第一話 斎賀桃子
『もしもし、
フリーライターである私こと斎賀
「なんですか? え? オカルト記事の取材? 嫌ですよ!」
ライター駆け出しで万年金欠、仕事も欠乏している私であるから原稿依頼は至極有難い話しである。しかしその依頼内容はとても許容できるような物ではなかった。
『そんな事を言わないで詳細くらいは聞いてくださいよ』
「前に心霊スポット取材の依頼受けた時、お寺でお祓い受けるまで悪夢で魘されたんですよ? もうあんな経験は真っ平です! それにオカルト記事なら
『お二人はいま千葉に取材に行っていて居ないんですよ。なんでも河童を捕まえるのだとか』
思わず私は溜息を吐いた。相変わらず変な企画をやっている会社である。
『編集部としては夏に向けてホラー特集を組みたいんです』
「なるほど……でも嫌ですよ?」
『そう言わずに話しくらいは聞いてくださいよ。斎賀さんだけが頼りなんです。それに今回は前回のようなディープな内容ではないですから』
縋りつくような声に、私は再度溜息を吐いた。
「解りました。聞くだけですよ」
話しの内容としては先日、編集部に届いたメールの差出人に取材を行い、それを原稿にまとめるという至極単純な物であった。
「その手紙の内容っていうのはどういう物なんですか?」
『簡単に言うと呪いの人形についての相談ですね』
「お疲れ様でしたー」
『待ってください! 最後まで聞いてください!』
嫌々ながら続きを聞く。
要約すると手紙の差出人の娘が持っている人形が不気味であるという話しなのだそうだ。何でも娘がその人形に異様な執着を見せており、何度も人形を棄てたが帰って来てしまうのだという。
「……それだけ?」
『はい。それだけです。誰か死んだり、行方不明になったりはしていないです』
「うーん」
この程度であれば「呪いの人形」というよりも「不思議な人形」くらいであるから別に良いかもしれない。
そう思いつつも私は依頼を受けるのに二の足を踏んでいたが、編集から原稿料の提示が成されると即答していた。
「やります」
そんなわけで夏の「心霊特集」に向けて、私の仕事が始まった。
とりあえず編集部に届いたというメールを転送してもらって読んでみる。何度かやりとりしたようでメールは複数あった。
「
私はメモ帳に差出人の名前を書き込む。
転送されてきたメールの内容としては概ね先ほどの説明通りで、娘が人形に異様な執着を見せており、しかもその人形は棄てても帰って来るというものである。
「ちょっとありきたりかな」
言いながら私はメールを読む。
最後のメールの末尾には「どうしたら良いのか?」という質問が付いていた。どうやら記事の提供ではなく、相談の類であるつもりだったようだ。
星円出版はやたらオカルト雑誌ばかり出している出版社だから何か対策を知っているとでも思ったのだろうか。
もしそうなら単なるフリーライターである私に投げられても困る案件なのであるが。
とにかくまずは挨拶のメールを送り、電話でのやり取りが出来るかを確認。返信は予想以上に早く、インスタント珈琲を淹れるためのお湯を沸かしている間に来た。
メールには丁寧な挨拶と連絡先が載っており、いつでも電話してきて下さいとの事。あまり待たせても仕方がないので、私は早速スマホに番号を打ち込んだ。
短いコール音の後に「はい、もしもし」という声。
「赤桐さんですか。先ほどメール致しました斎賀と申します」
短く自己紹介。相手は赤桐
高校生の娘がいるそうだが、そうとは思えないほど声は若々しい。しかし何処となく疲れているような印象を受けた。
「不気味な人形がある、という事ですが」
私はあえて「呪いの人形」とは言わなかった。そんな大した物だとは思っていなかったし、なんとなく「呪い」というのは失礼だと思ったからだ。
『はい。娘が小学生の時に拾ってきた物なのですが……』
赤桐さんは話しを始めた。
その人形は赤桐さんの一人娘である
何処から拾ってきたのか、というのは赤桐さんも知らないらしい。ただ真理さんが「拾ってきた」とだけ言った。
赤桐さんも旦那さんも「返してきなさい」と言ったのだが、余ほど気に入っていたのか駄々を捏ねて聞かない。仕方がないので旅行のお土産も兼ねて持って帰ったのだそうだ。
可愛らしいぬいぐるみだったが特に特徴も何もなく、ただ古い物なのか何処となく汚くて解れなどが目立った。
真理さんは帰宅するまでずっと人形を抱き締めており、ボロボロだったので赤桐さんが縫い直している際も離れずに横でジッと眺めていたらしい。
『それからずーっとお気に入りでして。遊びに行く時も、寝る時も、食事をする時もいつも一緒だったんですよ』
そしてそれは高校生となった今でも変わらないという。
『ただ最近のは度が行き過ぎているというか……』
まるで恋人にでも接しているかのようで、見ていて気味が悪いのだという。
それで赤桐さんと旦那さんは人形を棄てる事に決めた。
『もちろんあの子に言ったら猛反対されるのは目に見えているので、無断で行いました。でも全部駄目で帰ってきてしまったんです』
残念そうに言い、赤桐さんは溜息を吐いた。
最初は近所のゴミ捨て場。次に隣駅のゴミ箱。続いて県を跨いだ河川敷。それでも駄目だったので真理ちゃんの友人にも頼んで電車の中に放置して来たり、重石を付けて湖に沈めたりもしているのだから徹底している。
しかしいずれも駄目で、まるで赤桐さん達を小莫迦にするように人形は帰って来てしまったという。そして帰って来る度に真理ちゃんとの「絆」も深まっていく為、最近では棄てるのは止めたそうだ。
そして「事件」は起きた。
『あの子の友達が人形を焼こうとして……』
そこまで言って、赤桐さんは震え声になった。
『死んでしまったんです』
「は?」
思わず私は素っ頓狂な声を上げた。
待って待って。人死にが出たとか聞いてない。棄てても帰って来るだけっていう話しだったじゃん!
ネットの記事にもなっていると言うので、私は愛用の中古ノートパソコンを開いて確認をした。
【某大手新聞】
三日午後六時頃、
幸い火はそれ以上燃え広がらず、駆け付けた消防によって直ぐ消し止められたが、清水さんは四日、搬送先の病院で死亡が確認された。
新祁警察署の発表では、清水さんの死因は焼死。また通報した同級生も軽い火傷を負った。
同級生は、清水さんは人形に火を点けようとしたところ、自身に燃え移ったと説明している。
思わず私は唸った。
これは思った以上にヤバイ案件だ。おのれ星円出版め。騙しやがったな。
『私もう怖くって……でも娘は手放したがらないですし、かといって棄てる事も出来ず……』
それで藁にも縋る思いで星円出版だけでなく、様々な所に相談のメールを送っていたのだそうだ。
編集部め。そんな重大な案件を私に振って来るんじゃない。
とりあえずお祓いしてくれそうな寺や神社を幾つか紹介し、後日また連絡するとして私は通話を切った。
もうこんな取材は断るしかない。そう思った矢先、赤桐さんからメールが来た。
開いてみると先ほどのニュースに載っていた焼死した女の子の同級生の連絡先であり、彼女の話しも聞いて欲しいとの事だ。
これはもう断れないところまで足を突っ込んでしまったのかもしれない。
とにかく私は同級生の子とも連絡を取ってみる事にした。
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