第29話
スタジオに戻り、七蒼さんを含めた三人でスタッフさんと打ち合わせをしていた。
内容としては午後の撮影の確認だが、その中に聞き捨てならないことが一つあった。
「あの…最後の一時間に、俺が何をして撮影をすると言いましたか?」
「聞き取れなかったかな? 御影さんには女装をしてもらい、三人で撮影をしてもらいます」
空耳でもなく、聞き間違いでもない、紛れもなく俺が女装をして撮影をすると言っている。
この一日撮影体験って、本当なら一般人を募集していたんだよね? その一般人にも女装をさせて、撮影をさせるつもりだったのか?
「その女装は一般人の募集の時も予定に入っていたのですか?」
「………」
この沈黙は怪しいな…。
スタッフさんが口を割らないなら、次の関係者に話を聞くしかない。
「結茜さんは何か聞いていましたか?」
「 私だって、いま初めて聞いたから知らないよ。 だけど御影くんは女装が似合いそうだし、挑戦する価値はあるんじゃない?」
「絶対に似合わないと思うけどな」
「そんな恥ずかしがらなくても、読者の人たちは可愛いって言ってくれるよ〜」
「それこそ、恥ずかしさが倍増しているんだけど」
とりあえず、この件に関して結茜さんは何も知らないらしいな。まあ最初から知っていたら、お昼休憩とかで先に言ってくれそうだしな。
最後の関係者は七蒼さんなんだけど———視線を向けると既に質問をされるのを待機していた。
(絶対に質問に関して知らなそうなのに)
でもワンチャン知っている可能性もあるかもしれないし、聞かない訳にはいかないよな…。
「七蒼さんは何か聞いていましたか?」
「全く知りませんよ!! だけど雪翔くんの女装姿は見たいから賛成!!」
やっぱり知らないのかい!!
内容に関して知らないのなら、目を輝かせて待つようなことをしないでくださいよ…。
……少しだけ期待した俺がバカだった。
あと賛成はしないでくださいよ……
「それなら目を輝かせて待機しないでくださいよ」
「だって…スタッフさんや結茜ちゃんには質問したのに、私には質問しない雰囲気だったから」
「それはお姉ちゃんに聞いたところで、何も期待できないと思ったからでしょ」
「雪翔くん、それ本当なの?」
「えっと…最初は思っていましたけど、後半はワンチャン賭けていましたよ」
「それは期待していないのと同じことよ」
「そんなことないよ! 雪翔くんは私のことをワンチャン知っていることを賭けてくれたんだから」
「だーかーら、それは期待していないのと同じことなのよ!」
「雪翔く〜ん!! 結茜ちゃんがいじめてくるよ〜」
「な…七蒼さん?!」
突然、七蒼さんが涙目になりながら椅子から立ち上がり、俺に抱き付いてきた。
(む…胸が柔らかい。 そして結茜とは違った香りが髪から漂ってくる…)
これはやばい…。早く離れないといけないのに、七蒼さんに腕に固定されて身動きができない。
「ちょっと、何しているのお姉ちゃん!? 御影くんが苦しそうにしているから離してあげて!!」
「結茜ちゃんが謝ってくれたら離れてあげるよ」
「そ…それは」
そこは悩まないでくださいよ…。
少し複雑な気持ちになるのは分かるけど、こちらは色んな意味でやばいんだから。
「キツイことを言ってごめんなさい。 ほら、謝ったから御影くんを話してあげて」
「素直じゃない結茜ちゃんも見れたから、雪翔くんを解放しましょう」
そう言い、固定された腕を解いた。
はぁ…午後の撮影がこれから始まるのに、すでに色んな意味で疲れた。
「御影くん、大丈夫?」
「精神的に疲れを感じたけど、体力の方は何とか大丈夫だと思う」
「それは大丈夫にはならないのでは?」
「何も問題はないから大丈夫!」
例え、体力が無くなったとしても、根性で乗り切るから問題はない。……これは以前、結茜さんが言っていた根性論だ。
そんなことを思い出していると、横から七蒼さんがとんでもない質問を聞いてきた。
「雪翔くん。 私の胸はどうだったかな?」
「とても柔らかかったです!」
……あれ?七蒼さんはいま何の質問をしてきた?
そして俺は何て答えた…?
恐る恐る結茜さんの方に視線を向けると、結茜さんは頬を膨らませながらジト目を向けていた。
そして七蒼さんの方に視線を向けると、満面の笑みを向けながら一人で頷いていた。
「私の胸を気に入ってくれたのね〜」
「七蒼さん、それだと誤解を招く言い方なんですが!?」
「何も間違っていないじゃない。 変態の御影くん」
「結茜さん?!」
ダメだ…。七蒼さんは何故か嬉しそうにしているし、結茜さんはご機嫌斜めになっている。
この状況を打破するには———スタッフさんに頼るしかない。俺は目の前にいて沈黙だったスタッフさんに助けを求める視線を送った。
すると視線に気づいたスタッフさんが苦笑しながら、小さく頷いてくれた。
(よし…このまま有耶無耶にできそうだ)
スタッフさんは「はいはい」と二回ほど手を叩きながら言い、二人に話し掛けた。
「その話は撮影が終わってからにしてくださいね。あと撮影を始めますよ」
「分かりました。 お見苦しいところをお見せして、すみませんでした」
「結茜ちゃんは固いな〜」
「誰の所為だと思っているの?」
「ほら、言い合いをしていないで撮影する為に着替えてきてください。 御影くんもですよ」
「分かりました」
一応、有耶無耶な感じになったので、ホッとしながら椅子から立ち上がった。
「最後に一言だけ結茜ちゃんに言いたいことがあるんだけど言ってもいいかな?」
「別に構わないよ」
「結茜ちゃんだって、私と同じくらい胸が大きいのだから、その胸で誘惑しちゃいなよ〜」
「そ…それは…お姉ちゃんには関係ないでしょ!」
「素直じゃないんだから〜」
向かう途中、背後からとんでもないことが聞こえてきた。だけど何も聞こえなかったことにして、俺は控え室への道を進んでいった。
◇◆
撮影は順調に進んでいき、いよいよ最後の一着となった。ここまでは午前と同じく肩を触れ合ったり、クレープを食べたりするシーンを三人でしたりしていた。
(別の方では何もなくて安心したけど、目の前の問題は解決方法がないんだよな)
控え室にいる俺の目の前には女装するために必要な衣装があった。
「あの…本当にこの格好をしないといけないのですか?」
「今回の撮影の目玉になるので、当然着替えてもらいますよ!」
午前中にメイクをしてくれた眉村さんに聞くと、サムズアップしながら返答してきた。
「眉村さんは知っていたのですね」
「スタッフは知っていますよ。 報連相は仕事上で大事ですので」
「それなら、事前に報告してほしかったです」
「三人には秘密だと言われましたので、秘密にしてごめんなさいね」
「いやいや、眉村さんは何も悪くないですからね」
「御影さんは優しいですね」
「その…ありがとうございます」
他人から優しいと言われる度に、俺は何度も恥ずかしくなる。自分自身で優しいとは思ってはいるけど、他人に言われることには慣れていないから。
「それでは着替えていきましょうか!」
「やはり断る権利は…」
「ありません! 諦めてその
「初めての女装でこれはレベルが高い気が…」
「ごちゃごちゃ言わないで、男ならビシッと決めなさいよ」
「……すみませんでした」
眉村さんに一括を入れられて、俺は衣装を不承不承しながら着ることにした。
そのあと眉村さんの手によりメイクをし、カツラを被って女性への変身は完了した。
……マジで雰囲気は女性になってしまったよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます