04.08:レクリエーション

 漆原先生とクロを先頭に、クラスのみんなと共に校舎の上の階へと続く階段を上がる。

 上がり切った行き止まりにある、軟禁錠の掛けられた扉がガチャンと開いた。

 扉の先、黒い床と壁の部屋中心には大きな門があり、通り口には魔法の膜が張っている。

 その脇には文化祭で使われただろう垂れ幕や風船などが、ブルーシートの上に散らばっていた。


 レクリエーションを行う場所へは屋根裏倉庫の転移門という魔法具、つまりこれを潜って移動することになっている。

 場所は行ってからのお楽しみらしい。

 レクリエーションの内容も不明なのが恐ろしい。

 もし魔物たちを狩るなんて内容だと思うと、胸が苦しくなる。

 ……魔物たちの住んでいないところだといいんだけど。


 前の列からクラスメイトが転移門を潜り、膜の先へと消えていく。

 流れるように潜るとそこは、周囲がなだらかな崖に囲まれた窪地の高原だった。

 下は一面の花畑で、ちらほらと座り心地の良さそうな岩が突き出ている。

 誰かが感嘆を上げ、みんな景色を眺め始める。

 最後尾から出てきたクロに、何人かが注目した。

 

「ここはワタクシが見つけた秘境よ。早速だけどレクリエーションの内容に移るわ」

「まずは三人一組のチームを作れ」


 来たか……。

 こういったタイミングでなら、男子とも仲良くなれるきっかけを作れるはずだ。

 まだクロ以外の女子と話せてないけど、今は余計なこと考えてる暇なんてない。

 小さな獣人の男子二人が話しているところへ、私は走る。


「君たち二人、良かったら私と組も……」

「尾長ちゃん、アタシたちと組もうよ」


 声を掛けようとしたところを密木ちゃんと火売ちゃんに遮られた。

 ……断るのは印象悪いし、仕方ないか。


「喜んで」


 頬に力を入れて口角を上げ、目を細める。

 嬉しくないけど、目指すは明るくてみんなと仲良しな自分なのだ。

 昨日の暇な時間にじっくりと考えた作戦が上手く行かなくても、目標を曲げるようなことをしては本末転倒。

 いじけている場合ではない。


「よし、できたな。それじゃ三人でざっと質問しあった後、他己紹介をやってくれ。これから手本を先生とクロでやる」

「まず名前を尋ねなさい。アナタ名前は?」

「漆原。お前は?」

「竜炎クロ。漆原、好きな食べ物は何?」

「バフォメットの乳汁ミルク。お前は?」

「甘タマネギ」


 二人は淡々とした機械のように会話し、漆原先生がクロに手を差し向ける。


「次は他己紹介のやり方だ。コイツの名前は竜炎クロ、甘タマネギが好き。以上」

「この人の名前は漆原。好物は乳汁、以上」

「まあこんなところだな。他己紹介はみんなの前で立ってやれ、他は魔法で椅子出して座るなり、岩に座るなりしろ」


 クロは自分で拍手し始めた。

 すると、こちら側でも拍手が起きる。


「簡単でいい。じゃ、五分後に他己紹介に入る。あまり騒がしくはするなよ」


 周囲でガヤガヤと話し声が始まる。

 密木と火売は顔を見合わせると、こちらを見て笑みを浮かべた。


「名前はもうお互い知ってるから、好きな食べ物言おうか。アタシはキラービーの蜜」

「ああ……甘くて美味しいよね。身体にもいい。あたしは醤油味の煎餅。尾長ちゃんは?」

「フェニックスの肉で作ったコンソメスープ」


 二人は顔を見合わせる。


「何それ。どんな味?」

「鳥肉の旨みと野菜の甘みで口の中とろけるよ」

「……フェニックスってさ、超高級食材じゃないの。食べたら寿命が延びるとか」


 あ、まずいかもしれない。

 もしおばあの正体がバレたら、小学校の時みたく人気者にはなれるだろう。

 でもおばあの力を借りるのはイヤだ、そうやって友達を作るのは、なんか違うように思えるから。


「商店街のくじで当たったの」

「ええ、すごいじゃん。でも他己紹介に使ったら尾長ちゃん、不思議な子と思われちゃうかもよ。全然そんな感じしないのに」

「そっか。……まあおばあの料理なら何でも好きかな」


 二人は顔を見つめ合わせ、私の方を見て苦笑いする。


「いいじゃんそれ。おばあちゃんのこと大好きなの?」

「好きだよ。キラービーの密と醤油味のお煎餅も好き」

「何それ、何でも好きじゃん」

「……食いしん坊かよ」


 二人はさっきより自然に笑う。

 こういうのすこし苦手だ。


 他己紹介がある程度終わり、最後にブラッドちゃんの番がきた。

 ブラッドの隣にいる女子二人が何だかニヤニヤしてる。


「アイツ、竜炎様に口答えしたヤツじゃん」

「ブラッドちゃんね。……あの子、入学式の時転んで漏らして泣いてたらしいよ」

「マジ?」

「さっき写真付きのメール来た。……スカートが湿ってるヤツ」


 密木ちゃんと火売ちゃんが嫌な会話をする。

 尾長は口をつぐんだ後、キラキラした目をブラッドに向けた。

 そんなことどうでもいい。

 ブラッドちゃんとは気が合いそうだし、聞き逃さないようにしないと。


「この黒髪で、前髪を三つ編みにしてる子は山羊梅ちゃん。自家製梅酢の炭酸割りが好きだそうです。今度ご馳走してくれるそうです」


 拍手が鳴り、その黒髪の子が銀の瞳を細めてニヤニヤしながら、ブラッドに手を差し向ける。


「このフワフワな白髪の子はブラッドレス・ハインフォードちゃん。由緒正しい狩人の血筋だそうですが、入学式でお漏らしした恥ずかしい子です」

「え? そんな自己紹介してない……」


 ブラッドは困惑している様子だ。


「あの時濡れてた床、コイツのだったの? 最悪……」


 女子の誰かが発した言葉に周りがざわめき出す。

 顔を赤くして目をうるうるさせるブラッドの元へ、私は走る。


「山羊梅さん、何でそんなこと」

「本当のこと言っただけよ。それに竜炎様が声を掛けられたのに断るなんて許せない」


 クロの方を見ると、なぜか笑っていた。


「ね、竜炎様?」

「ん、ワタクシのこと? ……同意を求められても困るわ」

「そうですね、さすが竜炎様」

「さて、終わったなら次のレクリエーション行こうかしら。次はフルーツバスケットね」

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