第6話

「今日は服を買いに行くって言っていたけど、他には何を見る予定なの?」


 複合施設ビルに向かっている道中、俺は気になっていたお出掛けプランを聞いた。


「まず複合施設で色々なことをするでしょ、そして映画館に移動して映画を見ようと思っているよ」

「複合施設での説明がざっくりなのはいいとして、映画を見るなんて初耳だよ?!」

「だって、いま初めて伝えたからね!」


 結茜さんは悪戯顔を浮かべながら言ってきた。

 そして「実は」と言葉を続けた。


「この前、滅多にプレゼントをくれないお姉ちゃんから映画のチケットを貰ったの」

「そのチケットを貰ったのはいつ?」

「御影くんとメールを終わったあとに貰ったよ」


 つまり水曜日には貰っていたと…。

 そして、今日は土曜日だ。二日間も学校で伝えることができたはずなのに、集合も掛けることなく一度も言わなかったと。……どうしてだ?


「いま、どうしてって思ったでしょ?」

「思ったよ」

「映画に関してはサプライズにしようと思ったんだよね。御影くんもアニメが好きって言ってたから」


 すると結茜さんに手を引っ張られ道の端に移動し、握っていた手を離すとショルダーバックから一枚の白い封筒を取り出した。


「それは?」

「この中にチケットが入っているんだけど、御影くんもかなり驚くと思うよ」

「俺はそう簡単には驚かないぞ」


 結茜さんは封筒からチケットを取り出し、微笑みながら表面を俺の方に見せてきた。


「完敗です」


 チケットを見た瞬間、俺は敗北した。

 だって、結茜さんが出してきたチケットは、俺が気になっていたアニメ映画だった。


 その映画は美少女戦士たちが星座の力を宿した聖剣を手にし、宇宙を暗黒に染めようとする敵を倒す物語になる。ちなみに女性向けだから、男一人で行くのには抵抗があったので、DVDが出るまで待つことにしていた。


「見栄を張ったのに瞬殺だったね〜」

「仕方がないだろ。その映画は見たかったけど、色々あって見に行くのを諦めていたんだから」

「その諦めた理由は?」

「絶対に笑うなよ。その…女性向けアニメだから、男一人で見に行く勇気がなかったから」

「確かに女性向けだと周りも女性ばかりで、男性の人は少ないもんね。なら、今日はラッキーだと思って、この映画を一緒に楽しもうね!」

「全力で楽しませてもらいます!!」


 折角、諦めた映画を見れるんだから、楽しまないと勿体無いしね!


 それより、七蒼さんはチケットをどこで手に入れたんだろう…。公式SNSでは既に完売したと告知されていたのに。


「でもチケットをよく取れたね」

「その話は映画館に向かいながら話すね」

「あれ?複合施設に向かっていたのでは?」

「ほら、休日だから席を先に予約しないとダメだとチケットを見て思ったの。ダメかな?」

「ダメではないです!」

「うんうん!それじゃあ、映画館へレッツゴー!」


 結茜さんと再び手を繋ぎ、俺たちは歩きだした。


 そして少し歩くと、結茜さんが口を開いた。


「それでチケットのことだけど、お姉ちゃんによると雑誌の懸賞で当てたらしいの」

「懸賞?!」


 確かに懸賞のプレゼントでチケットがあったけど、普通は当たらないものだぞ。

 今回は応募しなかったけど、以前違うので応募した時も当たらなかったし。


 七蒼さんの運の良さが羨ましい。


「私、雑誌の懸賞には興味がないから分からないけど、そんなに驚くことなの?」

「かなり驚くよ!!今回の当選者数は50名だし、応募する人はその倍だと思うから、かなり運が良いと思うよ」


 何だったら、招待制の試写会に当たってもいいくらいのレベルだよ。ほんと羨ましいな!!


「そんなに凄いことなんだ〜 お姉ちゃん様々だね」

「七蒼さんに「ありがとう」と、結茜さんから伝えておいてくれない?」


 本当なら直接言いたいのだけど、それだけの為に家に伺うのは迷惑だと思った。だから、結茜さん経由で伝えてもらうのが一番だ。


「もちろん!お姉ちゃんに「御影くんが嬉しくて抱き付いてきたよ」と伝えておくね!」


 結茜さんは悪戯顔を浮かべた。


「なんで?!七蒼さんに変な誤解をされるから、嘘を伝えるのはやめてよ」

「冗談だよ〜! ちゃんと一言一句間違えずに伝えるから安心してね!」

「本当に頼んだよ…」


 半信半疑のまま数分歩き続けると、目の前に大きなビルが見えてきた。

 そこには“シネマズ“と書かれており、案内板にはニ階〜五階までが映画館と書かれていた。


 俺たちはエスカレーターでニ階に上がり、チケット発券機の目の前にやって来た。


「うわ〜 さすが人気作品なだけあって、お昼の時間は全て埋まっているね」

「事前に予約をとるべきだったね」


 上映回数は六回と多いものの、休日ということもあり一番いい時間帯は全て満席だった。

   

「そしたら…私たちが見るとしたら15時55分の回になるけど、御影くんは大丈夫?」

「俺は平気だけど、結茜さんの方は平気なの? 七蒼さんと夕飯を食べる時間とか」


 俺の場合は紫音から『いくらでも遅くなって大丈夫だからね!』と言われている。本当に中学生の台詞かよと思う。あと変なことをするつもりもない。


「私も大丈夫だよ」

「それなら、その回を買うとしますか」

「だね!早くしないと埋まっちゃうし」


 結茜さんは慣れた手つきで画面を操作して、二枚のチケットを発券した。


「これが御影くんのチケットね」


 結茜さんからチケットを一枚受け取った。


「大丈夫だとは思うけど、チケットを無くさないように気を付けてね?」

「それは大丈夫。すぐに財布にしまうから」


 そう言いながら、俺は財布のお札入れの場所にチケットをしまった。ここなら財布を開けた時にすぐに取り出せるし、お札に守られて落ちる心配もない。財布自体を落としたら終わりだけどね。


「結茜さんも無くさないようにね」

「私はスマホカバーにしまうから、絶対になくす心配はないもんね!」

「そう言って、スマホ開いた時にチケットが風で飛んで行ったりしてね」

「笑い事ではないでしょ!! その時は御影くんにチケットを追いかけてもらうからね」

「俺だけかよ!? でも結茜さんも一緒に追いかけるよね?」

「…………追いかけるよ」

「その沈黙は何?!」


 沈黙=私は追いかけるフリをするよ、と言っているようなものなんだろうな。

 まあ俺は頼まれたら断れない性分だから、チケットを追いかけることになると思うけどね。そのせいで自分が損していることは自覚しているけどね。


「とりあえず、服屋のあるビルに移動しよっか!」


 あっ…話をはぐらかした。

 まあ、いまは見逃してあげるか。


 結茜さんは左手を差し出してきた。


「これは手繋ぎ継続ってやつですか?」

「継続ってやつですね!」

「どこまで…ですかね?」


 結茜さんは一つため息をついた。


「今回は服屋まででいいよ。その代わり、服屋までの道のりはちゃんと握ってね?」

「頑張ります」


 再度差し出してきた結茜さんの左手に、俺は右手を重ねて、そして握った。


 


 周囲に注目されながら複合施設に着くと、結茜さんに手を引っ張られていた。


(さっきから数軒の服屋を通り過ぎているけど、どこの服屋に向かっているんだ?)


 そう思いながら数分歩くと、結茜さんが立ち止まり、俺の方に視線を向けてきた。


「着いたよ!」

「ここって…ブランドの服屋だよね?」

「そうだよ。そして御影くんに、私の服を一着選んでもらう場所だよ」

「初耳なんですが?!」


 俺が聞いたのは『服を見に行く』なのに、いつから『服を選ぶ』に変わったんだ…?


「そう思うのも仕方がないよね」


 どうやら顔に出ていたらしく、結茜さんは続けて説明してくれた。


「事前に伝えることもできたんだけど、仮に伝えたとしても、御影くんは選ばないの一点張りになると思ったの。だから当日に発表する、サプライズ方式に切り替えたのです!」


 いやいや、ドヤ顔を向けられても困るんですが。

 それに普通は人に喜ばれることをするからサプライズになるけど、今回に至っては違う気がするぞ。


「当然断るに決まっているでしょ。妹の紫音の服ですら選んだことのない俺が、モデルをしている結茜さんの服を選ぶなんて分不相応だよ」

「そんなに卑下にしなくてもいいのに。私が選んでもらいたいと思ったから頼んでいるんだよ?」

「それでも、俺は辞退———」

「私の脳内辞書には辞退という二文字はない。だから、御影くんが私の服を選ぶことは決定なのです」

「……マジっすか」

「マジです」


 学校では見せないけど、俺の前になると普段は見せない一面が出てくるよな。

 その一面がもし学校でも出ていたら、クラス内の地位も上位に行きそうだな。


「ほら、うだうだしていないで中に入るよ!」

「……はい」


 結茜さんに引っ張られる形で、俺は店内へと入店した。……恥ずかしすぎる。


 店内に入ると沢山のレディースの服と女性客が目に入ってきた。予想はしていたけど、男性客は一人もいないので、俺はかなり目立っていた。


「やっぱり、俺は外で待っているよ」

「それはダメ! 外にいたら、私の服を選ぶことができないでしょ?」

「でも…周りの視線が気になって」


 結茜さんは周囲を見渡した。

 そして俺の方に視線を戻すと微笑んできた。


「大丈夫だよ。きっと、私たちのことを初々しいカップルだと思われているんだけだから」

「かっ…カップルって」


 なんで何の躊躇いもなく言えるのかな…。俺なんか、カップルという言葉だけで顔が熱くなっているのに。


「御影くん、顔赤くなっているよ〜 もしかして、照れているのかな〜?」


 くっ…余裕の笑みをしやがって。

 ここは俺も反撃したいけど、何かいい反撃となる材料が———あれを試してみるか。


「照れてはいないから。それより、カップルというなら、結茜さんも俺のことを名前で呼んだ方がいいのでは?」


 カップル同士に見せるなら、お互いに名前で呼ぶ方がいいだろう。幸い、俺は普段から“結茜さん“と呼んでいるので、彼女だけの唯一の反撃材料になると考えた。


(さて、結茜さんはどんな表情をしているかな)


 結茜さんの顔に視線を向けると———


「 !? 」


 口元を手で隠しながら、顔が薄っすらと赤くなっているのが見えた。


「ご、ごめん… 言い過ぎたよね。結茜さんはこれまで通り苗字で呼んで」

「………でいいよ」

「えっ?」

「だから、今日だけ特別に名前で呼んであげるって言ったの!!」


 あの結茜さんが俺のことを(一時的に)名前で呼んでくれるだと!?……最高すぎるでしょ。


「ありがとうございます!」

「ほんと単純なんだから…」


 そして結茜さんは一つ深呼吸をした。


「それじゃあ、ゆ…雪翔くん。 私に似合う服を選んできなさい!!」

「了解です!!」


 最初は恥ずかしながらも、最後は逆ギレ風になっていて色々と新鮮に感じるな。

 普段見せない一面もここに来る間に見れているし、結茜さんとのお出掛けはまだまだ楽しかなりそうな予感がするな。


 そんなことを思いながら、俺は結茜さんに似合う服を一生懸命考えながら選んでいった。



 

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