第2話:社畜、フェンリルを飼うことを決める


「……んんーっ、ここは……家か」


 昨日の記憶がイマイチはっきりしないが、気づいたらどうやら俺は自宅の布団で眠っていたらしい。酒に溺れても帰省本能が働いてくれたのかな。


「はぁ……めっちゃ頭いてー。まじで飲みすぎたな。今日が休みでよかった……ん、何か忘れているような……うーん、なんだっけな」


 昨日俺は何かを連れて帰った気がするんだけど、二日酔いの頭痛が酷くて何にも思い出せない。マジでなんだっけ……すごく楽しいことをしてきた気がするんだけど———


「ワンワンワン!!!」


「……うえええええええええええええええ!?」


 それは突然のことだった。腕を組みながら昨日のことをなんとかして思い出そうとしている最中、突然バカデケェ犬が庭から俺が寝ていた和室に上がって飛びかかってきた。


 な、なんだこいつ!? お、俺はこんな…………あああ!


 思い出した! 俺、このフェンリルって犬を酔っ払った勢いで連れて帰ってきちまったんだ。おいおい、この犬でかい図体してることもあってのしかかられるとクソ重い。


「お、おいおい一旦降りてくれ! このままじゃ俺が潰されちまう」


「わん」


 俺の言葉がわかるのか、フェンリル……いや、確か俺昨日フィルって名付けたか。フィルは素直にいうことを聞いてくれた。こいつ、随分と賢いんだなぁ。


「いい子だ、確かこの棚に……おら、お前の好きなビーフジャーキーやるよ」


「ワワワワーん!!!」


「お前本当にこれが好きなんだなぁ。にしても……どうしよう」


 別に俺は犬は好きだしフィルも良い子だ。とはいえこいつの図体は普通の犬とは明らかに違うし、人目を引くのは間違いない。それに、俺は社畜だから平日はあんまり構ってやれないし……。


 うーん、やっぱり施設に預けるのが一番か? それが無難な選択肢な気がする。でも……。


「ワンワンワン!!!」


 舌を出しながら尻尾をフリフリして、つぶらな瞳で俺を見つめてくるフィルのことを見ていたら、なんだか俺がこいつと一緒にいたい。そんな思いが高まってきた。


 もしかしたら、両親もいないし親しい友人もいない社畜の孤独を、こいつなら埋めてくれるんじゃって思っちゃったのかも。


「まぁ、なるようになるか」


 もともと俺がこの家に連れてきたんだ。だったら最後まで面倒見てやるのが筋ってもんだよな。散歩も朝早起きしていけばいいし、仕事が終わったらまっすぐ家に帰れば世話する時間も作れるだろう。


「よーしフィル、今日から俺たちは家族だ。遠慮なく俺に甘えてくれ」


「わわわわーん!!!」


「うわっ!? も、もふもふだけどやっぱりクソ重い! の、のしかかるのはちょっと勘弁してくれ、俺が持たん」


「クーン。クンクン」


「おお、よしよしありがとう。俺もお前がのしかかっても耐えられるよう頑張るわ。さて、これからどうするか……よし、まずはお前の住処を作ってやるか」


「ワンワンワン!!!」


 確か日曜大工が趣味だった親父がたくさん買ってた道具とか材料が倉庫にあったはず。それ使ってフィルの家を作ってやろう。こいつでかいから、多分今日はそれで一日終わるな。


「よし、あったあった。待ってろーフィル。俺が豪勢な家作ってやるからな」


「わーんわん!」


 倉庫から道具と材料を取り出して、俺はフィルに見守れながら小屋を作っていく。うーんと、木材はこんな感じで切れば……え、全然うまく切れない。これ、ノコギリがダメなのか? いや、多分俺の切り方が良くないんだろうな……。


 あいたっ! 自分の指トンカチで叩きかけたわ……あぶねぇ。


 やべぇ、全く小屋を作れる気がしない。ぐちゃぐちゃに切られた木材に斜めになった釘が増える一方だ。親父がすげー上手だったから俺にもできるかと思ったけど、そんなことはないってか。


「クーンクン」


「フィ、フィル……お前俺を慰めてくれてるのか?」


 ポンポンと前足で、フィルが俺の肩をポンポンと優しく叩いてくれた。おお、なんて優しい犬なんだお前は……その優しさで俺は感極まって泣いてしまいそうだ。


「ワンワン」


「……ん? どうしたフィル、部屋の方に首をふって……あ! お前、ビーフジャーキーが欲しいだけか!?」


「わん」


 前言撤回。俺の流しかけた涙を返せ。


「たくっ、しゃーないな……。やば、そろそろなくなりそうじゃん。アマゾンで箱買いしないとな。ほれっ」


「ワンワンワン!!!」


 本当にフィルはビーフジャーキーが好きなんだなぁ。あげた瞬間すぐにペロリと平らげてしまった。いや待て、この勢いだと食費がとんでもないことになるのでは……!?


「ワンワンワンワン!!!」


「おおどうしたフィル、いきなり庭を走り回って」


「ワンワンワンワンワンワンワン!!!」


「外の方に首を振ってる……あ、散歩に行きたいのか」


「ワン!」


 いきなり走り回ってどうしたのかと思えば、どうやらフィルは散歩に行きたいらしい。流石にうちの庭じゃ走り回るには物足りないか。


 ええっと、確か倉庫にリードがあったはず。それをつけて散歩に行くか。流石にリードなしで連れて行くのはダメだろうし。


「あった。フィル、これをつけ……るのは無理だな」


 倉庫から取ってきたリードをフィルにつけようかと思ったけど、やめた。だって明らかにサイズがあっていないんだもの。そもそもフィルに合うリードがこの世に存在しているのかも怪しい。


「うーん、どうすっかなー。リードなしでフィルを街中で散歩させたら確実に目立つし、下手したら通報されるかも」


「ワンワンワン!!!」


「でも散歩行きたそうにしてるしなぁ。連れて行ってはやりたい…………あ、そうだ」


 誰も人がいなくて、リードをせずにフィルが自由に走り回れる。そんな場所が俺の家の近くにあるじゃないか。


に行くか、フィル」

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