第12話

 ある日の休日。俺は妹の紫音と共にスポーツセンター内にあるトレーニングジムに来ていた。


 ジムに来た理由はいくつかあるが、一つだけあげるなら体力と筋力を向上させたいと思ったからだ。

 一朝一夕で上がらないことは分かっているが、家での筋トレをする為の予行練習だと考えている。


(実際には家での筋トレとジムでの筋トレの内容は別物になるから予行練習にはならないけどね)


 そんなことを思いつつ、俺たちは受付で必要事項を書き、更衣室で動きやすい服に着替えて、トレーニングルームへと戻ってきた。


「結構、人が沢山いるね」

「休日に体を鍛えている人が多いいんだな」


 室内にはそれぞれの器具で鍛えている男性がおおくいて、女性は片手で数えられるほどだった。


「最初にどれから挑戦する?」

「一番最初にやるとしたらランニングマシンだろ」

「その心は?」

「経験してみたかったから」


 護身術を学んだ時はトレーニングマシンを使っていなかったので、色々と興味があった。

 その中でも一番興味があったのが、ランニングマシンとフィットネスバイクだ。

 ドラマとかで俳優さんが使っているのを見て、俺もあんな風に走りたいと何度思ったことか。


「仕方がないな〜 お兄ちゃんのやりたいランニングマシンにしてあげるよ〜」

「何で上から目線なんだよ。それより紫音はやりたいのはあったのか?」

「そうだね〜」


 紫音は辺りを見渡した。そして数秒すると頷き、視線を俺の方に戻してきた。


「ランニングマシンです!」


 ドヤ顔サムズアップする紫音。


 そこでドヤ顔をする意味が分からないのだが?

 俺の妹は普通に返事ができないのかな…。


「紫音もランニングマシンをやりたかっただな。それなら素直にやりたいと言えばよかったのに」

「違うよ。選ぼうとしたら、ちょうど二つ空いたから選んだだけだし」

「そんなことを言いつつ、どうして目が泳いでいるのかな?」

「それは———とりあえず、早く確保しないと違う人に取られるよ!!」


 紫音はランニングマシンへと向かった。


 最近の紫音は偶に分からないことが多い。

 七蒼さんとメールのやり取りをしているらしいが、何かしらの悪知恵でも教えているのではと思ってしまう。


(それか紫音が七蒼さんに悪知恵を教えている説も捨てがたいな。 寧ろ、こっちの方が確率的には高そうだけど)


 今考えても答えは出ないので、俺も紫音の後に続いてランニングマシンの元へ向かった。


 ランニングマシンに乗り、設定を弄っていると、紫音が隣から話し掛けてきた。


「お兄ちゃんはどのくらいの速度で走るの?」

「ここに来る前にネットで調べたら、初心者は7km/hから始めるのがいいって書いてあったから、その通りにやるつもり」

「じゃあ、紫音もお兄ちゃんと同じにする。走る時間はどうする?」

「時間も無理がなければ20分間かな。途中で辛くなってきたら10分の二回にするつもり」

「了解ー!」


 俺たちは設定を終えスタートボタンを押した。

 すると段々ローラが動き出し、それに合わせて俺は足を動かしていった。


(これくらいなら無理なく走れそうだな)


 ネットの情報通り、7km/hはゆっくりと走るジョギングのスピードなので、俺は余裕を持って走ることができていた。


「紫音は大丈夫か?」

「私は全然余裕だよ。お兄ちゃんも余裕そうだね」

「多少、体力は減ってきたけど、これくらいなら無理なく走れるさ」

「なるほどね〜!」


 紫音がニヤけた顔を浮かべてきた。


「まさか…速度を上げようとはしていないよな?」

「そのまさかだよ」


 横との間隔は少しあるにも関わらず、紫音は走りながらも器用に俺の設定画面を弄ってきた。


 そして俺のランニングマシンのスピードは10km/hになっていた。


「これ…少し上がっただけなのに…かなりきつい」

「お兄ちゃん。息が上がるの早くない?」

「誰のせいで…こうなっていると…思っているんだよ… 紫音も…このスピード…やれよ」

「えっ…?私は5km/hでウォーキングをするよ?」

「………っは?!」


 顔だけ紫音の方に向けると、数分前まで一緒のスピードだったはずなのに、今は緩めの歩行スピードで紫音が歩いていた。


「紫音も…同じスピードで…やらないのかよ…!」

「私が10km/hで走れる訳ないじゃん〜! か弱い乙女はウォーキングからだよ」

「どこが…か弱い乙女だよ!!」


 紫音は尻を蹴るわ、兄に内緒で企みをするわで、とてもか弱い乙女になんて思えない。


「お兄ちゃんには、私がか弱い乙女には見えないんだね… 私は悲しいよ」

「それが…わざとらしい…からだよ」

「あっ、バレた? そんなことより、スピードを下げてほしい?」

「唐突に…話を変えるなよ…。 まあ…下げてほしいけどさ」


 そろそろ体力的に限界が来ていた。護身術を齧った程度はしていたが、その時の体力も少ない方だった。その後はやらなくなり、アニメばかり見ていたから当然なのだが。


「仕方がないな〜 私と同じ5km/hでいい?」


 その質問に俺は頷いた。

 それを確認すると、紫音は俺の設定画面に再度手を伸ばし、スピードを下げた。


(おっ…やっと落ち着いて走れ…いや、歩くことができる)


 設定が完了するとローラがゆっくりとなり、俺の足も小走りから歩行のペースへと変わっていった。


「結局、お兄ちゃんもランニングではなくウォーキングになってるじゃん」

「普段から体力作りしていないと、初心者コースでもすぐに体力がなくなるわ。まあ紫音がスピードを上げなければ10分2セットは出来ていたと思うけどね」

「人のせいにしないでくれる〜? お兄ちゃんは元々護身術ができて体力がない変人なんだから。」


 あ、あとはアニオタか、と言葉を続けた。


 確かに護身術はできるけど、それほど体力はない。だからと言って、兄を変人扱いするのはどうかと思うぞ。アニオタに関しては……保留だ。


「それで次は何をするの? フィットネスバイクは後回しにするとして」

「何さらりと後回しにしているんだよ。 フィットネスバイクに行くに決まっているだろ?」

「絶対に後でにしないとダメ!! そもそも筋トレするなら脚ばかりではなく、上腕も鍛えないと!!」

「ごもっともだけど、紫音に指示されるのがな〜」

「ほら、さっさとやってこーい!」

「へいへい」


 俺は紫音に適当に返事しながら、腕を鍛える器具の場所に向かった。

 そして器具に座り、両手でハンドルを持ち垂直に上げる動作をやっていく。


 それを繰り返し、気付けば15分は経っていた。

 腕は震えて限界だったので切り上げて、周囲を見渡すと紫音がいないことに気付いた。


(そーいえば、途中で水を買ってくるって言った気がするな)


 と思いつつ、そろそろ戻ってくるだろうと入口付近に視線を向けると———


「どうして紫音と一緒に、結茜さんと七蒼さんがいるんだよ!?」


 紫音と楽しそうに話をしている、中之庄姉妹がこちらに向かって歩いて来ていた。



 

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