第7話:社畜、モフモフをダシに後輩女子を家に連れ込む


 大変なことになってしまった。


「へぇ、先輩の家って結構遠いんですね。通勤とか大変じゃないですか?」


「ま、まぁ大変だね……でも今はもう慣れたから」


 朝倉さんが本当にうちに来ることになってしまった。いや、まさか「会社から一時間以上かかる」と言ってもついてくるなんて誰が想像できるか? 

 

 それに仕事だって朝倉さんが俺の分の仕事をかなり手伝ってくれたおかげでいつもより早く帰れた。19時ぐらいに帰れるなんていつぶりだ? でも朝倉さん、明日から自分の仕事がさらに忙しくなるだろうに……。


 これらを総括するに、朝倉さんのフィルに会いたいって思いは相当強いらしい。でもなぁ……なんかこれじゃあ、ペットをダシに女を連れ込むチャラ男みたいだ。


 しかもその相手が会社の後輩だから、なおのこと罪悪っぽいものを感じる。いや、向こうが来たいと言っているんだからそこまで気にする必要なんかないんだろうけど、異性経験の乏しい俺にはあまりに衝撃的な出来事でねぇ……。


「それにしても先輩、ここはのどかでいい街ですね。いい意味で東京らしくないというか、過ごしやすそうです」


「うん、そこがこの街のいいところだと俺も思うよ」


「やっぱり! あ、河川敷もあるんですね。いいなぁ、ここでランニングとかしたら楽しそう! 先輩はランニングとかします?」


「いや、俺は……この河川敷で飲みながら歩くのが好きかな」


「え、先輩そんな趣味があるんですか!? 意外……先輩真面目だから、お酒とか飲まないのかと思ってました」


「そうだったの!? いや俺、お酒飲みぐらいしか生きがいがないし……いや、この河川敷でフィル拾ってからは結構毎日楽しいけど」


「ここでフィルちゃん拾ったんですか!? はへぇ……あんな子を捨てる人がいるんですねぇ。でも先輩、どうして飼うことにしたんですか?」


「酒の勢いで」


「……あっはははははは! 先輩、結構いい加減なところもあるんですね! ふふっ、よかったぁ、先輩の意外な一面を見られて」


 朝倉さんは思いっきり腹から声を出して大笑いしていた。やっぱ笑うよな、俺だって他人からそんな話聞いたら同じ反応する気がする。

 でも俺って朝倉さんからはそんなに真面目な人間に見えていたのか……普段の仏頂面かつ死んだ目がそう見せていたのかねぇ。


「俺は朝倉さんが思ってるよりずっといい加減な人間だよ。今日だって二日酔いで体調最悪だったし。あとバズったことも聞いて心臓バクバクだった」


「あ、そうだったんですね。先輩、さらさら〜って仕事終わらせてたから全然気にしてないのかと思ってました」


「朝倉さんみたいに表情豊かじゃないからなぁ俺。でも今日はありがとう、仕事手伝ってくれて」


「フィルちゃんに早く会いたいので! それに、私こそいっつも先輩に助けてもらってばっかりですから。先輩の邪魔になるかなって思ってお手伝いする勇気がなかったんですけど……今日はできてよかったです!!!」


「そ、そう? でも大したことはしてないよ俺。朝倉さんは優秀だし」


「してます! 先輩は私が新人の時も、ミスばっかりする私のことを優しく教えてくれたり、最近だって私のやらかしを尻拭いしてくれたり、それにいつも残業して私たちの負担減らそうとしてくれてるの、全部知ってるんです!」


「い、いやいや買いかぶりすぎだって」


「いーや、違います! 私、すっごい先輩のこと尊敬してるんですから! だから先輩はもっと自分に自信を持ってくださいね。あと、今日みたいに私にも遠慮なく頼ってください!」


 ニコニコと、可愛らしく笑いながら朝倉さんにいっぱい褒められてしまって、つい口角が自然と上がりそうになる。

 なんとか口元を押さえてそれを誤魔化したけど……てっきり嫌われているのかと思ってた後輩からそう言ってもらえたのは、正直めちゃくちゃ嬉しい。


 仕事、頑張ってきた甲斐があったな。


「ありがとう、朝倉さん。そう言ってもらえたら、仕事も頑張れそう。あ、もうすぐ家着くよ、あそこが俺の家」


「一軒家なんですか? もしかして先輩、既婚者……」


「い、いや違うよ! 亡くなった親の家を継いだだけで、住んでるのは俺とフィルだけ」


「ほっ……」


「ん?」


「い、いやなんでもないですよ。もうすぐフィルちゃんに会えるのかー楽しみ!」


「飛びかかってくるかもしれないから気をつけて。さて、帰ったぞーフィ———」


「ワンワンワンワンワン!!!」


「うぎゃ!?」


 俺が家の中の敷地に入ると、庭からフィルが俺に思いっきり飛びかかってきた。「やっと帰ってきたなこの野郎」と言わんばかりに尻尾フリフリしながら飛びかかってきたフィルをなんとか受け止めることは……。


「先輩大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫。慣れてる」


 できなかったけど、もう慣れてきたのでうまく受け身を取ることはできた。


「本当にお前は元気なやつだなぁ。ごめんな、待たせちゃって」


「クンクンクーン」


「はいはい、ご飯の準備するよ。朝倉さんも頭撫でてみる?」


「はいっ!!! うわー、すっごいモフモフで可愛い……生フィルちゃん尊い……はわわっ、すっごいモフモフ!」


「ワン」


 そうだろ、俺様の毛並みは最高なんだ。そんな声が聞こえてくるぐらい、キリッとした顔をしながらフィルは朝倉さんに撫でられている。女性の前だからカッコつけてるのかこいつ?


「本当に可愛い……でも動画みたいにかっこいいところもあるんだもんね。フィルちゃん最高だねぇ〜」


「ワンワン」


「朝倉さん、フィルに気に入られてるじゃん。ほらフィル、つなぎのビーフジャーキー」


「クーン、クンクン」


 おお、朝倉さんに撫でられて嬉しそうにしてたけどビーフジャーキーの方が優先順位が高いんだな。すぐにばくばくって食べちゃったよ。


「さて、ご飯作るか。朝倉さんどうする、フィルと遊んどく?」


「そうですね……あ、そうだ! 日頃の感謝を込めて、私が先輩にご飯作ってもいいですか?」


「…………え?」


「ワンワン」


 「可愛い女性からご飯作ってもらえるなんてよかったじゃん」、そう言いたげに前足をペチペチと俺の肩にフィルはタッチしてくる。かくいう俺は、その提案があまりに意外だったので、つい固まってしまった。


「冷蔵庫は……ここですかね? これ、どれ使っていいですか?」


「あ、え、えーっと……」


 おいおい、マジで朝倉さんが手料理を作ることになっちゃったよ。本当に、今日はいろんなことが起こるなぁ……。


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