第16話

「やばいー!! 遊園地があるじゃん!!」

「鬼頭さん! 私たちには時間があまり無いのだから、ここでは遊びませんからね?」

「一つだけ乗らせてもらうね〜!」

「鬼頭さん?!」


 現在、俺たちは横浜中華街に向けて歩いていたのだが、その道中で小さい遊園地を見つけた。

 小さい遊園地を見た鬼頭さんは目を輝かせて一目散に中へと入っていき、その後ろに結茜さんが追いかけた。


「完全に鬼頭さんのペースになっているじゃん」

「そうだね。静香の押しはかなり強いから、一度ペースに入られるとなかなか抜け出せないんだよな」


 俺がボソッと呟くと、横にいた佐伯くんが苦笑しながら言ってきた。


「なんか体験したような言い方だけど、付き合ってから何があったの?」

「まあ…色々とあったね。 あの行動がなかったら俺と静香は付き合っていなかったかもしれないね」


 佐伯くんは頬を掻きながら苦笑した。


 いや、その辺を詳しく聞きたいんだけど!

 一番大事なところを簡潔にまとめないでほしいよ…。だけど佐伯くんは恥ずかしそうにしているし、これ以上は描きにくいんだよな…。


「それよりも、さすが委員長だよね。 静香のペースにされながらも、ちゃんと制御しようと頑張っていて。委員長は押し耐性があるのかもね」


 押し耐性って…なに?

 あと結茜さんは押しに弱いよ。以前、家に伺った時に七蒼さんのお願いで色々と納得させられていたし。まあ結茜さんの名誉を守るために、佐伯くんには言えないんだけどね。


「とりあえず、俺たちも二人を追いかけようか」

「そうだね」


 俺たちは小さい遊園地の中へと入った。


 周囲を見渡しながら二人を探していると、前方から声が聞こえてきた。


「観覧車に乗っている時間なんてありませんよ」

「でも五分で終わるって書いてあるよー?」

「それでもダメなのですよ!!」


 俺は佐伯くんと顔を見合わせ、そして苦笑した。


「急いで向かった方が良さそうだね」

「だね…。静香の暴走を止めないと…」


 俺たちは急いで二人の元へ駆け寄った。


「静香。今日のところは諦めよ?今度、デートで遊園地に行った時に一緒に乗ろうよ」

「七音〜!! その言葉、絶対、ぜっーたいに忘れないでよね?」

「忘れないから安心してね」


 佐伯くん…君って人は凄いよ。あの鬼頭さんを立った一言で納得させるなんて。

 そんなカッコいい台詞なんて、俺は恥ずかしくて一言も言えないぞ?(多分)


 すると、横からため息が聞こえてきた。

 視線を向ければ、既に疲れ切っている結茜さんが、いつの間にか隣にいた。


「大丈夫?」

「大丈夫…ではない。 鬼頭さんの自由さがやばい」

「そんなにやばいのか。 でもモデルの知り合いとかで、鬼頭さんみたいな人いるんじゃないの?」


 モデルをやっている人たちは個性豊かな人達が多いはず。そして七蒼さんの手伝いをしている結茜さんだって、モデル友達はいるだろう。


 その中に鬼頭さんみたいな性格の人も一人くらいはいると思っていたのだが———


「私、モデルの友達いないわよ?」


 表情を一切変えず、結茜さんはそう言ってきた。


「えっ?! でも七蒼さんの手伝いをしていたら、自然と仲良くなる人もいるのでは?」

「普通はそう思うよね。 でも私はお姉ちゃんのお手伝いとしてやっているから、友達を作ろうとは思わないんだよね」

「相手の方から友達になろうも来ないの?」

「それもあることにはあるけど、大体断っているね。私はただの付き添いのお手伝いだからって」


 それはそれで問題なのでは…。ただの付き添いのお手伝いで雑誌の一面を飾ったり、ファンの間で二つ名を付けられることはないぞ。モデル仲間で妬みなどが起こっても不思議ではないな。


「余計なお世話かもしれないけど、色々と気を付けて行動してね」

「御影くんの言いたいことは、何となくだけど分かるよ。だから、その言葉を胸に留めておくね」


 結茜さんは微笑んで言った。


 そして佐伯くんたちも話が終わったようで、俺たちは昼食のために中華街へと向かった。


◇◆


 中華街に着くと、至る所からいい香りが漂ってきた。その香りによって食欲がかなり掻き立てられていくのを感じた。


「中華街に着いたから、早速昼食を食べれそうなお店を探そうか」

「そうですね。 時間的にも昼食を取らないと、午後の集合時間に間に合わない可能性が出てきましたからね」


 そう言いながら、結茜さんは鬼頭さんを見た。


「委員長〜何で私の方を見て言うの〜?」

「ここまで来る間に、鬼頭さんが何度も暴走しかけたからですよ」

「私、暴走していないよ? ね、七音?」

「静香は自覚していないだけで、他の人から見たら暴走しているように見えるんだよ」

「そんな〜!!」


 確かに暴走はしていたな。遊園地を出たあとに目新しい物を見つけたら、鬼頭さんはすぐに向かっていく。そして結茜さんが追いかけて、佐伯くんが説得するの繰り返し。俺、何もしていないけど、あの光景は凄かったな…。


「ほら、お店を探しますよ」

「「「はーい」」」


 俺たちは中華街をぶらぶらと散策を始めた。


 その道中で昼食を探しているにも関わらず、鬼頭さんが食べ歩きグルメを数個買ったのを見て、それに続いて俺たちも少しだけ食べ歩きグルメを買うことになった。

 その時に結茜さんがまた怒ると思ったのだが、食べ歩きに関してはお咎めなしだった。


 そんな感じで歩いていたら、一軒のお店に入ることになった。外装、内装は共に普通なのだが、店内に入った瞬間にとてもいい匂いが漂ってきた。


 席は俺と結茜さん、対面に佐伯くんと鬼頭さんが座る形になった。


「皆さん、注文する料理は決めましたか?」

「決めたよ!私、チャーハン定食にする!」

「俺は麻婆豆腐定食にしようかな。静香、麻婆豆腐少しだけ食べる?」

「食べる!」

「俺はエビチリ定食」


 注文するだけでイチャイチャしている二人をスルーして、俺は自分が選んだ料理を言った。


 そして結茜さんが代表として店員に料理を頼み、それを終えると時間の確認をしていた。


「結構、ギリギリになりそう?」

「そうね… ここを20分くらいに出れたら、少しだけ余裕で着くけど…」


 結茜さんは目の前に視線を向けたので、俺も視線を向ければ、未だにイチャイチャしている二人がいた。


「段々と歯止めが効かなくなっているよね」

「やっぱり、そう思うよね…」

「どうしたの?」

「いや、私も気を付けないといけないなと思って。 これ以上はバレたくないしね」

「その為に俺も出来る限りサポートするよ!」

「頼りにしているよ」

「頑張ります!」


 そんな話をしていたら、注文した料理が届いた。


 どれも美味しそうな香りを漂わせていて、それぞれ挨拶をして料理を口へ運んだ。


「美味しい〜!!もっとチャーハンにハマるよ!」

「本場の麻婆豆腐も凄いな… 少し食べただけで口元がヒリヒリするよ」


 目の前で食リポをしている二人を見ながら、俺も自分のエビチリを口へ運んだ。


 口に含むとエビチリのタレが口に広がり、エビを噛めばプリッとした食感が伝わってくる。そして佐伯くんが言ってた通り、本場のエビチリも少し辛さを感じた。


「うん…美味しい」


 横から声が聞こえると、結茜さんが美味しそうに酢豚を食べていた。


(酢豚も場所によって味が変わるから気になるし、何より美味しそうなんだよな)


 そんな感じで見ていたら、結茜さんがこちらに視線を向けてジト目を向けてきた。


「あげないわよ」

「いや、貰おうとは思っていないから。ただ美味しそうだな、と思って」

「それは遠回しにくださいって言っているよね?」

「………ですね」


 否定すればいいものの、何故か肯定してしまった。結茜さんには何故か逆らえないんだよな。


「仕方がないわね…今回だけ特別よ」


 そう言って、酢豚を一つ取り、俺のお盆にあった小皿に乗せてくれた。そして「酢豚の代価ね」と言って、俺のエビチリを一つ持っていった。


「ありがとう」

「いいのよ。私もエビチリを貰ったから」


 エビチリと交換で酢豚をくれるなんて、結茜さん優しすぎるよ!!

 目の前であーんをしている二人を無視して、俺は酢豚を口へ運んだ。


 ここの酢豚は黒酢餡で少し酸味があるが、豚肉と絡んでとても美味しい。貰って損はなかった。


「この酢豚、とても美味しいんだけど」

「だよね!餡も美味しいし、ご飯との相性も完璧」

「こんな美味しい酢豚を一つくれて、改めてありがとうね」

「だから私だってエビチリ貰ったんだから、そんなに感謝を伝えなくていいのよ」


 結茜さんが少し顔が赤くなったように感じた。


「七音、私たちにイチャイチャしないでと言っておいて、あの二人もイチャイチャしているよね?」

「ふふふ… 俺たちとはまた別のイチャイチャなのかもね。多分、自覚していないイチャイチャ」

「この二人は…長そうだね」

「俺たちがちゃんと見守っていかないとだね」


 目の前で何やら聞き捨てならないことを言っていたが、そんなことに耳を傾けずに俺と結茜さんは自分の食事を食べ進めた。


 それから食べ終わったのが30分だったので、俺たちはお会計を終えたあと、午後の集合場所まで全力で走ることになった。

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