第4話

 その日の夜。夕飯を食べ終えた俺は、リビングのソファーに寝そべりながらスマホを眺めていた。

 時刻は午後21時半。メールを送っても相手には迷惑にはならない時間だが、未だに送ることはできていない。


 そもそも女子にメールって、どう送ればいいんだ?紫音は家族だから普通に送れるけど、結茜さんは同級生だし、恋愛感情が生まれるようなメッセージという条件付きでかなりハードルが高すぎるよ…。


 すると目の前でテレビを見ていた紫音がこちらを振り向き、首を傾げてきた。


「さっきからため息ばかり吐いてどうしたの? 悩みがあるなら、この私が聞いてあげよう!」


 結茜さんの時もそうだけど、俺と話している時に上から目線になるのはどうしてだ?

 もしかして舐められているのかな…。結茜さんは妥協したとしても、紫音にだけは嫌だな。

  

 だけど女子にメールを送るなら、同姓の人に聞くのが一番だ。不本意だが、紫音の助力を得るしかない。


「実は…結茜さんにメールを送ることになったんだけど、どんな感じで送ればいいのか迷ってて」


 一応、恋愛感情については、紫音には隠すことにした。もし話をしたら、かなり食い付くことが予想出来る。あと単純に紫音の絡みが面倒くさいから。


 実際、結茜さんにメールを送るの一言だけで、紫音は目をキラキラに輝かせているからね。


「お兄ちゃんが青春している…! しかも相手が結茜お姉ちゃんとか———もしかして、本当に結茜お姉ちゃんが現実に…!!」

「それは飛躍しすぎだろ。そもそも俺と結茜さんは友達同士で恋愛関係はないからね!(今の所は)」

「でも友達同士が恋人にランクアップするのには、少し憧れがあるな〜」

「紫音にはまだ早い。 いまは女性とメールする時の大事なことを早く教えろ」

「はいはい、分かりましたよ。 シスコンのお兄ちゃんの頼みを聞きますよ」


 俺はシスコンではないので反論しようと思ったが、これ以上話が逸れると時間の問題にもなるので我慢することにした。


「まず第一条件として、楽しいメールにすることが大事だよ。この人とメールして楽しいと思われれば、興味が湧くしイメージアップも出来るから」


 それって、最終目標が結茜さんと恋人になってくれと言っているよな? だけど恋愛感情に関しては、一応参考にしとこう。


「逆にネガティブな発言や自慢話をするのは絶対にダメだからね?相手を不快に思わせたら、その人とはメールをしたくないと思うから」


 それは理解している。俺自身も相手からメッセージが来たら不快な思いになるし。

 だから俺は不快なメッセージを送ることは絶対にしないと決めている。


「あとメッセージを送る時は、文字数に気を付けてね。あまり多いと読むのが面倒くさくなり、返信が来なくなるケースがあるから」


 少し体験談に聞こえるが、紫音のアドバイスはかなり参考になるな。これらを踏まえて、結茜さんにメッセージを書いてみるか。


「かなり参考になったわ。紫音のアドバイスを元に結茜さんにメッセージを書いてみるよ」

「頑張ってね! 私の未来のお姉ちゃんが掛かっているんだから!」

「それは期待しないことをオススメしとくよ」

「お兄ちゃんのケチ」


 紫音の言葉をスルーして、俺は結茜さんとのトーク画面を開いた。


 楽しいメールにしないといけないから、学校での出来事が一番かな。これならお互いに共通の話になるのと、自慢話にはならないし。


 そう思い、俺はメッセージを書き込んだ。


【こんばんは。御影雪翔です。メールが遅くなりごめんなさい】


 何故だか分からないけど、楽しいメールにするつもりが、出だしから固いイメージになった。


「これだと、つまらない男のメッセージだよな」

「一体、お兄ちゃんはどんなつまらないメッセージを書いたの?」

「うぉ…?! 急に覗き込んでくるなよ」


 驚いた瞬間、スマホからポンっと音が鳴った。

 恐る恐る画面に視線を向けると、先程の固いメッセージが送信されていた。


「紫音の所為でダメなメッセージを送ってしまったじゃないか!!」

「いやいや、私の所為にしないでよ。お兄ちゃんが驚いたのが悪いんだよ!!」

「それは紫音が驚かしてきたからだろ」

「普通に聞いただけだしー」


 てか言い訳している暇があったら、送信取り消しボタンを押さないと———って、既に既読が付いているんですが?!


 何で既読が付いているの。夜にメッセージを送るにしても、俺がいつ送るかなんて分からないし。

 もしかして、ずっとスマホの画面を見ていたとか?結茜さんに限って、それはないな。偶然スマホを見ていたら、俺からの通知が来たんだろう。

 だけど、タイミングが良すぎるよ…。

 

「それにしても、私のアドバイスを元に頑張るって言っていたのに、メッセージ固すぎない?」

「同感だな。 このメッセージを書いた俺でも固すぎると思っていたよ」

「私の未来のお姉ちゃんが消えていく…」

「元々、そんな未来はありません」


 すると、持っていたスマホが震えた。

 確認すると、結茜さんからの返信だった。


【結茜:御影くんのメッセージ固すぎ(笑)もっと気楽にやっていこ!】


 こんなフレンドリーな文でいいのか。

 俺の文と見比べると、天と地の差があるな。


「お兄ちゃん、私は部屋に戻るけど、結茜お姉ちゃんとのメッセージ頑張ってよね?」

「頑張ってみるよ」


 紫音は部屋に戻るのを見届け、俺は画面に視線を戻した。

 次は結茜さんの文みたいに、フレンドリーな感じで書くように意識してみよう。


【雪翔:返信するの早いね!もしかして、動画とか見ているタイミングだったのかな?】


 一応、送ってみたけど…これはこれでフレンドリーすぎたかな?結茜さんと業務連絡以外でまともに話したの、昨日がほぼ初めてだったし。


【結茜:よく分かったね!アニメを見ていたら、通知が来たんだよ!】


 やはり偶然だったようだ。

 それにしても、結茜さんもアニメを見るんだな。

 学校では真面目な委員長でアニメの話をしているのを聞いたことないし、モデルの方ではあまり情報解禁されていない。だから新しい一面を知れて、少し嬉しい気持ちがあった。


【雪翔:結茜さんもアニメを見るんだね!アニメを見るイメージがなかったので新鮮だよ】


【結茜:私だってアニメは見るよ!!毎クール見る作品をピックアップして視聴しているからね?】


【雪翔:俺もピックアップしてから視聴しているよ。特にオリジナル作品は外れが少ないから見るようにしている】


 今まで視聴してきたオリジナル作品はほぼ当たりだった。キャラデザ、構成、作画の全てにおいて神作品と言えるのもあった。


【結茜:分かる〜!!私もいくつものオリジナル作品に胸を熱くされたり、泣かされたりしたな〜】


【雪翔:同じくです(笑)でも結茜さんがアニメ好きだったのは意外でした。学校では真面目で読モの時は趣味欄には何も書かれていなかったので】


【結茜:乙女には乙女の秘密があるのだよ。だから、この趣味の話は私と御影くんの二人だけの秘密だからね?】


 秘密…ね。きっと姉である七蒼さんは知っているから二人だけの秘密にはならないと思うけど、響きが嫌いではないからそう思っておこう。


【雪翔:分かりました!!全力でこの秘密を守っていきたいと思います!!】

 

【結茜:全力の使い方が間違っているよ(笑)って、もうこんな時間だ】


 リビングにある時計を確認すると、時刻は午後10時半。既に一時間が経過していた。

 

【雪翔:時間が経つのが早いね。もしかして、就寝時間が早いの?】


【結茜:まだ就寝準備が出来ていないから、そろそろ準備しないとな〜って思って】


【雪翔:ごめん…俺が中途半端な時間にメッセージを送ったから…もう少し早く送れれば良かったんだけど】


 ぐだぐだ悩んでいたのが仇となったようだ。


【結茜:御影くんのことだから、色々と考えてくれていたことは分かっているよ。今回の点数を付けるなら二十点かな】


 厳しい…。だけど紫音のおかげで0点は免れたようだ。ちゃんとアドバイス通りに出来ていたかは分からないけど。


【雪翔:なかなか厳しいですね…(苦笑)】


【結茜:そう簡単に私の心を簡単に動かせられると思ったら甘いよ!!私の心を動かしたければ、もう少し精進したまえ〜!】


【雪翔:頑張らせていただきます】


【結茜:期待しているぞ! てことで、おやすみ】


 GOOD NIGHTと書かれたスタンプが送られてきた。


【雪翔:おやすみなさい】


 お気に入りの就寝したパンダのスタンプを送って、俺はトーク画面を閉じた。



◇◆


【雪翔:おやすみなさい】


 就寝したパンダの可愛いスタンプが送られてきたのを確認して、私はトーク画面を閉じた。


「御影くんとアニメの話でここまで盛り上がるとは…想像もしなかったな」


 私がアニメ好きってことを知っているのは、家族以外誰もいなかった。


(あっ…二人だけの秘密ではなかったけど、きっと御影くんも気付いているよね)


 学校では真面目な委員長として、周囲の人達が好きなアニメの話をしてたとしても、耳を傾けるのを我慢していた。

 読モの時も趣味を聞かれたが特にないと答えていたが、実際はアニメ鑑賞と言いたかった。


 今時、アイドルだってアニメ好きを公言しているのだから私もすればいいのだけど“幻の妹“やお姉ちゃんのイメージを気にして出来なかった。


「はぁ…もっと気楽に出来たらな…」


 幸い、空き教室での御影くんとの時間が出来たのは、かなりのリフレッシュになりそうだけど。

 

「ゆ〜あ〜ちゃん。何を考えているのかな〜?」

「ひゃ!?」


 突然、頬に冷たい感触が伝わってきた。

 視線を向ければ、コップを私の頬に当てながら、ニヤニヤしているお姉ちゃんがいた。


「お姉ちゃん!いきなり冷たいコップを頬に当ててこないでよ!心臓止まるかと思ったじゃん」

「だって、結茜ちゃんが悩める子羊みたいな顔をしていたから、相談に乗ろうかと思って」

「誰が迷える子羊ですか。とにかく、私はお姉ちゃんに相談するほど悩んでいません」


 これは私自身の問題。自分の趣味を公言するかどうかなんて、お姉ちゃんに相談しても意味はない。

 寧ろ、お姉ちゃんに相談したら、物凄い勢いで拡散されていそうで…なんか怖い。


「そんなお姉ちゃんから結茜ちゃんにプレゼントがあるんだけど欲しい〜?」

「プレゼント?」


 お姉ちゃんが特別な日以外で、私にプレゼントするなんて珍しい。

 一体…どんなプレゼントが出てくるんだろう。


 お姉ちゃんはニヤニヤしながら、パーカーのポケットから一枚の小さい封筒を取り出した。


「これです!!」

「 !? そのチケットは!?」


 お姉ちゃんが取り出したのは映画のムビチケだった。ムビチケならここまで驚く必要はないのだが、そのムビチケは人気アニメの為に即完売してしまった私の大好きな作品の映画だったから。


「完売したはずなのに…どうやってムビチケを手に入れたの?!」

「二週間前くらいに雑誌を見ていたら、このムビチケの応募があったの。それで結茜ちゃんが好きな作品だ〜と思って、応募したら当選したの」

「お姉ちゃん神すぎる…」

「だってムビチケ発売日が私の仕事の手伝いで買いに行けなかったでしょ?半泣きしてたから、悪いことしたな〜って思っていたんだよ?」


 確かに仕事の手伝いで買いに行けず、次の日に行ったら完売で自室で半泣きしてた。

 だけどお姉ちゃんにその姿を見られていたのは———とてつもなく恥ずかしい。


「てことで、週末に雪翔くんとお出掛けするんでしょ?」

「そうだけど…なんでお姉ちゃんが知っているの」

「お姉ちゃんは何でもお見通しなのです!」


 ドヤ顔しているということは、私のスマホのスケジュール帳を勝手に見た可能性があるな。

 スケジュール帳にもパスワードが付けることが出来ればいいのに。


「そこで、このムビチケをあげます。雪翔くんと親交を深めてきてね」

「それは嬉しいけど、御影くんがアニメ好きではなかったらどうするつもりなの?」


 お姉ちゃんからムビチケを貰った。


 まあ先程のメッセージのやり取りで、アニメ好きなのは確認済みだ。これは私個人のお姉ちゃんに対する意地悪だ。


「大丈夫!だって、結茜ちゃんにムビチケ渡した時に、とっても嬉しそうな顔をしていたから」


 ほんとお姉ちゃんは何でもお見通しだな。

 まあ恋愛感情とかではなく、今のところは共通の趣味友達としてだけどね。


「はいはい。お姉ちゃんには負けましたよ。あとムビチケは有り難く使わせて貰うね」

「素直じゃない結茜ちゃんも可愛い〜」


 ほんとお姉ちゃんには色々と敵わないな。

 だけど専属モデルの時のお姉ちゃんはカッコよくて頼り甲斐があるから、私の憧れでもある。


「それじゃあ、私お風呂に入ってくるから」

「ごゆっくりー!」


 私は軽く口角を上げながらリビングを出て、浴室へと向かった。

 


 

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