第26話

 六月初旬の休日。自宅前にて送迎車が来るのを待っていた。今日は以前から話をしていた、結茜さんとの一日撮影体験の日だ。


(緊張してきた…)


 詳しい話は結茜さんから聞いているが、一般人が生の撮影現場に行くのは緊張しない訳がない。

 さらに七蒼さんとも一緒に撮影をするという話を聞き、昨夜は睡眠するのも大変だった。


(そろそろ待ち合わせ時間になるかな)


 待ち合わせの時間は午前8時30分で、現在の時刻は午前8時25分。送迎車が来るまで、残り五分となっていた。


 スマホで髪型を整えたり、少ない荷物の確認をしていると、車のブザー音が聞こえてきた。

 視線を向けると目の前に車が止まっていて、窓から結茜さんが手を振っていた。

 

「お待たせ! もしかして、結構待たせたかな?」

「大丈夫だよ。 俺も出てきたばかりだし」


 実際は15分前くらいから立っていたけど、正直に言うのは男としてはダメだ。……というのを、何かの番組で見た。


「それにしては顔に疲れが見えるけど、とりあえず車の中で話そうか」

「し…失礼します」


 俺は車に入りながら挨拶をし、運転席にいた女性に会釈をした。

 そして俺が座ったのを確認すると、女性はエンジンをかけて車を出発させた。


「もしかして、御影くん緊張している?」

「かなり緊張しているよ… 結茜さんと七蒼さんとの一日撮影体験なんだから」

「お姉ちゃんで緊張するのは分かるけど、私との撮影でも緊張するの?」

「確かに学校ではよく話をしているけど、一緒に撮影するとなれば話は変わるからね」

「中之庄結茜は羽衣結茜なんだから、そんなに緊張しなくてもいいのにな〜」


 結茜さんは口を尖らせた。


「そうなんだけど…やっぱり羽衣姉妹との撮影体験となると緊張するんだよ」

「御影くんは面倒くさい性格だよね。そこは割り切って、撮影体験を楽しめばいいのに」

「面倒くさい性格なのは……認める。 とりあえず、割り切って撮影を楽しめるように頑張るよ」

「ふふふ。 一緒に最高な撮影をして、楽しい一日にしていうこうね!」


 結茜さんは優しく微笑んできた。

 ……だから、その一言が余計に緊張するんだよ。


 そして俺たちを乗せた車は、撮影スタジオに向けてどんどん進んで行った。



◇◆



 撮影スタジオに着いた俺たちは車を降り、スタジオ前にいた女性に案内されて中に進んで行った。


「ここが…撮影スタジオ」


 スタジオ内に着くと、照明やパソコンなどの機材、そして沢山の人たちが動き回っていた。


(撮影をするのにも、こんなにも沢山の人が関わっているんだな)


 スタジオ内を眺めていると、結茜さんがスタッフさんのことを教えてくれた。


「御影くん、椅子に座って打ち合わせをしているのがディレクターさんで、カメラを持っている人がカメラマンさんね。あと別室にはスタイリストやヘアメイクのスタッフもいるよ」

「かなりの人が関わっているんだね」

「撮影をするのって、簡単そうに見えて実はかなり大変な仕事なんだよ。 一日で何着も着替えるし、その度に髪型も変わる場合もある」

「俺…体力持つかな」

「そこは根性で頑張ってもらいたいね!」


 結茜さんはガッツポーズをしてきた。


 ここで根性論が出てくるのか。でも撮影は一日だから、あながち間違いではないのかもな。


「頑張ってみるよ」

「でも困ったことがあったら、ちゃんと私に言ってね?私は仕事の先輩として、御影くんのことをサポートするから」

「分かった。 その時は結茜さんに相談するよ」


 よろしい、と言って、結茜さんは微笑した。


 すると、先程ディレクターが打ち合わせしていた場所から結茜さんを呼ぶ声が聞こえてきた。


「結茜さん。 打ち合わせを始めますので、こちらの方に来てもらってもいいですか?」

「はーい!彼はどこにいればいいですか?」

「彼……… あ、彼も一緒にこちらに連れてきて構いませんよ。打ち合わせに関係していますので」

「分かりました」


 一旦、話を終えた結茜さんが視線をこちらに向けてきた。そして微笑して、口を開いた。


「ということだから、御影くんも一緒に打ち合わせをしにいこうか!」

「それはいいんだけどさ、本人の確認なしに話をどんどん進めるのはどうかと思うよ」

「確認してもしなくても、どうせ打ち合わせをすることになるから変わらないよ」

「それでも———」

「口答えをしていないで、早くスタッフさんの元へ行くよ」

「ちょっ…?!」


 結茜さんに手を掴まれ、そして引っ張られながら俺はスタッフさんの元へ向かった。


 スタッフさんの前に着くと、結茜さんは手を離し、そしてお辞儀をした。


「おはようございます。今日は一日よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 スタッフさんは「それで」と言って、俺の方に視線を向けてきた。


「そちらの方が一日体験をする際、結茜さんが押しに押しまくって推薦をした御影さんですか?」

「ちょっと、何を言っているのよ!?!?」


 押しに押しまくった…って。てか、結茜さんが俺を推薦した詳しい理由を聞いていないよな?


「初めまして、私は御影雪翔です。本日は一日よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

「それで結茜さんはどうして俺を推薦したの? 詳しい話を聞いていなくて」

「それは…」

「結茜さんが渋っているので、私が代わりに説明しましょう」


 スタッフさんが手を挙げて、ニヤニヤしながら言ってきた。……この人、ノリノリだな。


「結茜さんに一日体験の話をした際、応募か推薦の二択を言い渡しました。すると、結茜さんは即答で推薦を選び、御影さんと名前を言いました。 私が思うに———結茜さんはかなり御影さんのことを信頼されているということですね」

「確かに信頼されていなかったら、俺のことを推薦することはないですね」

「とのことで、結茜さん何か間違っていますか?」

「間違っては…いません。 それと知らない男性と撮影するより、知っている御影くんと撮影した方が安心する…でしょ」


 結茜さんは視線をずらし、恥ずかしそうにしながら言ってきた。


 おいおい…それは嬉しい言葉だけど、こっちまで恥ずかしくなるじゃん。


「その…ありがとう」


 そして沈黙が数秒続くと、スタッフさんが手を叩いて口を開いた。


「はいはい。 雑談はこれくらいにして、スケジュールの話をしましょう」

「そ、そうですね! 時間も押してますし」

「それじゃあ、話を始めていきますね」

「よろしくお願いします」


 スタッフさんの話によると、一日撮影体験は午後16時まで行われるらしい。この打ち合わせが終わり次第、俺と結茜さんは別室にてメイクと服を着替えて、撮影を開始するらしい。


 その後、お昼休憩をして、午後にも何着か着替えて撮影をして終了する流れらしい。


「一日の流れの話はこんな感じです。 ということで、早速メイクと着替えを行いましょう」

「はーい!」

「分かりました」


 俺と結茜さんはそれぞれのスタッフに連れられて、控え室へと移動した。

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