04.07:対立

 クロは笑みを浮かべると、私の耳に手を伸ばす。


 引きちぎられる……!


 縮こまりながら瞼を少し上げて見ていると、クロは何だか、蔑むような表情をこちらへ向けている。


「悪いけど、これで保健室での会話を聞かせてもらっていたわ」


 クロはそう言いながら、私の耳から剥いだシールを見せ付け再び貼り付ける。

 ……魔力を分けるための道具じゃなかったなんて。


「……それじゃあ、全部知ってて聞いてたんだ」

「そうよ。にしても尾長、シバに一目惚れしたのね。泣き顔が好みだったのかしら」


 どうやら、私が告白をオーケーした理由までは分かっていないらしい。

 それならまだシバのことをフォローできるかも。

 尾長はシバとクロの間に立つ。


「そうだよ、一目惚れしてたの。だからシバのことはもう虐めないで」

「それはムリね。売られた喧嘩は買うのがワタクシの流儀なの。アナタの持ち掛けた約束を破ったシバが悪いんじゃない?」

「それは、そうなんだけど。何もここまで追い詰めなくても」

 

 私がシバの方へ目を動かすと、クロは片手を上げて銃を袖の中へと落とす。

 そしてダラリと腕を垂らし、ため息する。


「尾長、別れるならシバを殺さないでいてあげる」


 高圧的な声色にシバはビクンと肩を震わせ、「ひ……!」と小さな悲鳴を上げ身構えた。


「竜炎ちゃん、クラスのみんなと仲良くなりたいんじゃなったの?」

「そうね。仲良くなる気のなさそうな相手は別だと付け加えるわ。友達は選んだ方がいいと言うでしょう。それに尾長、このままだとソイツから後で何されるか分からないわよ」


 クロは私の後ろを見下ろす。

 別れるのは構わないけど、その考え方は違うと思う。

 誰にだって友達は必要だ。

 尾長が何か言いたげに口元を動かしていると、漆原先生がシバの手を取る。


「二人とも。続きは教科書配って帰ってからにしてくれ。それとクロ、学園内で死亡者を出そうとするな」

「尾長、もう一度注告するわ。シバとは別れなさい。明日中に直接別れを告げなかったりシールを破損させた場合は、問答無用でシバを殺すから」


 クロは少し優しげな声色で言う。

 その顔は楽しんでいるかのように、うっすらと笑っていた。


「クロ、シバの分の教科書を置いていけ。シバは家に送っておく」

「はいはい」


 クロの背後で浮いている本が数冊近付き、シバの頭の上に落ちる。

 シバは頭を隠すように抱え込み、顎を震わせ、歯をカタカタと言わせていた。


「シバ。明日学校に来なかったら家まで殺しに行かないといけなくなるし、来てくれると助かるわ」


 クロはそう言って教室へと向かう。

 選びようのない二択だけど、クロは私のことを思って提案したのだろうか。

 助かるもののやり過ぎだ。

 私はブラッドと一緒に、クロの後ろを歩く。

 ブラッドがこちらへ心配そうな目を向けている。


「尾長さん。話を聞く限りこれは、シバさんの自業自得です。……明日別れを告げるべきかと」

「そうする。でも、その前にもう少しシバのこと知っておきたい」

「そうですか」


 ブラッドはそれ以上何も言わなかった。


 教室へ戻るとクロが担任代わりに教科書を配り、クラスのみんなは何事もなかったかのように帰っていった。

 まだ明るい教室には、私とクロだけが残っている。

 クロはノートを閉じると壁にあるスイッチを押し、教室の照明を落とす。

 ゆっくりと雲が差し掛かって、教室内は暗くなった。

 

「どうしたの。他のみんなは帰ったわよ」

「竜炎ちゃん……いいや、クロ。クロはきっと、クラスのみんなのこと考えて色々してくれてるんだよね」

「違うわね。ワタクシにとって理想の環境をクラスという組織で作りたいだけ」


 クロは漆原を真似たような、真剣な様子でそう言いながら、教壇に肘を付け腕を組む。


「まあ通学自体、国家戦力の仕事の息抜きみたいなものよ。クラスの子たちとは極力仲良くなりたい。アナタも好きに過ごして頂戴」

「クロ。……私はクラスの全員と友達になりたい。だからもし、シバが謝ってきたら許してあげて欲しい」

「まるでシバの親ね。まあいいわ、あなた達にとって厳し過ぎた気もするし。あんな態度のヤツが謝れるとは思えないけどね」


 クロは打って変わり、随分と落ち着いた様子でそう答えた。

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