04.--:誘拐

 冷たい床の感触で目を覚ますと、石壁と鉄柵が目に映る。

 向こう側をよく見ると、右手に通路が続いていた。

 鉄柵には扉が付いている、揺らそうとしてもビクともしない。


 ……確か私は遊園地に行って、ハクトと二人きりになって。

 とにかくここから脱出しなくては。

 私は鉄柵の隙間に体を押し当てる。

 体は押し込めば行けそうだけど顔がつっかえてしまう、流石にダメか。


 石床を歩く音が聞こえ始め、鉄柵の向こうにハクトが現れた。

 何だかすごく申し訳なさそうな顔をしている。


「ごめん、君には人質になってもらってる」

「どういうこと?」

「こうでもしないとクロさんは決闘に応じないだろうから、仕方ないんだ」


 ハクトは青褪めた顔をしながら、自身の目元を手で覆い隠す。

 襲われると思っていたけど、違う理由だったみたいで少し落ち着く。

 一息ついた後、首を左右に振る。

 いや、落ち着いてちゃよくない。

 


「本当にごめん」

「ダメだよ、誘拐は重罪だよ。それに決闘なんて」

「竜炎学園運営委員会を潰すためさ。明日には国内最強の国家戦力が来て、クロさんに委員会相続を賭けた決闘を持ちかける。それが終わり次第、尾長さんは帰れる」


 ハクトは、俯いたまま暗い調子で話す。

 その決闘というのが終われば、クロから葬られてしまうと思っているのだろう。

 私もそう思う。


「でも私、クロとはそこまで仲良くないし。それに誘拐なんてやり方はクロより酷いよ」

「尾長さんは来なくなったシバくんのこと、気にかけてたろ? クロさんの支配が終われば、シバくんも学校に来やすくなると思う」


 そうとは限らないような。

 それにクロが負けるとは到底思えない。


「……ハクトくん、何か隠してない?」

「隠すって何をさ」

「別の理由とか」


 ハクトは少し悩んだ後に口を開く。

 や、やっぱり葬られる前に私を襲う気で……?


「校長が怒ってる、クロ以上に周囲を顧みないつもりなんだ」

「なるほど」

「誘拐した君のことも、好きにして構わないと言ってた。校長が決めるようなことじゃないのにね」


 私は床に座る。

 おばあの様子が気になるし早く帰りたいけど、ここから出られない以上待つ他ない。

 そういえば、服の感触が違う。

 ……何だこの服は!? 黒白で少しゴテゴテしている。


「私の服は?」

「さあ。でもその服、すごく似合ってるよ」

「……この服って誰が着せたの?」


 通路の方から誰か歩いてくる。

 桃色の髪を肩まで伸ばした、私とお揃いの服を着たお姉さんだ。


「どうも」

「どうもです」


 ムスッとした態度だ。

 少し甘さんに似てる。


「それじゃ、僕は宿題とかあるから。トイレとかお風呂とかは、この人に言ってね」

「でもハクト、誘拐がバレたらクロから殺されるかも知れないでしょ? いいの? 私のこと好きにしなくて」

「……もっと自分を大事にしなよ。それより遊園地、デートみたいで楽しかったよ」


 ハクトは立ち去ってゆく。

 楽しかったなんて絶対嘘だ、これから誘拐しようとするのがバレたら殺される、ハクトはきっとお化け屋敷でそう考えていたに違いない。

 ハクトの背中を見送っていると、お姉さんが間もなく鍵を開けた。


「え、開けてしまっていいんですか?」

「ええ。ただし、ご飯を食べたら戻っていただきます」


 床に置いてもらえればここで食べるのに。

 そう思いながら、お姉さんの後を歩く。

 靴も脱がされてしまっていて、石床に触れる足が少し冷たい。


「あなた、名前は?」

「尾長です。お姉さんは?」

焼壁やきかべです」


 焼壁さんは、通路の突き当たりにある扉を開ける。

 すると、白いかけ布の丸テーブルに料理が並んでいた。


「この扉は私めの管理する魔導庫となっております。様々な部屋へと繋げられますので、ご入用の時はお声掛けください」

「はい」


 椅子に座り、焼壁さんと一緒に料理を食べる。

 ……今は何時くらいだろう。

 おばあは大丈夫だろうか。

 そんなことを考えながら、満腹になるまで料理を食べた。


「ごちそうさまです。あの、お手洗いへ繋げていただけませんか?」

「どうぞ」


 焼壁さんが扉を開くと、向こう側にトイレが現れる。

 トイレを済ませて手を洗い、扉のドアノブを回して押すと、先ほどの部屋に繋がっていた。

 焼壁さんは椅子に座り、退屈そうに余った料理を口に運んでいる。

 私に気付くと、焼壁さんは口の中のものを一気に飲み込んだ。


「寝室へと繋ぎます、食後なので横になられてください。時間になりましたらお風呂へご案内します」

「明日にはここから出られるのでしょうか?」

「明日は朝食の後、モニター室へ案内します。そこで決闘を見届けてからお帰り下さい」


 焼壁さんは話しながら扉へと歩いて開く。

 扉の先には絨毯の上に大きなベッドがあった。

 私は言われた通り、ベッドの上で横になる。


 高級な作りだ。

 いつもは敷布団で寝てるからか、何とも落ち着かない。

 ……遊園地でもう少し遊びたかった。

 初めて行った遊園地なのに、まさかこんな感じで終わるなんて。


「尾長さま、お風呂場へ案内致します」

「はい」


 ベッドから起き、開かれた扉の先へと向かう。

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