第27話
「こちらが御影さんの控え室になります。 もう少ししたらヘアメイク担当の方が来ますので、少々お待ちください」
打ち合わせを終え、俺はスタジオ内にある控え室へと案内された。控え室には撮影に使う衣装らしき服や片方の壁際にはカーテンで隠された横長の鏡などがあった。
「ありがとうございます」
案内を終えたスタッフさんは一礼してから、控え室を後にした。残された俺は椅子に座り、準備が始まるのを待つことにした。
そして五分後———
控え室の扉をトントン、と叩かれると、同時に外から声が聞こえてきた。
「本日御影さんのヘアメイクを担当させて頂く者なのですが、扉を開けてもよろしいでしょうか」
「は、はい。 大丈夫ですよ」
「それでは失礼します」
そう言うと、ヘアメイク担当の女性が扉を開けて室内に入室してきた。
(職業柄なのか服装のセンスがいいな)
その女性に視線を向け、最初に思ったのがこれだ。ヘアメイクと聞くと派手目な服装のイメージを思い浮かべるが、よく考えてみれば服装も仕事を取る上で大事なイメージ戦略となる。もし派手目な服装をしていたらセンスがないとして、固定の顧客が取れないな。……これは固定概念を捨てて、目の前で見たことを記憶しておこう。
女性は優しく微笑してきた。
「改めまして、本日御影さんのヘアメイクを担当させていただきます眉村と申します」
「よ、よろしくお願いしましゅ」
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
緊張しすぎて噛んだ…。恥ずかしいよ…。
「それでは、早速メイクをして変身をしましょう」
「は、はい」
眉村さんは机の上にメイク道具を並べていき、一つの道具を持つとこちらに体を向けた。
「メイクの順番は下地、コンシーラー、ファンデーションとなります。そのあとに髪型をアレンジしたりして、午前の撮影に入ります」
「なるほど」
「御影さんは何も気にせずに、変身していくのを楽しみにしていてくださいね」
実は私は人気ヘアメイク師なんですよ、と自慢げに言い、眉村さんは俺のメイクを始めた。
俺は改めて「よろしくお願いします」と伝えた。
そして下地を塗っていると、眉村さんは俺に質問をしてきた。
「それにしても御影さんは肌が綺麗ですね。髪の艶もいいですし、何か手入れをしているのですか?」
「全く何もしていませんよ」
「本当ですか?!」
嘘は言っていないんだよな。俺はスキンケアとかに詳しくないし、髪だって市販のリンス入りシャンプーを使っているだけ。だから特別なことは何もしていない。
「嘘ではないですよ。 妹はスキンケアとかに詳しいかもしれませんが、俺は無知ですので。 全て市販の物を使っているだけですよ」
「市販の物だけで、ここまで綺麗だなんて…神様の意地悪…」
「えっと…眉村…さん?」
「ご、ごめんなさいね。少し本音が出てしまって」
それはヘアメイクの仕事をしている人が言っていいことではない気がしたが、口に出さずに飲み込むことにした。
「それでは気を取り直して、続いてコンシーラーから髪型まで一気に進めていきます」
「はい」
下地からコンシーラーの道具に持ち替え、再び俺の顔に塗っていく。この時点では変化はあまりないので、まだ変身している実感はない。
(ここから変身するのか…楽しみだな)
そんなことを思っていると、眉村さんがとんでもないことを言ってきた。
「御影さんって、結茜さんのことをどう思っているのですか?」
「 !? ま、眉村さん?!」
「そんなに驚くことですか? 傍から見たら、お二人の距離感が近く感じますよ」
「……」
……確かに距離感は近いとは思う。だけど俺が近い訳ではなく、結茜さんが近いだけだから。
「沈黙はラブがあると受け取りますよ?」
「理不尽すぎませんか?!」
「なら、御影さんの気持ちを教えてください」
「………いまのところはラブではなく、ライクの方になりますね」
「ほぼラブに近いライク———要するに、結茜さんのことが好きなんですね」
「あの…俺の話を聞いていましたか?」
「ちゃーんと、聞いているから安心して!」
それなら、どうしてライクがラブに変わるんだよ。真面目に聞いているなら、こんなに話が拗れることはないと思うんだけど。
「そんなに心配しなくても、結茜さんには伝えないから安心して。 結果を出すのは全て御影さん次第なんですから」
「眉村さんって、かなり強情ですね」
「いや〜それほどでもないと思いますけど」
「褒めてませんから!!」
「冗談だって〜 それよりも変身できたよ!」
眉村さんは「鏡を見てご覧」と言い、鏡のカーテンを開けた。それに合わせて、俺は鏡に視線を向けた。
(おぉ…印象が変わっている)
いつもの髪型がワックスによってカッコよくアレンジされており、それに合わせて化粧によって顔がしっくりきていた。
「自分の変化はどうですか?」
「かなり驚いています。 自分がこんなにも変化するとは思いませんでした」
「当然ですよ! 私は人気ヘアメイク師ですから」
「それ気に入っていますよね?」
「実は気に入っているんだけど、言ったのは御影くんが初めてだよ。 あまり公言していると、固定顧客が取れずに嫌われてしまいますからね」
当然でしょ…。自分から自慢げに言ったら、相手を不快にさせる。自慢話はあまり口に出さずに、心の内に留めていた方がいい。
「一応、眉村さんの自慢は心の内に留めておきますね。 最高の変身をさせてくれたので」
「御影くん…ありがとう! それじゃあ、服に着替えましょか」
「あれ…? スタイリストの方は?」
眉村さんはヘアメイク担当だ。スタイリスト担当の人とは別のはずだ。……勝手に服を着替えてもいいのかな?
「スタイリスト担当は結茜さんの方に付いているので、御影さんの方は私が担当になります」
「なるほど。何から何までありがとうございます」
「いえ、これが私の仕事なので気にしないでください。 では、着替えていきましょう!」
それから控え室にあった一着の服に着替え、眉村さんが全体を整えてくれた。
「これで撮影の準備は終わりだよ。 それじゃあ、スタジオに行こうか」
「はい」
「まだ私は片付けがあるから、一人でスタジオまで移動できる?」
「大丈夫です」
控え室からスタジオまでの道のりは、ほぼ真っ直ぐなので道に迷うことはない。……これで道に迷ったら、かなりの方向音痴だよな。
そして眉村さんに会釈をして、俺が部屋を出ようとした時———
「結茜さんと進展があったら報告よろしくね〜」
そんな声が背後から聞こえてきたが、俺はスルーをしてスタジオに向けて歩き出した。
そもそも眉村さんに報告する連絡手段はありませんので、楽しみにされても困りますよ。
◇◆
ヘアメイクにより変身を終えた俺は、スタジオに戻って来た。戻ってきたのだが…
(どうして沈黙なんだ…?)
スタジオにいたスタッフさんたちが、こちらに視線を向けながら静かにしていた。最初は何かしら違和感でもあったのかと思ったのだが、雰囲気で違うと察した。……これは驚きの沈黙だ。
沈黙は数分続いたが、その沈黙を打ち破る声が背後から聞こえてきた。
「み…御影くん?!」
後ろを向けば、撮影用の衣装に着替えた結茜さんが驚いた表情をして立っていた。
そして結茜さんの服装はとてもカッコよく、思わず見惚れてしまった。……可愛い服装をしたら、もっと見惚れてしまうんだろうな。
「結茜さん、カッコいいですね」
「あ…ありがとう。 その…御影くんも雰囲気がとても変わって、か…カッコいいよ」
「その…ありがとう」
う…嬉しいけど、居た堪れないな。
周囲のスタッフさんも驚きの表情から微笑ましい表情に変わっているし…。
「二人とも撮影を始めるよ」
突然、監督らしき人が手を叩きながら言い、そしてスタッフさんたちに指示を出してきた。それに合わせて、スタッフさんたちも動き出した。
「「よろしくお願いします」」
俺たちは同時に挨拶をして、撮影が開始された。
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