第二話 篠山紗代
寂れた郊外の住宅地。
そういう表現が相応しい土地だった。
住民はみんな出掛けているのか、休日の昼間だというのに恐ろしく静かである。無計画に家が建てられているせいで路地が入り組んでまるで迷路のようだ。実際、少し迷った。
先の
「私が悪かったんです」
私が訪ねると篠山さんは泣きそうな顔で呟いた。
焼死した
しかし赤桐さんが
当初は「私に任せなさい」とやる気満々だった清水さんであるが、人形と面対し、真理さんから引き離そうと試行錯誤しているうちにおかしくなっていったのだそうだ。
「なんか夢に出てくる、とか。追っかけてくる、とか言い出して……」
震えを抑えるように、篠山さんは自分の身体を抱き締める。
次第に清水さんは不眠症になり、精神的にも不安定になった挙句に発狂。真理さんから件の人形を奪い取ってライターで焼こうとした。
人形にライターのオイルを掛けて着火。しかし燃えている人形から清水さんの服に火が燃え移り、あっという間に清水さんは火だるまになってしまった。
驚きながらも篠山さんは直ぐに水を掛けたが火は衰えず、大慌てで119番通報をしたのだそうだ。
しかし残念ながら消防が駆け付け、消火をした時には清水さんは既に事切れていた。不思議な事に火は周囲に燃え広がらなかったという。
そのうえ人形は無傷だった。
「厳密にいうと焼けはしたんです」
言いながら篠山さんはスマホの画面を見せる。
スマホには焼け焦げになった布切れが写っていた。ほとんど黒焦げで原型がどんな形だったのかも解らない。
「これはぬいぐるみの服で、真理が何処かで買ってきた物です」
つまり本来であれば人形の一部ではないという事だ。
「それで……よく見てください」
紗代さんが布切れの焼け残っている部分を拡大する。辛うじて焼け残ったソレは服のタグであるようだった。
そしてタグも焼け焦げており、そこに書かれている文字はほとんど読めない。しかしただ一つだけ残っている単語があった。
警告
思わず私は身震いした。
「これ、赤桐さんの両親には話した?」
篠山さんは首を横に振る。
「下手な事を言うと心配させてしまいますし……言っても仕方ないですから」
半ば諦めたような表情で篠山さんは言う。
「その、真理さんはなんか言っていたの?」
「もちろん怒りましたよ。殺されるかって思うくらい怒り狂ってました」
それは、まぁ、そうだろう。
「私も、死んじゃうのかな……?」
泣きそうな顔で篠山さんは言う。
しかし私は何となくその心配はないような気がした。特に理由があったわけではないが、もし死ぬのであれば、もう既にお亡くなりになっているような気がしたからだ。
これは私見であるが、幽霊や呪いというのはいきなり殺しに来るようなものではない。ご丁寧に「段階」を踏んでから殺しに来る事が多いのだ。
さりとて不確実な憶測で物を言う訳にもいかず、何と言えば良いのか迷っていると、篠山さんがまたスマホを見せて来た。
「これが例の人形です」
スマホの画面には篠山さんとお下げ髪の可愛らしい女の子が写っていた。話しから察するに、どうやらこの子が真理さんらしい。
そして真理さんは男の子の人形を大事そうに抱いていた。
大きさは一リットルペットボトルと概ね同じくらいで、思っていたよりも小さい。布製で茶色い髪、口は刺繍で目はボタンという作りであるようだった。
聞けば着せ替え人形らしく、見付けた時は素っ裸で写真で着ている服は真理さんの手製であるらしい。
「ん? 見付けた時はって事は、真理さんがこの人形を拾った時に篠山さんは一緒にいたの?」
赤桐さんによれば「何処から拾ってきたのか解らない」という話しであった筈だ。
「真理の家族と一緒に旅行に行った時、あの子と一緒に忍び込んだ古いお寺で見付けました。清水さんが言うには人形供養だったんじゃないかって……」
また随分といわくがありそうな物を拾ってきたものである。
「それは真理さんの両親は知らないの?」
「実は、そのぅ……盗んできた物なので、私も真理も隠していたんです」
なるほど。道理で赤桐さんが知らないわけだ。
「なんてお寺か解る?」
私はメモ帳を取り出した。
もし何かいわく付きなのであれば、そのお寺に訊けば解るかもしれない。
しかし幼い頃の話しという事もあって、残念ながら篠山さんはお寺の名前までは憶えていなかった。
先ほどの画像を篠山さんに送って貰った後、不安がる彼女にお祓いしてくれる神社やお寺を幾つか紹介しておく。期待に添えるかは解らないが、少なくとも私の悪夢を祓ってくれた実績はある。
また会う事を約束し、私は篠山さんの家を出た。
来た時は曇天だったのだが、今は幾分か晴れている。怖い話を聞いて少し怯えていたのだが、晴天の下だと恐怖心も薄らぐから我ながら単純な性格だ。
「さて……と」
私はメモ帳を取り出した。
物凄く嫌であるが、次の取材先に行かねばならない。
取材先……行き先は赤桐さんのお宅であり、即ち例の呪いの人形のいる場所である。
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