第17話
「よし、全員集合出来たようだな」
全力疾走で走ったおかげで、無事に目的地の赤レンガ倉庫へと到着した。
そして各クラスの担任が出席を取り、全てのクラスの確認が終わると学年主任の先生が前に立ち口を開いた。
「まずは全員無事に集合できてよかったです。それでは午後の流れを説明します」
学年主任の先生からは簡単な流れの説明がされていった。最初に1組から順番に水上バスのチケットを受け取り、そのまま入場して水上バスに乗り込むと言う話だ。2組〜6組は順番が来るまで待機になる。
「それでは1組から行くぞ」
1組担任により、生徒たちにチケットが次々と渡されていく。渡された生徒たちはチケットを見せ合いながら入場して行った。
俺は6組なので、チケットが貰えるのは最後になる。五月だけど、今日はかなり日差しが強くて、なかなかに苦痛だ。
そんな日差しに耐え、五分後には6組の順番が回ってきた。チケットを受け取り、入場すると目の前に水上バスが見えてきた。
水上バスに乗り込むと、既に各クラスの生徒たちが椅子に座ったり、デッキにて外を眺めていた。
(一番最後のクラスには座る権利なしか)
入場が一番最後だと、やはり不利が多い。
今回でいうと、水上バスの座席は1組と2組の生徒に取られたという点だ。偶に6組からはあるものの、それは座席とか関係ない時だ。……6組にも優遇が欲しいな。
そんなことを思いつつ、俺は外のデッキで海を眺めることにした。室内にいても騒がしいだけだし、他に行くところがなかったので、結論としてデッキになった訳だ。
そしてデッキに着き、海風を感じながら眺めていると後ろから肩を叩かれた。
振り向けば、結茜さんが後ろに立っていた。
「一人で黄昏れた雰囲気を出して何しているの?」
「黄昏てはいないよ。 ただ海風を感じていただけ」
「それを黄昏てたって言うんじゃないの?」
「どうだろうね。 それで結茜さんはどうしたの?」
委員長モードの結茜さんが俺に話し掛けてくるのは珍しい。あれだけ人前では話し掛けないでと言っていたのに———あっ、校外学習で同じ班だからセーフになるのか。
「私はどこかでゆっくり出来るところがないかなって探していたら、御影くんの姿を見かけたの。それで暇だったから、寂しそうにしている御影くんの話し相手なってあげようかなって思ったの」
「それは俺が寂しそうにしていたから来たのではなくて、結茜さんが暇で話し相手が欲しかっただけなのでは?」
「全く違う!! それだと、私が御影くんと話をしたくて来たみたいになるじゃん!!」
いや、別に俺と話をしたくて来たにはならないだろ…。結茜さん、動揺しすぎて誤爆してない?
ちょっと、軽く揶揄ってみるか…。
「………違うの?」
すると、結茜さんの顔が段々赤くなっているように見えた。
「まあ結茜さんは俺なんかと違って、女子たちから勝手に話しにくるよね。 俺の勘違いだね」
これでどんな反応するかな…。
そして結茜さんの方にチラッと視線を向けると、顔の赤みは引き、頬を膨らませていた。
「前から思っていたけど、他人と比較するのは良くないと思うよ。それで自己肯定感を下げて、さらに暗い雰囲気になるから友達が出来ないんだよ」
「……別にいいさ。 友達は結茜さんや佐伯くんたちがいれば十分。友達が沢山いても、何もいい事は起こらないからね」
「そ…そう。 だけど友達がいると困った時に助けてもらえる時もあるでしょ?」
それはそうだけど…。結茜さんが言える立場でもない気がするぞ。結茜さんだって、モデルの仕事で友達を作らないって言っていた。それと何が違うのか、俺には分からないな。
「それはさ、結茜さん自身にも返ってこない?」
「……まあ、そうなんだけど。でもね———」
『これより水上バスは出発します。館内でお立ちの方は手すりに捕まってください』
結茜さんが続きを言おうとしたら、水上バスの館内放送が流れた。
「とりあえず、手すりに捕まっていましょう。続きは船が安定したら話をします」
「そうだね」
俺と結茜さんはデッキの手すりに捕まり、出発の衝撃に備えた。周囲にも同じような手すりに捕まっている人もいるが、謎の体幹力があるぜみたいな競技をしている男子もいた。
「ほんと男子って馬鹿よね」
「それは俺も含めての言葉かな?」
「なに?御影くんも含めてほしいの〜?」
「いや、含めないでほしいです」
時々見せる、結茜さんの悪戯顔が怖い。
悪戯顔をした時は気を付けないとだな。
そして———水上バスは出発した。
水上バスのスピードにより、暑かった気温も海風によって涼しさを感じた。……海風が涼しいな。
そして数分後には揺れが安定してきたので、結茜さんが「それで」と言って、先程の話の続きを始めた。
「さっき御影くんは私に返ってくると言っていたけど、仕事では大人の人やお姉ちゃんに助けてもらえているから大丈夫なの」
「それはそうだけど、モデルの仕事で七蒼さんに頼めないこととか偶にあるでしょ?」
「………ない」
うん…分かってたよ。結茜さんがそう答えることは、大体想像できていたから。
「そもそも、私は言われたことを完璧にこなしているから、何も問題はないのよ」
「とても想像できます」
「想像出来るんだ〜! なら、私が仕事をしている姿を見てみたいってことかな〜?」
「どうして想像できるから、仕事している姿を見たいになるんだよ…」
「えっ、私のモデルの仕事見たくないの?」
そんなストレートに聞かれても、はいそうですかとは答えられない。もし仕事先に行ったとして、帰りに週刊誌に撮られたらと考えたら…。
結茜さんは「水着姿が見れるかもよ〜」と追い打ちをかけてきた。
「見たいです」
と頭では否定しても、欲望に負けて言ってしまった。ほんと人間の欲望は凄いな。
「欲望に素直すぎて、逆に感心するよ。 あと水着の撮影については期待しないでね〜!」
ほらね、俺を肯定させるだけの発言だった。ただ期待しないでだから、微かな望みはいいよ…ね?
「分かったよ」
「それじゃあ、これで話は終わりにして、いまは水上バスから見える景色を楽しもう」
「そうだな」
そして俺と結茜さんはデッキから見える景色を楽しんでいると、あっという間に水上バスは横浜駅へと着いた。
ここでも1組から順番に降りていき、6組まで下船が終わると学年主任の先生と各担任の先生による話が行われた。そして話が終わると、挨拶をして解散となった。
◇◆
《 結茜視点 》
「ただいま〜」
「結茜ちゃん、お帰りなさい〜!!」
「毎回抱き付くのはやめてね」
「結茜ちゃんが反抗期になった〜!!」
私が玄関のドアを開けると、お姉ちゃんが玄関から飛び出し、そして抱き付こうとしてきた。
これはよくある日常なので、私は軽く受け流して自室に向かった。
自室に着くと、私は鞄を机に置き、そして部屋着に着替えてからリビングへと向かった。その道中にある洗面台で手洗いうがいは済ませておく。
そしてリビングに着くと、お姉ちゃんが用意してくれた夕飯が机に並べられていた。いつの間にかキッチンに戻っていたお姉ちゃんは、まだ数品作っているので先に座って待っていたら———お姉ちゃんが話し掛けてきた。
「校外学習は楽しかった?」
「楽しかったよ。 行動が読めない人やその人の彼氏、そして御影くん。個性的なメンバーだった」
「へぇ〜 雪翔くんと同じ班だったんだ〜!!」
「お姉ちゃんが思っているほど、何も起きていないからね?」
「じゃあ、なんで班員を教えてくれなかったの?」
確かに私はお姉ちゃんに校外学習のメンバーを教えなかった。だって、教えたら絶対に揶揄ってくると思ったから…。もう現実で起きてはいるけどね。
「学校生活に関してはいつも教えていないでしょ!だから、今回も教えなかったの!」
「お姉ちゃんは悲しいな…」
「涙が出ていないから、悲しくないんでしょ」
「バレたか」
お姉ちゃんはてへぺろをし、出来た料理を持ち運びながら「それで」と言葉を続けた。
「結茜ちゃんは雪翔くんのことをどう思っているのかな〜?」
「 !? お、お姉ちゃん?! 急に何を言っているの!?」
「動揺しすぎだよ〜 私は恋愛感情抜きでの話をしているんだよ? もちろん、恋愛感情ありでの話も聞いてみたいけどね」
「恋愛感情抜きの話ね」
お姉ちゃんの突然の発言にはいつも驚かされる。
確かに御影くんはいい人だよ。恋愛感情を持たれるように頑張っている姿が分かる。
(恋愛感情云々の話を忘れている時もありそうだけど、それはそれで御影くんのいい所も見れそうだし大目に見てあげよう)
それでお姉ちゃんに“恋愛感情抜き“での話をしないとだけど…何を答えても地雷だな。
お姉ちゃんは、私の恋愛話をご飯のおかずにしようとしている。だって、目の前でご飯を片手に、私の話を待っているだもん。
(だけど沈黙すると、さらに面倒くさいことになるから適当に答えるしかないか)
私は深呼吸をして、口を開いた。
「御影くんは私の秘密をちゃんと守ってくれているし、学校でも良き話し相手になってくれているよ」
「ということは、結茜ちゃんにとっては雪翔くんはかなり特別になりつつあると?」
「特別…そうね、いつかは特別になっているんじゃない?それが何ヶ月後、数年後になるのかは分からないけどね」
「なら、早く雪翔くんと特別な関係になってね?」
「なんで特別な関係になったら、お姉ちゃんが得することになるのよ?」
「雪翔くんと一緒に結茜ちゃんの好きな所を語りたいから〜!! あと御影兄妹で着せ替えとかもしたいた〜」
「…………」
お姉ちゃんの発言を聞いて、私は思った。
御影くんと特別な関係になることは、まだまだ先の話になりそうだなと。理由としては、御影くんが初心で鈍感だからと、私が御影兄妹をお姉ちゃんの魔の手から守りたいから。
(まあ恋をするくらいなら、今の関係が一番楽なのが最大の理由にもなるんだけどね)
そんなことを思いながら、私はお姉ちゃんの喜びの叫びを無視して箸を進めた。
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