第5話

 結茜さんのとの約束の日がやってきた。

 待ち合わせ時間は11時だが、余裕をもって現地に着きたいので10時には家を出るつもりだ。


 そんな俺は自室にて服装選びに悩んでいた。

 普段は無地のTシャツにパーカーと冴えない格好をしているのだが、今回はスタイル抜群の結茜さんとのお出掛けだ。下手な格好は出来ない。


「あの一式を使うしかない…か」


 それは以前、何かあった時の為にマネキン衣装一式(ジージャン、ボーダーTシャツ、黒のスキニーパンツ)をお店で買っていた。


「とりあえず、時間も迫ってきていることだし着替えるとするか」


 時計を見ると既に9時半を回っていた。

 俺は急いでクローゼットから一式を取り出し着替えを始めた。


 着替えを終えた俺は玄関に移動した。

 玄関に来たのは鏡で全身を見るためだ。


(ちょっと身の丈にあっていない感はあるけど、横に並ぶだけなら妥当な服装だろ)


 そんなことを思いながら、一応横側や後ろ側も違和感がないか確認していると、紫音がやってきた。


 紫音は俺の全身を隈無く見ると、何故か一つ頷き口を開いた。


「お兄ちゃんにしてはギリ合格かな」

「ギリ合格なのかよ。 ちなみに減点されたのはどの部分だ?」


 一応、後学のために聞いておくことにした。

 

「ズバリ!お兄ちゃんは服を着ているのではなく、お兄ちゃんが服を着させてもらっている感が強いのだ!!」

「紫音もそう思うか。 俺も鏡を見てそう思ったよ」

「だけどお兄ちゃんが頑張っていることは伝わってくるから、自信を持って結茜お姉ちゃんとデートに行ってきな!」


 紫音は時々いい事を……あれ?いま、紫音はデートって言わなかったか?

 デートではないけど、俺が結茜さんと出掛けることを、紫音には一言も伝えていないぞ。


 視線を向けると、紫音はニヤニヤしながら俺の様子を見ていた。


「どうして紫音が俺の予定を知っているんだ?」

「そ・れ・は七蒼お姉ちゃん経由だからです!」


 確かに七蒼さんとメールをしているなら、紫音にはほぼ筒抜けになるわな。


「七蒼さんとはどんなメールをしているんだ?」

「お兄ちゃんの近況報告や結茜お姉ちゃんの近況報告など…近況報告だね」

「近況報告しかしてないじゃないか!!」


 てか、七蒼さんに俺の近況が伝わっているの、物凄い恥ずかしいんだけど。しかも紫音が伝えているということは、碌なこと言っていないだろう。


「そんなことより、10時過ぎているけど時間は大丈夫なの?」

「……えっ?!」


 急いでリビングに戻り時計を確認すると、時刻は10時05分になっていた。


「やば!?」


 俺は自室に行き、用意していた鞄を手に取り、玄関に戻ってきた。


「デート楽しんできてね〜!」

「デートではなく、お出掛けだからな。 んじゃ、行ってくるわ」


 まだ紫音には反論したいことがあったけど、その気持ちを堪えて俺は靴に履き替え、玄関を出た。


 そして走って駅まで向かった。


 

◇◆


「はぁ…はぁ…間に合った」


 待ち合わせ場所近くにある時計を確認すると、時刻は午前10時55分。待ち合わせの5分前に着いた。

 本当なら10分前とか15分前に着く予定だったのに、服装選びや紫音との会話で予定がずれてしまった。


 それから5分後。周囲の人達が一様に同じ方向に視線を向きながら呟き出した。


「おい、こちらに歩いてくる女性を見ろよ。スタイル抜群すぎるだろ」

「確かにやべーわ。話し掛けにいくか?」


「あの女性スタイル良い〜!憧れる〜!!」

「オーラが凄いけど、芸能人なのかな?」


 周囲の人達と同じ方向に視線を向けると、深々と被る帽子に白のブラウスとデニムパンツのコーディネートをしている女性がいた。


(確かにスタイル抜群だけど、深々と帽子を被っているから顔が見えないな)


 まあ顔が見えたとしても、俺には縁の無い話だけどね。それにしても約束の時間になったけど、結茜さんはまだかな。


 そう思っていると、横から声を掛けられた。


「御影くん、お待たせしました」


 視線を向けると結茜さんがいたのだが———先程から話題になっているスタイル抜群の女性だった。


「ゆ、結茜さんだったんですね」

「なにが?」


 結茜さんは首を傾げながら聞き返してきた。


「その…周囲の人達が結茜さんのことを話題にしていたんだけど、顔が見えなかったから…」

「なるほど!確かに深々と帽子を被っていたら、私だって分からないよね」

「あと自分には縁の無い人だと思っていた…ので」

「その縁の無い人が私で良かったね! こうして周囲から注目の的の私とお出掛けを出来るんだから!」

「 !? 」


 そう言いながら、結茜さんが俺の手を握ってきた。いくらなんでも、彼氏彼女の関係でもないのに、手を繋ぐのはダメでしょ…。


「(結茜さん、手を繋ぐのはダメですよ…)」


 俺は小声で話し掛けた。


「(幻の妹と手繋ぎデート体験ができるのに、そんなことを言ってもいいのかな〜?)」


 結茜さんも俺と同じように小声で話し掛けてくれたが、耳元で囁かれて急に恥ずかしくなった。


 幻の妹と手繋ぎデート体験…。ファンにとってはご褒美になるんだろうけど、まだ俺には早いと思うから辞退させてもらおう。


「(俺にはまだ早いので辞———?!)」


 辞退と言い掛けた瞬間、握られていた手から力が伝わってきた。恐る恐る視線を向けると、結茜さんの手に力が入っているのが一瞬で分かった。


「御影くんの辞退は受け入れませんので、このまま目的地まで歩くことが決定です!」

「最初から俺に辞退する権利がないのに、質問をするのはずるいでしょ」

「ふふふ。御影くんが困るのを少し見てみたかったから意地悪をしちゃいました」

「俺を困らせても何もないと思うけど… とりあえず時間が勿体無いし、歩きながら話をしようか」

「そうですね!」


 俺たちは手を繋いだまま、目的地の複合施設ビルに向けて歩き出した。

 

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