04.08:空席

 翌朝。

 おばあがいつも通り魔法による朝の支度を始め、私はその手伝いをする。

 昨日はあの後すぐ帰って、学校でのことをおばあに話したら、「きいろの好きなようにやりなさい」と言われた。

 ……奇しくもクロと同じ言葉。

 好きなようにって言われても、そんなのよく分からない。

 自分の思ったことを正直に、という訳でもないだろうし。


「クロ。今朝から庭の桜が咲いとうよ」


 おばあは庭口の廊下で座り、魔法で洗濯物を物干し竿に掛けながら、桜の木を眺めている。

 料理を終えておばあの隣に行くと、庭の地面には桜の花びらが絨毯のように敷き詰まっていた。


「ホントだ。毎年キレイだね」

「尾長の好きなチューリップも咲いとうよ」


 庭の池を模した花壇に、黄色いチューリップが並んで咲いている。

 この花は、私の名前の由来でもあるのだ。


「ふふ。チューリップの方がキレイ」

「何言うとんね。桜の方がよかよ」

『サモンマジック』


 そう言うとおばあは魔法でチューリップを全て燃やす。

 黄色の厚い花びらが焦がされてゆく。


「ああー!!」

「冗談よ」


 火が止まり、焦がされたチューリップは元に戻った。

 よく考えてみれば、『サモンマジック』は『サイレント・スペース』という空間外に封入した魔法を開封して使うもの。

 ファイアと言わなかったし、私が幻覚魔法を受けていたのだろう。


「おばあ、勘弁してよ」

「ヒヒヒ、どっちもキレイね」

「そうだね」


 ……魔法を使えると、心ないイタズラしたくなってしまうものなのだろうか。

 おばあが洗濯物を干し終えて居間に戻り、テレビを点ける。

 田舎の町に出た魔族を駆除する様子がニュースで流れた。

 一匹のマンドラゴラが複数の人に取り囲まれ、魔法でちまちまと痛め付けられてる。

 あまり心地の良くないニュースだ。


 早めに家を出て、校門の前でシバを待つ。

 さすがに教室では、別れを告げづらい。


 他の生徒が校門を通り始めた。

 今日はレクリエーションがあるから、みんなジャージ姿でリュックを背負ってる。

 ——来た、シバだ。

 手ぶらでかなりやつれた顔をしてる、昨日は眠れなかったのだろうか。


「シバ、おはよ」

「……尾長、尾長か。待っててくれたなんて、お前やっぱり優しいんだな」


 シバは目を合わせずにこちらを見ながら、呟くように続ける。


「なあ、やっぱり別れてくれないか? このままだと本当に……殺される……」

「分かった、でも友達ではいようね。それと言いたいことがあるの。二度と私を盾にしないで、アレすごくイヤだったから」

「すまん、それと友達になるのはやめとく。もう学校には来ないよ、アイツと一緒に授業受けるなんてムリだ」


 帰ろうとするシバの腕を尾長は掴む。


「クロがね、謝りに来れば許してくれるんだって。……家までプリント届けに行くから、また話そうね」


 シバの返事はない。

 尾長が腕を離すと、帰っていく。

 ……朝からちょっと気分悪いけど、頑張らないと。

 クラスの教室に入って挨拶すると、一人が返事して私の机に寄ってくる。

 濃い緑髪でポニーテールの女子だ。

 薄ら笑が染み付いたような、いたずらっ子な顔をしている。

 

「ねえアナタ、竜炎様と仲良いの?」

「悪くはないと思うよ。でもどうして」

「知り合ったのはいつ?」

「昨日、登校する時に偶然会ったの」


 濃い茶髪で同じくポニテの子が少し臆病そうに、急ぎ足で寄ってきて「いいなー」と物欲しそうに言う。

 どういうこと?


「アナタ、名前なんだっけ」

「尾長きいろだよ」

「尾長さん、アタシ密木みつき。ぜひ仲良くしてね」


 緑髪の子は目を細めながらそう言った。

 続いて、茶髪の子が口を開く。

 

「あたしは火売ひうり。竜炎様によろしくね」

「分かった」


 二人は私の机から離れてく。

 何をどうよろしくというのだろう。

 ……いやいや流されてちゃダメだ。

 とにかく私からも、友達を作りに行かないと。


 まずは女子全員に声掛けるんだ。

 男子は……ちょっと抵抗あるから、グループとかで一緒になった時話しかける!

 大丈夫、話題は用意してるしきっと上手くいくはず。


「竜炎様、おはようございます!」


 前の席に声を掛けようと近付いたところ、元気な挨拶が教室に響いた。


「おはよ。どうしたの、元気ね」

「アタシ、密木っていいます! 国家戦力である竜炎クロ様の弟子にしてください!」

「弟子は取ってないけど、友達なら歓迎よ」

「あざっす!」


 その後、次々とクラスの子たちがクロに話しかける。

 クロはその子たちに答え終えた後、窓際の席からイヤそうに見ていたブラッドへと近寄る。


「ブラッド。アナタとも仲良くしたいんだけど、どうかしら」

「結構です、暴力を振るうような人とは友達になりたくありません」

「そう。まあ気が変わった時でいいわ、他のみんなも」


 竜炎クロに話し掛けていた子たちから、数人がブラッドを睨む。

 ブラッドはそれに気付かずに、教科書をペラペラとめくっていた。


 クロは私に近付くと、耳のシールをペリっと剥がして丸め、親指の爪に乗せ人差し指を爪先に当てて弾く。

 小さく丸められたシールは跳ね飛ばされて、ゴミ箱に入る。


「聞いてたわ。ご苦労さま」

「……シバのこと気ががりだから、あとは好きにさせてもらうよ」

「いいわよ。今日のレクリエーションは残念だけど、催事はできるだけ人の多い方が楽しかったりするものだし。最悪、文化祭の準備始める頃には戻さないとね」


 昨日その子を殺すと言っていたのに、私の席から一個後ろにある席を眺めながらそう答えられる。

 過激な反面、優しさのある子だとは思うけど。

 何だかとても不安だ。

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