04.07:彼氏
男子はクロから回復魔法を受けて、気を取り戻すが……腕は治っていない。
とても痛そうだ。
「クロ、腕も治してあげなよ」
「イヤよ。保健の先生にでも治してもらうといいわ」
私は腕が曲がったまま泣き喚く男子の正常な方の手を取り、保健室まで連れて行く。
保健室の戸が開き、白衣の先生が顔を出す。
おちちが大きくて、オーロラみたいな色合いの長髪だ。
「どうしたの?」
「クロとこの子が喧嘩しちゃって」
「ああ……そう」
先生は「ヘッ」と変な笑い声を上げてから男の子の顔を覗き込む。
「君、名前は?」
「シバ」
男子は情けない声でそう答えると、机前の丸椅子に座る先生から手招きされた。
シバはぐずりながらその向かいにある丸椅子に座り、魔法での治療を受け始める。
『ヒール』
緑色の光に包まれ、シバの腕は元形を取り戻してゆく。
「ふう。シバくん、クロに逆らっちゃダメよ。先生たちはクロを叱れないから。嫌なら学校辞めていいからね」
シバは頷く。
先生の言っていいこととは思えないけど、良心を感じてしまう。
「シバくん、教室に戻る?」
先生の問いに対し、シバは私の腕を掴んで黙っている。
さっきから私のこと、母親みたいに思ってやしないだろうか。
「それじゃ、お家帰る?」
シバは私をジッと見つめ始めた。
そう悔しそうな顔されても困るのに。
「なあ、オレ、恥ずかしくて教室戻れねえ。お前クロと一緒に教室入って来てたろ、アイツとは友達なんだろ?」
「まあ……」
「なら、アイツにみんなの前で、オレに土下座するよう言ってくれ。殴って悪かったって」
「ムリだよ、そんなの友達に頼むことじゃないし」
シバは立ち上がって押し寄る。
後退りしていくと入口のドアに背がつく。
ドン!
ドアに手を叩きつけるシバを見上げた。
シバは、怒りからか息を荒げてる。
壁ドンと言うヤツだ、先生の方は苦笑いして私の方を眺めてる……助けてほしいのに。
「オレの彼女になれ、そしたら多分虐められない。なあ、助けてくれ頼む!」
「そんなの確実じゃないし、学校辞めた方が良くない?」
「昨日親に言ったら、三年分の学費をもう支払ってて。転校しても戻ってこないからイヤだとさ。将来が掛かってる、一生のお願いだ……」
何で、好きでもないしよく知りもしない相手と付き合わなければならないのか。
とてもモヤモヤする……けどクロに土下座させるよりは簡単そうだ、付き合うだけでいい。
クラスの人数が一人減るかも知れない事態を防げるし、これはみんなと仲良くなるという目標のため、意地を捨てる試練。
そう、試練なのだ。
尾長は真剣な顔でシバを見上げる。
「分かったよ、付き合う。でもクロに喧嘩売らないって約束して」
「ありがとう、マジでありがとう」
泣きながら抱き着こうとするシバを、尾長は液体のようにすり抜けて避ける。
保健室の先生が向けてくる、呆れたような顔が目に痛い。
私はシバの手を握り、二人で教室へ戻る。
「……折られた腕の調子は大丈夫?」
「だいぶいいよ。全然痛くない」
よかったよかった。
教室で起きたことは、なかったことにならないけど。
少しでもイヤな気持ちになることを減らしていければ、いつかはみんな仲よく過ごせるはず。
ガラリと戸を開けた瞬間から、みんなはこちらを見ないようにしている。
私は真ん中の列、その後方にある二つの空席に目を向けた。
前にあるのが私の席だ、尾長きいろと書かれた紙が、机の右上に貼ってあるから間違いない。
「戻ったか。ワタシはお前たちの担任、漆原だ。よろしく」
壇上の先生がそう言って頭を下げた。
額が見えるよう整えられたセンター分けの黒髪に、小さな丸眼鏡かけてる若い先生だ。
「それじゃみんな、席順で自己紹介を始めてくれ」
「漆原。ソレめんどいからやらないって話したよね」
「そうだったか? ならやめとくか」
漆原先生はクロの頷きを無表情で眺める。
そうか、クロは先生のやることに口出しできちゃう立場なんだ。
何かやだな、先生が生徒の言いなりなんて。
「今日は教科書を配る。配り終わったら解散な。誰か運ぶの手伝ってくれ、三人くらいでいい」
左上の席、白い髪の女子が立つと同時に、そこから右隣の席にいたクロも席を立つ。
白い髪の女子は固唾を呑み、クロへとゆっくり、微笑みを浮かべる。
私もそれに続いて席を立つ。
クロのいる場所では何か嫌なことが起きるだろう。
それを止められるのは多分、私しかいない。
さらに続いて後列から、椅子の動く音がする。
「竜炎、ブラッド、尾長、シバの四人か。一人多いが、まあいい。ついて来てくれ」
シバ……さっきあんな相談をしてきておいて、何を考えてるんだろう。
教室を出ていく漆原の方へとクロ、ブラッドが向かった。
シバはクロの方を睨みつけながら、教室を出ていく。
とてもイヤな予感がしてきた。
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