた。そして控え室に逃げ込もうと踵を返すと、目の前に別室で着替えていた結茜さんたちが戻ってきた。


 結茜さんは俺の姿を見ると距離を一気に詰めてきて、上から下、下から上とじっくりと観察された。


「結茜さん… そんなに見られると恥ずかしいし、似合っていないので見ないでください」

「そんなことはない! 御影くんのメイド・・・・姿は最高に似合っているよ!」


 結茜さんの言う通り、俺に用意された女装姿はメイド服だった。最初は女性物の服を着て、簡単な撮影だと思っていたのだが、いざ控え室に行けばメイド服があった。


(女装初心者が一発目にメイド服って、レベルが高すぎるだろ。こーゆうのはステップアップが大事だと思うのですが、そう思うのは俺だけですか?)


 心の叫びで訴えても意味はない。だけど、せっかく用意してくれたのに断るのは悪いと思った自分も同罪だ。そして結茜さんに褒められて悪気がない。……何だかんだで俺も押しに弱いな。


「色々と腑に落ちないけど、感謝は伝えておくよ。その…ありがとう」

「素直じゃないな〜」


 結茜さんは微笑した。


 そして俺は結茜さんの衣装に目を向けた。

 結茜さんの衣装は俺と同じでメイド服———というよりも、七蒼さんも同じなので最後の撮影コンセプトはメイド喫茶をイメージしているのだろう。


 それにしても、さすが羽衣姉妹だ。

 七蒼さんは人気ナンバーワンメイドになれそうな雰囲気を醸し出しているし、結茜さんも七蒼さんに負けないくらいとても似合っている。


 そして一番の衝撃なのが、不良美少女モードではなくて、完全なる美少女モードの結茜さん。

 この姿はこれまでの雑誌では見たことがないので、かなりのレアな姿だ。


「あの…黙って見つめられると恥ずかしいのだけど…何か言ってくれない?」

「あまりにも可愛すぎて見惚れていたよ。 確かに黙って見つめるのはよくないよね」

「か…可愛い。 それにみ…見惚れていた。 ば…馬鹿なことを言わないでよ」


 ……可愛いや見惚れたはモデルをしていれば聞き慣れているでしょ。それなのに、どうして顔を赤くしているの…?


『結茜さんにラブなのですね!』


 ここで思い出すことではないでしょ!!これだと俺が結茜さんをす…好きと言っているじゃん。

 顔を赤くして照れているなら、結茜さんが俺のことを好きとかになるでしょ。


(あれ…? これだと結茜さんが俺のことを好きだと肯定することになっているよな)


 そんなことは絶対にない。俺の気の所為だな。


 自己完結をしていると、七蒼さんが口を開いた。


「結茜ちゃんは照れ屋さんですね〜」

「ちょっと、変なことを言わないでよ。それとセットが崩れるから、頭を撫でようとしないで」

「ごめんね〜 でも雪翔くんの言葉は嬉しかったんだよね〜?」

「し…知らないし」

「ふふふ。 結茜ちゃんはこう言っているけど、本当は嬉しかったから誤解しないでね?」


 七蒼さんがこちらに視線を向けて言ってきた。


「分かりました。 そう捉えておきます」

「雪翔くんは本当にいい子だね〜 」

「もう二人とも馬鹿なことを言っていないで、最後の撮影を始めるよ」


 結茜さんはスタッフさんの元へ駆け寄った。

 周囲に視線を見渡せば、既に俺はの視線はなくなっており、各自の仕事をしていた。


「雪翔くん。 これからも結茜ちゃんと仲良くしてね! 何だったら、付き合ってもオーケーだよ」

「七蒼さん…飛躍しすぎですよ。 俺と結茜さんはまだそこまでの関係にはなれませんよ」

「それだと、いずれは付き合う関係になると言っているよね?」

「可能性はあるかもしれませんが、それが現実になるとも限りませんよ」


 例え、俺が結茜さんを好きになったとしても、結茜さんに振られたらそこまでの話。それ以上は友人関係を続けるか、縁を切るかの二択になる。


「確かに一理あるわね。 その時は私と付き合う未来が訪れるのか〜」

「………っん?!」


 結茜さんと付き合わなかった場合、七蒼さんと付き合うことになる?!いやいや、それだと話の内容が変わってきますよ。


「そこで七蒼さんが出てくる理由が分かりませんが?!」

「だって結茜ちゃんに振られたら、雪翔くんは傷心してするでしょ? そこに私が雪翔くんのことを癒してあげたら、雪翔くんは私に惚れるかもしれない」


 前提条件が振られることで、そこに七蒼さんが慰めてくれると…。うん…突っ込み所が多いな。


「色々と言いたいことはありますが、それを聞くと話が終わらなくなりそうなのでやめときます」

「あら? 聞かなくてもいいの?」

「はい。だけど一つだけいいですか?」

「問題ないわよ。 どんな質問でも答えてあげる」

「俺から惚れるのではなくて、七蒼さんから惚れる可能性も含まれていますか?」


 先程の話は俺が七蒼さんに惚れる感じに言われていた。なら、その逆もあるのではと思った。


 七蒼さんは視線をずらし、口を開いた。


「それは…その———」

「お姉ちゃんー!御影くーん!撮影始めるから集まってー!!」


 七蒼さんが言い掛けたところで、結茜さんから呼ばれてしまった。


「結茜ちゃんが呼んでいるし、早く行かないと怒られるから行こっか!」

「ちょっと、七蒼さん?!」


 七蒼さんは質問の解答をせずに、結茜さんの元へと向かってしまった。


(どっちだったんだろう)


 そう思いながら、俺も結茜さんの元へ向かった。




「それじゃあ、最初はお盆を持って笑顔でカメラ目線をもらおうかしら」


 撮影が開始されると、早速カメラマンの人が指示を出してきた。それに従って、他のスタッフさんが俺たちにお盆を渡してきた。


「「「分かりました」」」


 返事をした俺たちは、カメラマンの合図に合わせてカメラ目線で笑顔をした。


「いいね〜! 七蒼ちゃんと結茜ちゃんはこのお店のナンバーワンを取れそうだし、雪翔くんは密かに人気が出るメイドちゃんだね〜」

「ナンバーワンを取れるのは一人だけだから、お姉ちゃんには負けたくない!」

「あら、私だって簡単にナンバーワンの座は渡さないわよ」


 この姉妹は何で張り合っているんだよ。

 架空の話だからナンバーワンの座は気にしなくてもいいと思うんだけど———プロのモデルさんは完璧になりきっているのかな。


「そうそう、その張り合いが大事よ! だけど、次の撮影は休憩時間の様子だから張り合いは一旦終わりね」

「「分かりました」」

「雪翔くんも緊張せずに、リラックスして撮影に挑んでね?」

「分かりました」


 そしてスタジオ内に机と椅子、そして紅茶が用意された。……スタッフさんの手際の良さよ。


 そのまま俺たちは指示に従って、椅子に座りながら談笑して、紅茶を飲んだ。休憩時間の撮影はカメラ目線がダメなので、カメラを意識しないようにするのがなかなか難しかった。


「いい感じに撮れているわよ〜! それじゃあ、最後の撮影に移るわよ。 最後の撮影は雪翔くんを真ん中にして、羽衣姉妹が左右から抱き付くのをしましょう」

「いいわね〜!」

「また抱き付きですか?!私、 本日二回目ですよ」

「いいじゃないの〜 それに雪翔くんは一回目は服装は男だったけど、いまは女装なのよ。 女の子になっているのよ!!」

「………分かりました」


 結茜さん?! それで納得していいの?!

 それと俺の意見は聞き貰えるのかな…?


「あの…俺の意見は」

「雪翔くん、ごめんなさいね。 これは決定事項なのよ。羽衣姉妹がオーケーしたら、必然的に雪翔くんもオーケーになるのよ」


 まさかの強制参加だった。

 別に嫌じゃないからいいけどさ、俺って体験に来ているんだよね?体験者の意見を聞いてもらえるのが普通だよね?……結茜さんの推薦だから?


 考えたところで強制参加だから、考える時間が無駄だな。そう思い、俺は頷いた。


「分かりました」

「私、遠慮なく抱き付くから、雪翔くん恥ずかしがらないでね?」

「遠慮の気持ちを持ってくださいよ…」

「私も振り切るから、御影くん耐えてね」

「結茜さんまで…」

「それじゃあ、撮影をするわよ♪」


 そして羽衣姉妹が左右から抱き付いてきた。



◇◆


「つ…疲れた」

「お疲れ様!」


 全ての撮影を終えた俺と結茜さんは最寄駅まで車で送ってもらい、最寄り駅から帰路に着いている途中だった。


「一日撮影体験を経験してどうだった?」

「過去最高の思い出になったけど、同時に色々な衝撃を受けた一日にもなったよ」

「まあ色々とあったもんね〜 特にお姉ちゃんで」

「ほんと七蒼さんのことが多いよ」


 その七蒼さんは打ち合わせが残っているらしく、まだスタジオに残っている。


「でも御影くんのメイド服姿は可愛かったな〜」

「思い出さないでくれ」

「それは無理だよ〜 その写真だって雑誌に掲載されるから、女装姿も全国デビューだよ」

「マジかよ…」


 普通の男性服での写真は全国デビューしても問題はない。だけど女装姿はさすがにきつい。


 それなら編集部の人に載せないでと伝えればいいのだが、編集部はノリノリにしていたので言ったところで勝手に掲載するだろうな。……モデル撮影に参加している時点で、肖像権のことは言えないし。


(改めて俺は流されやすいなと思ったな…反省しないと)


 俺は心の中で反省した。

 そして公園に差し掛かった時、隣にいた結茜さんが突然震えた声をだしてきた。


「う…嘘。 なんで…あの人がまた・・いるの…」


 結茜さんが指差す方に視線を向けると、以前結茜さんを襲っていた小太りのおじさんが立っていた。





 

 

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