04.07:最初の友達

 眠れない。

 閉じた目のまま、陽の差し込みを感じる。


「ぐええ……」


 やけくそで布団から体を起こし、畳の上に立ち庭を見る。

 やっぱり朝なんだ。

 ……昨日のことが頭から離れない。


 あの宣言の後に、クロがワープと唱えて消えると、アナウンスを行っていたであろう教諭がみんなに帰るよう指示を出していた。

 校長はあの体のまま、親御さんたちから文句を聞かされてて。

 生徒たちは顔をしかめながら、体育館を出て親を待つか、一人で帰るかを決めている様子だった。


「きいろ。おはよう」

「おはよー」


 眠たい目を擦りながら、優しい声色に挨拶を返す。

 濃い紫のベリーダンス衣装を痩せた体に身に付けた老婆が、居間に置かれた白く派手なベット台から体を起こした。

 このお方は私の祖母。つまりおばあである。

 おばあが吊り下がった小さなシャンデリアに指先を向けると電気が付き、宝石飾りが縁にの付いたテレビに向けると電源が入った。

 さらにテーブル近くの黄色い台所では金細工の調理器具と食材が浮き、一人でに調理を始める。

 ところどころ豪華なのは、おばあが持ち帰ってきた他国からの盗品だからである。

 そう、おばあは元国家戦力でつよいのだ。


「おばあ、今日の料理は私がやるよー」

「そう? じゃあお願いするね」


 台所の物が静かになる。


 私は魔法を使えないから、使って疲れるものなのかは分からない。

 でも、最近のおばあは調子が悪そうだからムリさせたくないのだ。

 おばあがゆっくり休めるように、これからは自分のこと、自分でやっていかないと。


「きいろ。学校で友達はできたかえ?」

「まだ。でも大丈夫だよ、私おばあの孫なんだから。おばあみたいに友達沢山できるよ」

「そうね。彼氏もいつでも連れてきなしゃんね」

「またまた、そんな冗談を」


 おばあの笑い声が、野菜の焼き音と重なって聞こえる。


 それよりも竜炎クロ、あの子は一体どういうつもりなんだろう。

 今日だって、あの学校に来る人がいるかどうか。


 食事や身支度を終え玄関から家の中を見ると、おばあはじっと庭の方を眺めていた。


「それじゃ、行ってきます」

「はい。気を付けてね」


 おばあはこちらに微笑みを向ける。

 学校のことは不安だけど、でも何とかなるかな。

 

 家から出て学校へ向かう途中。

 あの竜炎クロが別方向の路地から歩いてきて、すれ違い目が合ってしまった。


「尾長きいろ。おはよう」

「おはよー……」


 言ってないのに名前覚えられてる……こわい。

 でも彼女の役職、国家戦力は総理大臣より上の立場にあるもので、剣と魔法に優れた才能がないとなれない。

 クロには国家戦力として取るべき立ち振る舞いがあって、仕方なくああしたのかも……?

 ちょっと苦手だけど、避けてしまうのは良くない気がする。


「半端な獣人って珍しいわね。……尾長は魔法使えるの?」

「全く使えないよ」


 そう答えると、クロは腕を組んで見つめた後、耳に黒いシールを貼り付けてくる。

 昨日と比べて目つきが凄く悪い。

 私、嫌われるようなことしただろうか。


 クロと目を合わせないようにと俯いたら、「ふーん」と呟きながら頷いた。


「噂、本当なんだ。何で中学入ったの?」

「魔法を学んで、魔族たちと対等になるために入ったの。対等になれば仲良くなれるかもしれないし」

「ふうん、変わった考えね。卒業資格の手当で給料が増えるからとりあえずって子、多いのに」


 クロはそう言って鼻で笑う。

 噂とか、変わった考えとか、何だか嫌味な言い方だ。

 

「それにしても、名前知ってることに驚かないのね」

「そういえば。何で? 名簿で見たとか?」

「そう。クラスのみんなと仲良くなりたくてね。昨日は担任と一緒に名前を覚えてた」

「へえ! 私も仲良くなりたいんだよね。苦手な人とも友達にはなりたい。一緒に頑張ろ!」

「へえ。苦手な人とも、ね。頑張りなさい」


 クロは興味なさそうに道の方へと顔を戻して、歩き始める。

 言い方と態度は嫌味な感じだけど、本心ではそこまで悪い子じゃないみたい。

 私はクロの横顔を見ながら歩く。

 


「尾長。ワタクシの魔力少し貸してあげる。クラスで魔法使えないのは尾長だけだから、このままだと多分虐められるわ」

「本当!? いやあ、校長にあんなことしたから恐ろしい子と思ってたけど、優しいんだね」

「まあね」


 クロは何だか照れてる気がする。

 頬も少し赤いみたいだ。

 あの入学式で気が重くなっていたものの、これは案外簡単に、みんな仲良くなれるのかも知れない。

 魔力は別に必要ないと思うけど、厚意と思って借りておこう。


 学校に着く。

 竜炎学園は黒曜石の塀と校舎、そして校舎中心から突き出た竜頭の連なる時計塔が特長的な、カッコいい系校舎だ。

 休憩時間中、竜頭の口からは様々な色の炎が噴き出て、廊下の防火ガラスからその様子を見られる。

 それをクロと眺めながら廊下を歩き、ざわつき声の漏れる教室へと入った。

 すると、既に教室に入っていたみんながこちらを見て静まり返る。


「おはよう」

「おはようございます」


 クロが挨拶すると、他のみんながパラパラと挨拶を返していく。

 一人、体格の良い男子がクロに歩み寄り、他のみんながそこへ注目する。


「おいお前、国家戦力か何だか知らねーけど調子乗んな」


 男子はクロの胸元に掴み掛ろうとする。

 その手をクロが叩くと、男子の腕は在らぬ方向へ捻じ曲がってしまう。

 その場でしゃがみ、泣き喚き出す男子にクロは指を差し向ける。


『サイン』


 その男子は首と体を揺らしながら、泡を吹いて気絶した。

 銀髪の女子が座り込み、声にならない悲鳴を出しながら怯えている。

 私まで暴力を振るってしまったような、とてもイヤな気分だ。


「みんな? 喧嘩ならいつでも買うわよ。この子みたいにしてあげる」


 ……クロは本当にみんなと仲良くなる気、あるのだろうか。

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