第19話

 あれから二時間が経過した。時刻は午後13時半。俺たちはテスト勉強を中断し、お昼休憩を取ることになった。


「鬼頭さんと佐伯くんはお昼のリクエストある?」


 机の上にある勉強道具を片付けながら、結茜さんは二人に聞いた。

 

「リクエストか…俺はスーパーでお弁当を買って来ても大丈夫ですよ」

「私はね、甘いものが食べたい!!勉強していたら、体が糖分を要求してきているの」

「それは家に帰ってからにしてくださいね。てことで、鬼頭さんもお弁当…と」


 結茜は問答無用で鬼頭さんのお昼を決めた。

 まあ…いまのは鬼頭さんに非があるし、反論することはできないよな。


「御影くんはお昼何にする?」

「そうだな…」


 佐伯くんも鬼頭さんもお弁当だから、ここは揃えてお弁当の方がいいよな。きっと、結茜さんもお弁当になると思うし。


「俺もお弁当で大丈夫だよ。結茜さんもお弁当?」

「そうなるね。三人がお弁当なのに、一人だけ違う物を食べる訳にはいかないし」

「別に委員長なら違うの食べてもいいよ〜 」

「鬼頭さん。 それはどーゆう意味かしら?」

「ここは委員長の家だし、全ての権利を持っているのは委員長。つまり委員長のやることに、私たちが口出しをする権利はないんだよ」


 確かに言っていることは正しいかもしれないけど、言っていることが大袈裟なんだよな…。


「それだと静香が楽しみにしていた不良モードの中之庄さんは、このままだと終わってしまうね」

「……えっ。 何でそうなるの?!」

「この家の中にいる限り、中之庄さんに全ての権利があるから、着替えたくなったら着替えるということになるよ?」


 その通りだ。鬼頭さんが言ったことは、鬼頭さんが望んだ不良モードが終わるということだ。

 そして結茜さんは、すぐに着替えそうだな。


「そんな…」


 鬼頭さんは涙目で結茜さんを見つめた。


「そうね。そろそろ着替えこようかしら」

「委員長…お願いします。不良美少女のままでいてください」

「お弁当を買いに行くんだから、着替えるに決まっているでしょ」

「その格好のままで行きませんか?」

「そんな表情されても考えは変えないよ。それじゃあ、私は着替えてくるから」


 と言って立った瞬間、トントンと扉を叩く音が聞こえた。結茜さんが無言で扉を開けると、廊下に七蒼さんが立っていた。


「結茜ちゃ〜ん。これからお昼だよね?」

「お…お姉ちゃん?! 今日は仕事で夕方まで家に帰って来ないはずだったよね…?!」


 そうだったのか。だから家に来たときから七蒼さんの姿が見えなかったのか。飛び出して来ないから、そんな予感は薄っすらとしていたけどね。


「夕方の仕事が都合により後日になったの。だから結茜ちゃんを驚かせようと思って来てみたら、何だか楽しそうなことをしているじゃない〜!」


 七蒼さんは室内に視線を向けると、佐伯くん、鬼頭さんの順に視線を向けていき、最後に俺に視線を合わせた。そして視線があった時、七蒼さんは優しく微笑してきたので、俺は小さく会釈をした。


「ただテスト勉強をしていただけで、何も楽しいことはしていないからね!! それよりもお姉ちゃんは何しにきたの?」

「テスト勉強…つらいよね。 それで私が来たのはお昼の準備が出来たから呼びに来たんだよ〜」

「待って、お昼の準備が出来たってどうゆうこと? お姉ちゃん帰ってきたばかりだよね?」

「帰って来たのは四十分前かな。多分、テスト勉強に集中していたから、ドアが開く音が聞こえなかったんだよ〜」

「全く気付かなかった…」

  

 玄関から近いのに、俺も扉が開く音が聞こえなかったな。それだけ俺たちはテスト勉強に集中していたことになるのか。……俺にしては珍しく集中できたものだな。


 結茜さんはため息をついた。


「それでお昼は食べるのでしょ?」

「ちょっと、待ってて」


 結茜さんは振り向くと、俺たちに聞いてきた。


「お姉ちゃんが用意したお昼になるんだけど、三人ともどうする?」

「俺は大丈夫だよ」

「俺も大丈夫ですよ。静香も大丈夫だよね?」

「……」


 佐伯くんが聞くも、鬼頭さんは沈黙だった。

 ていうか、鬼頭さんは七蒼さんが来てから、ずっと無言だったな。佐伯くんは静観って様子だったけど、鬼頭さんは確実に大人しかった。


「お〜い? 静香ー大丈夫か?」

「……」


 佐伯くんが呼び掛けても反応がない。


「鬼頭さん? 急に静かになってどうしたの?」

「……」


 俺が声を掛けても反応はない。


「お姉ちゃん、声掛けてもらっていい?」

「この七蒼ちゃんに任せなさい!」


 七蒼さんはサムズアップをして、鬼頭さんに向けて声を掛けた。

 

「鬼頭さーん? 私の声が聞こえていますかー?」

「………はっ?! 聞こえていま…って、羽衣七蒼さんが目の前にいるー!!!!!」


 そーいえば、鬼頭さんは結茜さんの正体を見抜いたんだよな。でも結茜さんの時は驚いていなかったけど、実は七蒼さんのファンだったか。


 そりゃ、無言になるな。


「あら? 私のことを知っているのね〜 嬉しいわ」

「もちろんです!! 羽衣姉妹が掲載されている雑誌は全て買っています!! 七蒼さんの大ファンです」

「それはありがとうね〜! あとでサインを書いてあげようか?」

「本当ですか!! 是非、お願いします!!」

「その辺で話を終えて、早くリビングに移動しない?」


 いつまで経っても話が進まないので、結茜さんが割って入ってきた。


「そうね〜! みんな、リビングに移動するよ〜!」

「はーい!!」


 七蒼さんがリビングに向かうと、その後に続いて鬼頭さんが部屋を出た。そして佐伯くんは微笑ましそうに見ながら、鬼頭さんの後ろに着いて行った。


「まるで嵐が去ったようだね」

「お姉ちゃんと鬼頭さん…絶対に合わせてはいけない二人だと分かったよ。 次はお姉ちゃんの予定をちゃんと確認しないとだな…」


 あれだけ鬼頭さんを家に呼ぶのを渋っていたのに、二度目の訪問があるかもしれないのか。それを聞いたら、かなり喜びそうだな。


 その二度目がいつ来るのかは、結茜さんの気分次第になりそうだけどね…(苦笑)


「とりあえず、私たちもリビングに行こうか」

「そうだね」


 そして俺と結茜さんもリビングへと向かった。



◇◆



 昼食を食べ終えた俺たちはテスト勉強を再開するはずだったのだが———


「七蒼さんの料理とても美味しかったです!」

「お口にあって良かったわ。 少しアレンジをしているから心配だったのよ」

「そのアレンジのおかげで、さらに美味しくなっているのですね!」


 と、七蒼さんと鬼頭さんがお昼の料理の話で盛り上がっていた。


 ちなみにお昼に出されたのはカルボナーラだったが、鬼頭さんが言っていた通りとても美味しかった。是非、レシピを教えて欲しいものだ。


「(はあ…お昼もテスト勉強するはずだったのに、これだとテスト勉強ができないじゃん)」


 結茜さんがため息をつきながら、ボソッと呟いた。鬼頭さん、佐伯くん、七蒼さんには聞こえず、隣にいた俺だけが聞き取れた。


(結茜さん、悲痛の叫びが声に出ているよ…)


 俺は小声で結茜さんに話し掛けた。


「(大丈夫?)」

「(疲れは蓄積されているけど、これくらいは仕事と同じだから平気)」

「(あまり無理をしたらダメだよ? 結茜さんが体調崩したら、みんな心配すると思うし)」

「(心配…御影くんも、私が体調崩したら心配してくれるの?)」


 結茜さんは首を傾げた。


 その質問はどーゆうことだろう?詳しくは分からないけど、結茜さんは大事な友達だから心配するに決まっている。


「(大事な友達だから心配するし、お見舞いにも行くね。それに最近は結茜さんと行動することが多いから、一人になると暇になりそうだし)」

「(ふふふ。なら体調崩して、御影くんにお見舞いに来てもらうのもいいかもね〜)」

「(そんなことで体調を崩さないでくださいよ)」

「(はいはい〜)」


 もう…結茜さんは時々突拍子のないことを言うんだから。色々と気を付けてほしいよ。


「それじゃあ、皆んなでゲームをしましょう!」


 結茜さんとの話が一段落すると、七蒼さんがニコニコしながら言ってきた。


 これには結茜さんも速攻で反論したが、七蒼さんは一貫してノーっと言ったので、ため息をついて諦めモードになってしまった。


 それから解散する午後16時まで、俺たちはテスト勉強をせず、ゲームに熱中することになった。

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