04.08:覇者の家

 目を覚ますと、ブラッドの必至そうな顔が見える。

 どうやらここは保健室で、私はベッドの上らしい。


「起きたわね。もう夕方よ、他のみんなは帰っちゃったわ」


 そう言いながらクロが欠伸をする。

 体を起こすと、ブラッドちゃんが抱きしめてきた。


「尾長さんが無茶することなかったのに」

「……ブラッドは給食も食べずにあなたが起きるのを待ってたのよ。生き残った他のみんなも、アナタを心配してたわ」


 みんな……か。

 クロの友達だと知った上で心配してただけかも知れないし、あんまり素直に喜べない。

 って、生き残ったみんな?

 なんだか、イヤな予感に背筋がゾワゾワする。


「特に男子はアナタのことを様付けしてたわ。ワタクシとお揃いで良かったわね」

「そんなことより、レクリエーションで誰か亡くなったの?」

「そうね。シバの一件で使えないも混ざってるのが分かったし、選別がてら少し削ったわ。とりあえず、ご飯にしましょうか」


 クロに対する恐ろしさよりも、怒りが湧き上がる。

 ベッドを出てから立ち上がり、クロに掴み掛かろうとするものの、フワッと避けられてしまった。


「へえ、やっぱり尾長もブラッドと同じで怒るのね。他のみんなはしっかりと現実を受け止めていたのに」

「どうしてそんな場所にするの? ここはみんなと仲良くなれる場所なんじゃないの?」

「ああ……それも大事だけど、そもそも軍校なんて国家戦力にとってはそいつら戦わないし戦う必要がないのにある、寄生虫養成所なの。変えてかないとダメよ。そのうち二年と三年も選別しないとね」


 クロの目は、何か他のものを見つめているかのように濁っていた。

 きっとクロは、人の悪い部分を目にし過ぎたんだ。


 クロは妙にお淑やかに両手を合わせて微笑む。


『ワープ』


 転移魔法が詠唱される。


 着いた先は広い屋敷の中だった。

 とても横長い机があり、そこには白い布が敷かれている。

 壁は金装飾と、赤と黒の色調で彩られており……なんか暗いけど高級そうだ。

 机の周りには椅子がたくさん並んでいて、何だか落ち着かない。

 ふわふわと青白い光がクロに近付く。


「精霊たち、調理開始。この二人の分もよろしくね」


 クロがそう呟くと、光は厨房らしき扉の向こうへ一直線に進んで消えた。

 向かいでクロが椅子に座る。

 私とブラッドも、恐る恐る椅子に座った。

 

「クロさん、ここは?」

「ワタクシの家。そのうち精霊が、温かくておいしい料理を運んできてくれるわ」

「……お邪魔してます、精霊さんたち」


 クロは背筋と腕を伸ばし、「うーん」と唸る。

 ブラッドは精霊に向かってお辞儀すると、私に目を向けた。


「尾長さん、友達になってくれませんか? その、尊敬してる相手に言うことではないかもしれませんが」

「いいよ。ブラッドちゃんとは気が合いそうだし大歓迎!」

「そう言って頂けて嬉しいです」


 ブラッドは頬を赤くする。

 正直なところ、もっと自然な流れでこの子とは友達になりたかったな。

 お昼休みだとかにお話して……。

 まあ、贅沢を言っても友達はできないものだろう。


「ワタクシはダメなの?」

「……まだちょっと無理です」

「そうなんだ」


 面白くなさそうにクロは腕を組み、机に伏せながらこちらを見る。

 この際、クロには聞きたいこと聞いてしまうか。


「クロ、入学式の時何であんなことしたの?」

「……マイクのハウリング音でアナタ、気絶させられたでしょ。なのに校長は謝りもしなかった、だから首を焼き切った」

「やっぱり、運営委員会作るためだけじゃなかったんだね」


 クロは目を逸らし、「うん」と返事した。

 意外と素直だ。


「それでも、やり方が良くないですよ。あの時みんなすごく恐がってましたし。……レクリエーションの時だって」

「慣れなさい。そうだ、クラスには五人程度残ればいいと思ってるから、そのつもりでいてね」

「もうクラスの人数減らさないでください」


 机に手のひらを叩き付けて睨むブラッドに、クロはクフフと苦笑いし、ため息を吐いた。


「親の教育が十分で、みんな頭いいんならやらないわよ」

「それでも暴力は良くありません、我慢しましょう」

「……分かってないわね、我慢なんてしてたら相手は誤解したままよ。実力不足なのに王様気分で他人を見下すようなヤツには、暴力が一番効果的なの」


 国家戦力としての仕事で暴力以外に選択肢がなかったり、他の手段も試して苦労を重ねてきた結果、クロはそう言ってるのかも。

 ……そう肯定的に理由を想像しても、頷けない答えだ。


「でも、他にも何かやり方があるはずです」

「誰もないとは言ってないわ。とにかく、対等を得るにはそれなりの素養が必要なのよ。ないままここまで育った人間は、早いうちに摘んで置かないとダメね。ほら、腐ったトマトは他のトマトも腐らせるって言うじゃない。ねえ?」


 クロはそう言いながら、私の方を見た。

 私に同意を求められても困る。


 青白い光たちがフワフワと浮かびながら、食器を運んできた。

 食器からは湯気が立っている。


「来たわね。さて、今日は泊まってくれてもいいんだけど」

「ワタシは食べたら帰ります。習い事あるので」

「そう。尾長は?」


 私も泊まる気はない。

 クロと仲良くなり過ぎると、失うものが多い予感がする。


「私はおばあが心配するから」

「じゃあ連絡入れとくわ。それでいいでしょ」

「ああ……うん」


 そんなに泊まって欲しいのだろうか。

 ますますイヤだけど、他に断る理由が思い浮かばない。


「や、それならワタシも泊まります。二人きりにさせておくのは何だか不安なので」


 ブラッドの返事に、クロはニヤリと笑う。


「屋敷はワタクシ一人には広くてね。嬉しいわ」

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