第3話

 大型連休明けの翌日。学校に着くと教室内ではお土産を配っている人が数名いた。

 特にカースト上位の女子が配っているのは、北海道で有名なクッキーだった。……流石、カースト上位だな。お土産でもマウントを取ってくるのか。


 そう思いながら、自席に着き一息ついていると、カースト上位の女子がやって来た。


「これ北海道旅行のお土産だよ!」


 そして一言いうと、箱から一つお菓子を取り出し、俺の机の上に置いた。


「あ…ありがとう」


 お礼を伝えると、カースト上位の女子はサムズアップをして、次の人の場所へと向かった。


「相変わらず、カースト上位の人たちのコミュ力は凄いな…」


 俺は貰ったクッキーの袋を開け、中身を取り出して口に運んだ。クッキーを齧ると口の中に濃厚なバターの味が広がり、さらにサクサク食感でかなり美味しかった。


「あっ!委員長おはようー!」

「委員長おはー!」

「結茜ちゃん、大型連休は何していたの?」


 心の中でグルメリポート的なことをしていたら、クラスの女子たちが教室に入って来た結茜さんに挨拶をする声が聞こえてきた。


 そちらに視線を向けると、委員長こと中之庄結茜さんがいた。


「皆さん、おはようございます。 大型連休中は家族で旅行に行きましたよ。とても楽しかったです」


 おぉ…。何の迷いもなく嘘を付けるとは、結茜さんベテランすぎるよ。


「私も家族で北海道に行ったんだよ。これがそのお土産ね!」

「ありがとうございます。 ですが、私は皆様に渡すお土産を買い忘れてしまい…」

「そんなこと気にしなくていいよ。 委員長には色々と助けてもらっているからさ!」

「お気遣いありがとうございます」


 それにしても中之庄結茜の時は固い雰囲気で、羽衣結茜の時は緩い雰囲気は違和感しかないな。


 違和感の点で言ったらもう一つある。

 それは髪色と眼鏡だ。今までだったら学校での姿が普通に思えるのだが、昨日の茶髪と裸眼の姿を見てしまったら違和感しかない。


「本当に同一人物なのか…よ」


 俺は苦笑するしかなかった。

 

 すると机に置いていたスマホが震えた。

 確認すると、結茜さんからのメッセージだった。


『放課後、三階の空き教室に集合ね!』


 交換後一発目のメッセージが呼び出しだと…。

 恐る恐る、結茜さんの席の方に視線を向けると、俺の方に小さく手を振りながら微笑んでいた。


 悪目立ちや変な噂を立つのが嫌だ的なことを言っていたのに、俺に手を振っていいの…か?

 あと俺にも小さく手を振り返して的なジェスチャーをしないでほしいんですけど。


「(俺も手を振り返さないとダメなのか?)」


 あっ、隣の席の女子に質問された。

 当然のことだけど、委員長がいきなり手を振ったら誰だって気になるよな。


「出席確認を取るから席に座れよー」


 結局、結茜さんに向けて小さく手を振ることなく、先生が来てホームルームが始まった。


◇◆


 放課後になり、俺は指定された空き教室の前にやって来た。この三階の空き教室は人が滅多に来ないので、素の結茜さんを出すには最適な場所になる。


「それにしても、何の呼び出しだろう」


 メッセージには集合しか書かれておらず、具体的なことは何一つ分からない。

 放課後になるまでの間も一言も話していないので、結茜さんの気に触ることもしていない。


 謎が深まるばかりで時間だけが過ぎていき、空き教室前に着いてから気づけば5分は経過していた。

 俺は深呼吸をして、空き教室の扉を開けた。


「やっと入って来た。 目の前にいるはずなのになかなか入ってこないから、こちらから御影くんを出迎えようかと思ったよ」


 室内から声が聞こえて、視線を向ければ茶髪で制服を着崩した結茜さんがいた。


「その…複雑な心境があったもので。 そんなことより、黒髪から茶髪に変わるの早くない?」


 そう言いながら、俺は椅子に座った。


「話をはぐらかされた気がするけど…まあそれはいいとして、実はウィッグってかなり蒸れるんだよ」

「それならウィッグをやめて、学校生活も茶髪のままで過ごせば?」

 

 その瞬間、結茜さんは頬を膨らませた。


 えっ…。俺、何か気に触ることを言ったのか。

 でもウィッグを取るだけで、結茜さんの問題はすぐにでも解決できるんだけど?

 

「御影くん。 昨日、私が話をしたことを覚えていないの?」


 昨日…?昨日は結茜さんの家に行き、お弁当を食べて、メロンを頂いた。……あれ?詳しい話を聞くはずで行ったのに、何も聞いていないな。


「覚えていないというよりも、その話を聞いていないのが正しいかな?」

「……あれ?」


 結茜さんは腕を組み、昨日のことを思い出している表情をした。


「確かに…お姉ちゃんが暴走したせいで、御影くんに肝心なことを何一つ伝えていないわ」

「それじゃあ、学校とモデル業の時で姿が違う理由を聞いてもいいかな?」

「もちろん」


 そして深呼吸をし、結茜さんは口を開いた。


「結論から言うと、学校では目立つようなことをしたくないの」


 ……っん?目立ちたくないのに、モデルの仕事を手伝っているの?

 俺だったら、絶対に頼まれてもやらないのに。


「御影くんの言いたいことは分かるよ。だけど、これには訳があって、去年の話になるんだけど———」


 目立ちたくない理由を語り出した。


「中三の冬休みの期間だけ、当時高校生だったお姉ちゃんと一緒に茶髪に染めに行ったの。その髪で街を散策していたら、いまお世話になっている雑誌の編集さんに会ったの」


 ここまで聞いていたら、別に目立つことに抵抗が生まれるような要素は何一つないが…。

 そう思っていたら、「ここからが大事だから、よく聞いてね」と言われた。

 

「それで街角スナップというのを撮って、冬休みの最終日に発売の雑誌に載ったんだけど…」


 あれ…?急に歯切れが悪くなったけど、何か言いにくいことでもあるのかな。


「もし言いにくいことがあるなら、これ以上は聞くのはやめるけど」

「大丈夫…うん、大丈夫だから。最後まで聞いて」

「分かった」


 結茜さんは改めて深呼吸をして、先程の続きを話し始めた。


「冬休み明けの学校で、雑誌を見たカースト上位のグループや仲が良かった友達から心無いことを言われて…ね」

「まあ冬休みは受験生の追い込み期間だし、羽目を外して遊んでいるのを見たら…ね。結茜さんは受験とか大丈夫だったの?」


 この高校にいる時点で合格しているのは当然なのだが、少しだけ気になってしまった。


「私は推薦だったから、その頃には合格を貰っていたよ。あと先に言っておくけど、不定期のモデルの仕事も学校から了承を得ているからね」


 仕事に関しては大体分かっていたからいいのだけど、推薦で合格だったとは…。俺なんか、結構ギリギリの所での合格だったのに。


「で、高校入学前くらいからお姉ちゃんの仕事の手伝いで茶髪に戻したの。でも、またクラスの人達に何か言われるのが嫌だから、黒のウィッグと眼鏡を付けて真面目な委員長をしているの」


 この話を聞いたら、確かに『ウィッグをやめて茶髪のままで過ごせば?』は、結茜さんには地雷発言だったな。


「色々とあったんだね。 それを知らずに、さっきは気に触ることを言ってごめん」

「別に謝らなくてもいいよ。 昨日話しそびれた私が悪いんだし」

「それでも———」

「そんなに悪いと思っているなら、休日に私とお出掛けしない? 新着の服を見に行こうと思っていたからさ」


 結茜さんと二人でお出掛け!?

 それって、で…デートになるのでは?!


「あっ、デートではないからね? 私、御影くんには恋愛感情はないから。あくまでも友達として誘っているから、そこは勘違いしないでね?」


 ですよねー。こんな冴えない俺なんかに、恋愛感情を抱くことはないよね。当然だけど。


「大丈夫です。一生彼女は出来ないものと思っていますから」

「そんな悲しいことを言う暇があるなら、私に恋愛感情を持たせようと頑張ってみたら?」

「さっき恋愛感情はないって?」

「よく漫画やアニメでは友達から恋人になる話があるでしょ?」


 俺は頷く。俺の大好きなジャンルだから。


「それは現実でもあって、仕事先のモデルの子たちがよく話をしているのを聞いていたの。だから、私と御影くんは友達。友達だから一緒に行動していれば、お互いのいい所に気づく。私に恋愛感情が生まれているかも———という訳よ」


 なるほど。大体の話は分かったけど、気になるのは『一緒に行動』の部分だ。学校では基本的には関わらない前提があるので、一緒に行動するにしても放課後や休日しかない。その中で幻の妹を惚れさせることは…無理があるだろ。


「確認だけど、学校では基本的には関わらないんだよね?」

「基本的には業務連絡以外では関わらないけど、この空き教室にいる場合のみ話し掛けることを許可しましょう」


 上から目線なのが気になるが、気にしたら話が進まなくなるので質問を続けた。


「この空き教室での活動日とかあるの?」

「今の所決めていないから、集合の時は私がメッセージを送るね」

「分かった。 そのメッセージが来たら、この教室に来るようにするよ」

「他に質問はある? もし無いなら、今日は解散になるけど?」


 教室の時計を見れば、時刻は午後17時になっていた。部活動をしている生徒以外は、ほぼ帰宅している時間だ。今更だが、俺と結茜さんは帰宅部だ。


「いまは思い付くことはないかな」

「それじゃあ、解散だね」


 俺と結茜さんは鞄を持ち、教室を出た。


 そのまま下駄箱まで行き、靴を履き替え終えると、結茜さんが何か思い出したように口を開いた。


「最後に言い忘れていたよ」

「……何を?」

「今日の夜にメッセージを送ること。文面は何でもいいけど、私に恋愛感情を持たせることを意識しながら書いてね」


 そう言い残して、結茜さんは先に帰っていった。


「マジかよ… あと近所なんだから、途中まで一緒に帰っても良かったのでは?」


 そんな独り言をしながら、学校を後にした。

 

 

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